第8話 朝の訪れ
「さて、ニャトランに土産を買って行って、ご機嫌伺いといきますか」
ニャトランは単純だ、モンプチゴールドが有れば僕の頼みも聞いてくれるだろう。要は食べ物で釣るという事だ。
一応チュールも買って来たが、アレは最終兵器だ。ニャトランが拒否した場合に取っておこう。
「ーークチャクチャ、分かりましたニャ。
セイジ殿の頼みなら喜んで聞きましょうニャン。クチャクチャ」
「……」
僕の予想通り食べ物に釣られたニャトランは、モンプチゴールドに貪りつきながら了承してくれた。
チュールは後でおやつとしてあげよう。
「彼女達が来るのは明日だから、よろしくたのむよニャトラン」
「分かりましたニャ、吾輩に任せるニャン!」
気合いを入れて自分の胸を叩くニャトラン。
ちょいと心配ではあるが、これで明日の用意は出来た。
後は彼女達を待つだけである。
そして翌日、昨晩は魔導書には手をつける事なく、軽く部屋掃除だけをして早めに眠りに着いた。そのためか朝の5時頃には目が覚めてしまった。
今年は梅雨だというのに雨が少なく、7月の頭から真夏の様な暑さが続いている。何でも記録的に暑い夏になるだしく、この早朝の時間帯にも関わらず蒸し暑い。
何か良くない事の前兆でなければいいけど……
「学校に行くには早すぎるし、散歩でもしてくるかね……」
木陰の中を歩いていればこの蒸し暑さの中でも大丈夫だろう。僕の家は町から外れた山間の村に有る為、周りには森や山しかない。
近くに有る眞ノ錡(マノノミ)神社に行けば、たまにリスや鹿なども見られるが、他にめぼしい場所は無い。
8月になれば夏祭りで少しは賑わうが、基本は動物達の棲家である。
気楽に歩き何気に僕が神社の方に歩を向けると、背後から何者かの気配を感じた。ここから10メートル程離れた場所だ。
僕は認識阻害(インビジブル)や気配遮断(オウル)気配察知(センサー)、悪意返し(カウンター.マリス)など身を守る為の複数の魔道具を身に付けている。
だがその者は、すでに僕の存在に気付いている様で、その場所からこちらの気配を探っている。
それに突然どこからともなく湧いて出たかの様な気配といい、相手は只者ではない様子。
「…… "ジャッジ''の魔道具に反応は無い。こちらに危害を加える気は無さそうだけど、どうしようか……」
ひとまず気付いて無い風を装い歩を進める。人が大勢いる所に行きたいがここは山間だ、いるのは狸や野良猫などの動物くらい。
どうしようかと考えている間に、僕はいつの間にか神社の境内に来ていた。神社の境内には誰も居らず、辺りを見回してもシーンと静まり返っている。
「えっ? 何で神社の境内に、ま、まさかここに誘導された?!」
慌てて僕は辺りを見回す。だが先程まで感じていた追跡者の気配はまるで感じられなくなっている。
「なんだ、案外簡単に引っかかってくれたな」
突然に僕の背後から聞こえた声に振り向いて見ると、そこには190センチを超える金髪でゴリマッチョな大男が立っていた。
「…… ど、ど、どなたですかぁ?!! (が、外国人?! そ、それにとてもデカい!…… )
心臓が飛び出そうな程驚いた僕が放った言葉は、何とも間の抜けたものだった。
だっていきなり背後に厳つい大男が現れたら、誰だって冷静でなんて居られる訳がない。
「…… 何とも間の抜けた奴だな、お前本当に魔導書の所有者か?」
「仕方ないわよ。魔導書を受け継いだとはいえ子供だもの。皆んなこんなものよ」
またもや背後から聞こえる謎の声。どうやら僕は挟撃された様だ。
「えっ!? えっ!?」
相手が魔導書という言葉を発した事すら頭に入らない。それ程までに僕の頭は混乱してしまった様だ。
もはや僕の頭はパニックでどうにかなりそうだ。
「まあ安心しろよ、俺達はお前の敵じゃない」
"ジャッジ"の指輪が反応していないため、彼の言っている事は本当だろう。だがしかし、それでもまだ僕の頭は混乱したままだ。
前後に居る彼等を驚愕の目で繰り返し交互に見る。もし彼等が僕に敵対する何かの勢力だったなら、間違い無く僕は死んでいただろう。
「精神耐性の魔道具は持っていない様ね。仕方ない、じっとしていてね…… 」
