第6話ホムンクルス



夏休みまでの1か月、僕は『ゲート』の実験を繰り返しながらも、魔導書に載っている他の事を実行するつもりだ。


数多ある秘術の中で僕が惹かれたのがホムンクルスの創造。


ホムンクルスの創造というからに、ゼロから生命を作り出すという事だろうか? もしホムンクルスの創造に成功したなら、神様の気持ちも少しは分かるかもしれない。


だがこのホムンクルスの創造に関して困り事がある。それはホムンクルスの創造に必要な素材だ。



精霊の涙、月の雫、マンドラゴラの右脚、乙女の月経血に童貞の精子と、何とも怪しげな素材が必要なのだ。


精霊の涙と月の雫、マンドラゴラの右脚はお祖父ちゃんの集めたストックの中に有った。


だが最後の2つ、まあその内の一つは自分で用意するから問題はあるが問題なし。だがもう一つの材料の方が厄介だ。



「…… 乙女の月経血て、これは洒落にならないだろ……」


安心してくれ周りには誰も居ない。1人トイレの個室で悩んでいる。


この最難関の素材を手に入れる方法なぞ思い付くはずもなく、お手上げ状態なのだ。



「まず犯罪は有り得ない。ならば女子トイレに忍び込む? 見つかった場合、僕の人生が詰むのは確実…… 」


犯罪を犯しての入手は有り得ない。女子トイレに侵入も、見つかった際のリスクが大き過ぎる。


魔道具には付けた者の姿を透明にする指輪もある。だが必要なのは乙女の月経血なのだ、女子トイレを使う全員が処女とは限らない。


それ以前に僕のメンタルが保たない……


女子トイレ侵入は絶対に無しだ。となれば誰か知り合いに頼る以外に素材を手に入れる方法はない。



「ふぅ、気は乗らないが彼女に頼もうか……」


僕には友達は居ない。だが学校の図書館で調べ物をした際に出会った彼女なら可能性はあるかも知れない。


その彼女とは隣のクラスの国分真江(コクブサナエ)さん。


それ見えているの? と疑いたく成る様な瓶底眼鏡に胸の辺りまであるロングの黒髪。異世界転移物が何より大好きな読書女子だ。



彼女との出会いは偶然、たまたま彼女が落とした本を僕が拾い上げた時、僕の持っていた『死霊組成』を目にした彼女が興味を示したのだ。


人の認識を逸らす効果があるにも関わらず、彼女はこの魔導書を認識したのだ。


『死霊組成』の表紙には魔道具『真紅のトラペソ.アリーア』と同じ七芒星がデカデカと載っている。



「薬師寺君! ひょっとして君も異世界転移物が好きな同類かな? 」


その七芒星の紋様が彼女の好きな小説にも重要な設定で出て来ると、物凄い剣幕で僕に教えてくれた。


それ以来僕が図書館で調べ物をしていると必ず彼女は僕の側にやって来ては、おすすめの小説などの話しを一方的にして来るのだ。


きっと僕が彼女と同じ趣味の持ち主だと思われたのだと思う。



彼女の好きな小説にはファンが少なく、その少ないファン達の間では互いを同士と呼び合っているのだそうだ。


その際、たまに僕が持つ『死霊組成』に視線を送っている時があるが、魔導書を彼女に見せた事は無い。まあ例え見せたとしても内容は理解出来ないだろう。


あまりにも彼女がしつこくウザイため、最近は図書館に行くのを避けていたが致し方無しだ。


そんな彼女なら、異世界関係の話を餌に僕の話を聞いてくれるかもしれない。となれば後は彼女を探すだけだが、その目処はもうついている。



僕の予想通り彼女は図書館におり本を貪る様に読んでいた。だが予想外な事に、彼女の隣にはその友達で、読書女子の三池真実(ミイケマコト)が座っていたのだ。


三池真実はお菊人形の様な髪型をし、座敷わらしの様でお菊人形の様に静かな女子。基本この2人は趣味が合うのかいつもセットで行動している。


そして僕を異世界転移物へ勧誘する時だけ、彼女は単独行動に出るのだ。



「…… (参ったね、何とか彼女と2人きりにならなきゃな)


