第4話ニャトランの受難
「助かりましたニャ。吾輩の名はニャトラン、よろしくですニャン」
ゴブリンと共に召喚されて来たのはニャトラン。彼はケット.シーと呼ばれる獣人らしい。
大きさは80センチ程で、見た目も猫が直立した様にしか見えない。三毛猫の体にベージュのチョッキを着た姿は愛らしいの一言だ。
ニャトランの話によるとケット.シーとは、獣人にしては珍しく肉弾戦が苦手で魔法を得意とする種族だしい。
だが魔法が得意な分体力はからっきしで、その中でもニャトランは、種族的に得意なはずの魔法も使えないという落ちこぼれなのだとか。
「役立たずは出て行け!」と住んでいた村を追放されてしまい、当てもなく森を彷徨っていた所を、ゴブリンに見つかり襲われてしまったというのがこれ迄の経緯だ。
「ついてなかったですニャ…… もうダメかと思いましたニャン……」
なんとか悲壮感一杯に、これまでの経緯を語ってくれたニャトラン。
魔法を使えず村を追われ、ゴブリンにも追われて、辿り着いたのが異世界とは何とも気の毒な話だ。
だがもし、あのゴブリンよりニャトランの方が強かったならば、魔導書に喰われたのは彼の方だったかも知れないのだ。
そう考えると運が良かったとも言えなくはない。
ちなみに何故僕がニャトランの話す言語を理解出来るかというと、お祖父ちゃんの残してくれた魔導書の術式に翻訳機能が組み込まれている為だ。
だからこちらの世界に召喚された時点で、召喚された生き物の言語が自動でこの世界の言語に翻訳されるのだ。
まだ僕には異世界言語は理解出来ないだろうから、理解できる様に翻訳機能を組み込んでしまおうというお祖父ちゃんの優しさ。
という事で其れ迄の不幸な経緯もあり、行く当てのないニャトランを当分の間、家に住まわせてあげる事にした。
家といっても家族に見つかると厄介なので、この地下室で暮らしてもらう事にする。この地下室にはお風呂やシャワー、テレビや冷蔵庫まで有るため生活には困らない。
それらの使い方もニャトランに教えてある。
「クチャクチャ、いや〜助かりますニャ、吾輩に出来る事が有れば何でも言ってくださいニャン。クチャクチャ……」
「…… 」
今ニャトランには家で飼っている猫タマの餌のモンプチゴールドを与えている。余程腹が減っていたのか、かなりの勢いで貪っている。
最初は何が食べれるのか分からなかったので、買い置きしてあった焼き鳥や唐揚げを与え様子を見ることにした。
だがニャトランは、タマが食べていたモンプチゴールドの臭いに我慢出来ないと、タマが食べていた物に飛び付いたのだ。
二足歩行で喋れても猫は猫という事か、飼い猫のタマと一触即発な状態になったニャトラン。仕方なく彼に新しいモンプチゴールドを与える事で事態の収拾を図った。
「……となると異世界に道を繋げる『ゲート』の術式を早く覚えなくちゃね」
『ゲート』関連の術式は最終巻の9巻に載っている。今は8巻を中間まで読み進めたところだ。
ニャトランの為にも予定を早めて8巻を読み終え、9巻に取り掛かる必要がありそうだ。
「そんなに急がなくても大丈夫ですニャ。清司殿のペースでゆっくりお願いしますニャン」
ニャトランは手に焼き鳥の串を持ちながら、ソファに寝転がりテレビを見ながらそう言った。
この猫この世界に来て30分程だが、すっかりここでの生活に馴染んでいる様だ。
「……」
弱肉強食だった元の世界より、食べる物と娯楽に困らないこの世界の方が、彼には居心地が良いのかも知れない。
いや間違いなく良いのだろう。
「しかしこのテレビという魔道具には驚きですニャン。こんな小さな箱の中でどうやって生きているのか? まこと不思議ですニャン」
ニャトランはテレビの中で動く人々を不思議そうに見入っている。
めんどくさいのでニャトランには、テレビや冷蔵庫に関しての細かい説明はしていない。それ以前に彼の猫頭では理解出来ないだろう……
彼がここに居るのはゲートが開くまでの短い間なのだ、たいして問題ではない。
という訳で僕は早急に魔導書の第8巻の続きを読み始める事にした。
この9冊の魔導書は、元は一冊だった『死霊組成』の原本を9つに分けた物だ。そのため1巻から順番に読まなくてはならない。
そうしないと魔導書がヘソを曲げて、ページが開けなくなってしまうのだ。まるで魔導書に意識が有るかの様な反応。
まあどの巻もために成る内容と構成だから問題はないのだが、早く言えば全巻の読破にはそれなりの時間を要するという事。
8巻の途中まで読んでいた僕は、実験は後回しにして魔導書を読み進める事にした。
ーーーーー
吾輩の名はニャトラン。誇り高きケット.シ一族として生まれたニャンコですニャン。
だけど吾輩は生まれ付いての魔力無しで、一切の魔法を使う事が出来なかった出来損ないですニャン。村では友達も居らず寂しい毎日を過ごしていたニャ……