彼女が何やら呪文の様なものを唱え出す。それと共に頭の中がスッキリとして行き、少しずつだが冷静さを取り戻す事が出来た。
「落ち着いたか? これで俺達がお前の敵じゃあないと分かっただろ」
「…… 」
「ふぅ、警戒することは大切だけど、そろそろその警戒をといてもらえないかしら」
冷静になって彼等を見る。女性の方は身長170位でアスリートの様な体付きをしており、服装も動きやすそうな白いパーカーにベージュのカーゴパンツというラフな物だ。
顔はモデルでも通用しそうな程に綺麗だが、気の強そうな感じが僕には苦手だ。
男性の方は190オーバーでゴリマッチョな大男。それに白いtシャツにジーンズにサングラスという如何にもな服装だ。
アメリカンな顔に髭を生やしており、髪はツーブロックの金髪をオールバックにしている。
襲われていない今の状況を見るに、彼等が敵で無い事は間違いないと思う。が冷静になって彼等を見れば武器を携帯しているのが分かった。
大男は背中に大剣を、そして女の方は拳銃の様な武器。そして僕を挟み込む様な配置で前後に立っている。
それで警戒するなと云う方が無理がある……
とはいえこの状況から抜け出せるだけの知識と経験は今の僕には無い。ここは素直に彼の話を聞いた方が得策だろうか。
「…… お、お2人が敵でない事は分かりました。そ、そして、ここに来た理由が話し合いだというなら嬉しいのですが……」
「どうやら話を聞く気になった様ね。私達は''キープ.オフ.グリモア''。魔導書を見護る為の組織の者よ」
「魔導書を見護る?!」
「そう、その前に紹介がまだだったわね。私は龍川妃里(タツカワユリ)、後ろのデカいのがマーク.シュトロノームよ。よろしくね」
サラッと自己紹介されたのだが、情報が多すぎてその名前が頭に入って来ない。
「お前はまだ所有者に成り立てだからな、知らなくて当然だ」
何故かは分からないが、このデカい外国人が僕を嫌っているであろう事だけは分かった。
「……魔導書を護る組織が有ったなんて驚きです。で、でも見守るって……」
「心配しないで、見守ると言っても常に側に付いて回る訳じゃないから。それにそれだけの魔道具を持って居る貴方なら、下手な相手は見つける事も近づく事すら出来ない」
そう言う割には僕を見付けてるし、遠回しの自慢にも聞こえるが。どうやら僕の持つ魔道具はかなりの高性能な物だしい。
「だから貴方を捜すのにはえらく苦労をさせられたわ。だけど貴方の魔力の波長は覚えたから、次からは容易に見つけられる」
そう言って笑った彼女だが、僕は蛇に睨まれたカエルの気分を味わっていた。どうやら僕は自身の魔力で彼女達に見つかってしまった様だ。
魔力は個人個人で波長が決まっているだしく、僕にもその魔力は有るだしい。意識した事は無いが魔導書を使う際にもこの魔力が消費されているとのこと。
魔導書や魔道具を使う際にも魔力が消費されているだしく、その過程で僕の魔力に彼女が気付いて居場所がばれた様なのだ。
早く言えば魔導書の使い過ぎと言う事だ。僅かな魔力の流れも見逃さない。彼等がかなりの強者である事は間違いなさそうだ。
「俺達は付かず離れずでお前を見ている。何らかの脅威がお前に迫れば助けてやる。だから安心して暮らしていろ」
「今日は挨拶だけの予定だからもう行くけど、また近い内に会う事になると思うわ。じゃあまたね」
そして彼等はまるで蜃気楼の様に空間に溶け込み消え去って行った。しばらくの間動けなかった僕だったが、突然始まった蝉の合唱で我に戻る。
「……''キープ.オフ.グリモア''か……
彼等が消えた今のは魔法か何かか? まあ敵で無いならありがたい存在かな …… ( 精神耐性の魔道具は必須だね、今度作っておこう)
朝から蝉の鳴き声が響き渡る森、これから暑くなるという事を教えてくれている様で憂鬱な気分になる。
「今日は憂鬱な1日になりそうだ…… 」
七月にしては異例のこの暑さが、僕の行く末を物語っている様に感じるのは気のせいだろうか。そんな事を考えながら僕は帰路に着いた。
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