僕がどうしたものかと悩んでいると、偶然目線を上げた国分さんがこちらに気付いた。



「おや我らが同士の薬師寺君じゃないか」


まるで何かの同盟の盟友に対する様に、詩的に国分さんが反応する。



「…… やあ国分さん、ち、ちょっと君に相談事があるんだけど…… 」


「私に相談事? 薬師寺君が相談事とは珍しいね、なにかしら……」


どう言おうか迷ったがシンプルに相談事として話を切り出す事にした。彼女も急な事態に少し困惑気味だ。



「危…… 」


三池さんが彼女の耳元で何やら呟いている。声が小さいため聴き取り辛かったが、"危"とだけは聴き取れた。


三池さん、僕はそんなに危なくはない。ま、まあこれから話す内容によっては、変質者と思われるかもしれないが……



「大丈夫だよ真実、我等の同士薬師寺君はそんなに悪い奴じゃないからね」


「で……」


「真実は心配性だな、話を聞くだけだから直ぐに戻ってくるよ」


何とか三池さんを説得出来た彼女が僕に視線を向けてくる。彼女のその目から何らかの期待の色が伺える。


居ても立っても居られないという様子だ。



「相談事だったよね、さあ行こうか」


そして半ば強引に彼女に引かれて、僕達は図書館奥の物静かな部屋までやって来た。何故だろうか、心無し彼女はワクワクした様子だ。



「さあ薬師寺君の相談事とやらを話してみて、私で協力できる事なら相談に乗るよぉ〜」


言葉の語尾が上擦り、前のめりになり迫ってくる様に聞いてくる彼女。少し気は引けるが早速話すとしよう。



「……実は、僕が異世界への行き方を知っていると言ったら、君は信じるかい?」


ここは直球で勝負と、何気に異世界へ行く手段を知っているという事を示唆する様に話しを進める。


僕の言葉に最初はキョトンとしていた彼女だったが、瓶底眼鏡越しに目を見開くと、待ってましたとばかりに立ち上がり力強く僕の手を取った。



「やっぱり私の思った通り! 貴方は異世界人だったのね!?」


「えっ? 何のこと??」


どうやら彼女は僕が異世界人だと思っている様子。そして彼女のテンションもヒートアップして行く。



「お婆ちゃんの言った通りだわ! 異世界からの渡世者は七芒星をお守りとして持つと聞いてたの。薬師寺君のその本にある七芒星がそうなんでしょ? やっぱり異世界人は居たのよ!!」


一方的に捲し立てる彼女に若干引き気味だが、

誤解されたままなのもアレなので、僕がしがない地球人だという事を説明する事にした。



「ーーと、僕は全くもって地球人だという事は分かってくれたかな?」


「…… なんだぁ、 異世界人じゃ無いのか……

その事実はショックだった、だけど異世界に行く方法は知っているのよね?」


「ああ、詳しい事は話せないけど、方法は知っているよ」


「…… 方法は知っている。でもその詳しい方法までは言えないと言う事ね。う〜む…… 」


僕が地球人だと分かり冷静さを取り戻したのか、疑心暗鬼な状態の彼女。探る様に僕の目を見てくる。


彼女に魔導書の事を話す訳にはいかない。魔導書の事を抜きでその方法がある事を示唆する。さてどうしたものか……



その時僕の脳裏にソファに寝転がり、焼き鳥の串を貪る二足歩行の猫の姿が浮かんだ。


そうだ、彼に協力してもらおう



「そうなんだ、僕は異世界人じゃ無い。だけど、異世界人なら知っているよ」


「異世界人を知ってる!? どうゆう事なのか詳しく話してもらえるかしら」


異世界人を知っていると言う僕に再び彼女が詰め寄る。彼女のあまりの剣幕に僕は思いっきり身を仰け反らす。



「あ、ああ、その異世界人は今僕の家に居候しているんだ。明らかに人間とは違うから、一目でそうだと分かると思うよ。何だったら動画もあるから、証拠としてそれを見せてもいい」


彼女の目が見開かれているのが瓶底眼鏡越しでも分かる。その鼻息も少し荒くなってきた。



「貴方の家に異世界人が居るというのね!

人と違う見た目という事はドワーフやエルフは違うわね。獣人か、はたまた竜人とかでも面白そう。最悪でも異世界産だったらオークやゴブリンでも構わな……」


「ね、猫とだけ言っておくよ。二足歩行の猫とだけね……」


「二足歩行の猫!!」


彼女の興奮が最高潮に達したその時、授業開始のチャイムが図書館に鳴り響く。



「授業が始まるからひとまず僕は行くね。話の続きは昼休みでいいかな?」


「お昼休みね。分かった、ここで待っているからね。必ず来るのよ!」


瓶底眼鏡でも分かる程に血走った目で彼女は、三池さんに引かれながら去って行った。


結果ニャトランを生贄にした形だが、まあしょうがないよね。



「ニャトランには後でチュールでも買って行ってやるか……」


そんな事を思いながら僕は教室へと向かうのだった。

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