そして運命の日、吾輩は村の長老に呼ばれて恐る恐る出向いて行ったニャン。
「ーー12歳に成る迄お前の様子を見て来たが、一向にお前は魔法を使える様にならなかったニャ。これ以上役立たずを置いておく訳にはいかないニャ、この村から出て行くニャン!」
「…… はいですニャ……」
吾輩の予想通り村長から出たのは、この村からの退去命令ですニャ。
この村の村長は吾輩のお父さんに助けられた過去があるニャ。そのため今までは面倒を見て貰っていたですニャン。
だけどそれも12歳の成人に成るまでの事ですニャン。
12年間も魔法を使えない出来損ないな吾輩の面倒を見てくれたのニャ、もうこれ以上はこの村に迷惑はかけられないニャン……。
トボトボと自宅の小屋に帰ると、吾輩は旅立ちの準備を始めたのニャン。
まあ荷物といってもお気に入りのベージュのチョッキと、何も入れる物がないリュックだけニャ。
「兄様! 村を出て行くというのは本当ですかニャン?!」
吾輩の妹で村一番の魔法使いと名高いニャーレンが、驚いた面持ちで家の中に駆け込んで来たのニャ。
吾輩と同じ三毛猫で、ケット.シー用のローブを着ていますニャ。吾輩とは違い頭も良く良く出来た妹ニャン。
「魔法が使えないケット.シーはケット.シーにあらずニャ。不甲斐ない兄を許せニャーレン……」
今まで身の回りの世話をしてくれて、兄思いの優しい妹だったニャが、もうこれ以上の迷惑はかけられないニャン……
この妹の存在が吾輩が村に残れていた最もな理由ニャン。ニャーレンには吾輩に囚われず、自由に生きて行って欲しいニャン。
「そ、そんニャ、兄様…… 」
「ニャーレン、さらばニャ……」
ニャーレンは村の守り役ニャ。付いて来たそうにしていたが、それは無理な話しニャン……。
そんな妹が見送る中、吾輩は未練を振り切って駆け出したのニャン。
吾輩が12年間お世話になった村ニャ、名残りが無いと言えば嘘になりますニャン。それでも出て行かなくてはならない、感深いですニャン……
村を出ても吾輩には何の伝もないニャ。魔法が使えないケット.シーの使い道なぞ、ゴミ拾いか汚物の運搬の仕事ぐらいしか無いのニャン。
それでも町にまで行ければ生きて行ける可能性があるはずニャ。
だが村の外は深い森の中ニャ、戦う手段のない吾輩には魔物を警戒しながら地道に進むしか方法はないですニャン……
村から追い出されて3日、吾輩は聴覚と嗅覚を頼りに、何とか魔物に出会わず進む事が出来たニャン。
「…… お腹が空いたニャン……」
三日三晩歩き通しだった吾輩。食料の調達方法なんて何も知らないニャン。何故なら食事はいつもニャーレンが用意してくれたニャン。
吾輩はただ食っちゃ寝の毎日、そのツケが回って来ましたニャン……
疲れも溜まり空腹も限界だった事もあって、吾輩は注意力が散漫になっていましたニャン。そんな時に限って奴等は現れるニャ。
森の嫌われ者筆頭のゴブリンニャン。
吾輩の前に現れたゴブリンは初め吾輩の魔法を警戒してか、近づいて来ることなく様子を伺っていたニャ。
だけど吾輩が魔法を使えない事を悟った途端に、いやらしい笑みを浮かべながら近づいて来たニャン。
そしてゴブリンは余裕綽々に棍棒を腰布に仕舞うと、ファイティングポーズを取って挑発して来たニャン。
「な、ナメるなニャ! 誇り高きケット.シーがゴブリン如きに負けるはずが……」
まるで歯が立たなかったですニャ……
やはり魔法以外に取り柄のない非力なケット.シー。その魔法が使えずただの殴り合いでは、ゴブリン如きにも勝てない非力さニャン……。
「グフッ…… 」
ゴブリンのボディフックを喰らいスローモーションの様に崩れ落ちる吾輩。
そんな吾輩にトドメを刺そうとニヤニヤ顔のゴブリンが、腰の棍棒を引き抜き近いて来たのニャン。
「…… 12年の短い人生だったニャン……(ニャーレンよ先に行く兄を許せニャン……)
絶体絶命のピンチだったニャン。
吾輩も、もうダメだと思ったですニャ。だけどその時、奇跡が起きたのですニャン!
最初何が起きたのか分からなかった吾輩だったニャが、突如出現した魔法陣で何処かに飛ばされた事は分かったのニャン。
突然の眩い光と共に吾輩とゴブリンが飛ばされたのは異世界ニャ。テレビや冷蔵庫など素晴らしい魔道具に溢れた楽園ですニャン!
吾輩を襲おうとしていたゴブリンが何処かに消えて、1人取り残された吾輩はこの世界の住人のセイジ殿に助けてもらったのですニャン。
セイジ殿には感謝しても仕切れ無いですニャ。モンプチゴールドに焼き鳥、コーラー、唐揚げ……
何という美味さかニャン!
セイジ殿、このお方に一生付いて行きますニャン、ニャン!!
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