第20話 生徒会長・城所綾

 生徒会長にお父さんと呼ばれてカウンターから出てきた店長は大柄で熊のような見た目だった。しかし、服装には清潔感があり、人好きのする笑顔をしていた。

 

 事務所の小さい机に向かい合って座った大柄な店長は履歴書を一読すると、何度か頷いている。


「履歴書を読ませてもらったよ。娘……綾と同じ高校なんだね。ところで、鈴木くんはいつから入れるかい?」


「っ!……はい、次の日曜日から入れます。けど、もう合格ってことでしょうか?」


「あはは。もう合格だよ。電話してくれた時の口調や履歴書の文面からも人柄が良いのが分かるからね。あ、でも折角ガチガチに緊張してまで準備してくれたから幾つか質問しようかな」

 

 そう笑いながら質問するも、それはいつから入れるのか、服のサイズなど働くことが決定した後のことばかりであった。


「いやー本当にありがとね。綾は今年は受験生だからさ、ほぼ指定校推薦での進学は問題ないらしいけど、親としては勉強を優先して欲しいからね」


 そこまで話していると綾から声がかかる。

「お父さ……店長ー!注文も入ってるから、そろそろよろしくお願いしまーす」


 店長は「今行くよー」と返事をしてから優樹にこそっと教えてくれる。

「綾が高校生になって手伝ってくれるようになってから、馴染みの常連だけでなく若いお客さんも来てくれるんだ。中には明らかに綾狙いの客もいるから、普通は店長呼びが良いんだろうけど、お父さん呼びも許してるんだ。ほら、父親が近くにいる方が声かけづらいだろ?」


 店長は優樹の肩に手を置いて、さらに小さな声で「でも、カッコつけたい場合は店長て呼ぶクセがあるんだ。先輩風を吹かせたい綾に説明を変わるね。今日は本当にありがと」と慣れていなそうなウィンクをして去っていく。

 


 店長と入れ替わりで綾が事務所に入ってくる。

 改めて綾を見れば、なるほど目当ての客が増えることも納得である。高身長であり、凹凸のはっきりとしたスタイル。しかし、優しさが分かるタレ目と常に笑みを浮かべている表情から、威圧感はなく今まで出会った同年代の誰よりも女性的である。


「同じ学校だけど初めましてかな?城所綾だよ。これからよろしくね」


「僕は入学式などで一方的に知ってはいますが、鈴木優樹です。至らない所だらけですが、なるべく早く覚えますので、よろしくお願いします」


「早く面接終わってビックリしたでしょ?」


「本当にビックリしましたよ。落ちる可能性の方が高いと思ってましたので」


「あはは。優樹くんから電話あった時にお父……店長は余程のことがない限り合格にするからーって言ってたよ。だから面接もすぐ終わるだろうってことで一番早く予定の合う営業時間中にしたみたい」


「そうだったんですね!本当にありがたいです。期待を裏切らないよう頑張らなきゃ……そしたら城所さん、初日のことですが……」

「綾。綾っ呼んでね。城所さんだとみんな振り向いちゃう。私も優樹くんて呼ぶからさ」


 名前で呼ばれたことには気づいていたが、距離感を測るためにも苗字で読んでみるも即座に拒否をされる。

 高校生に上がるとそういうものなのか、最近出会った人たちがコミュニケーションスキルが高く距離をつめるのが早いのか、優樹には判断がつかなかった。

 

 その後は働く上で必要な持ち物や服装のことを聞き、そろそろというタイミングで“どうせなら一杯飲んで行って”と店内のカウンターへ通された。

 

 優樹はカフェラテにしてもらい、綾がラテアートでリーフ模様を描いてくれる。

 綾は店長にブラックを入れてもらって優樹の隣に座る。


「ブラックなんて珍しいな」

 と言おうとした店長の声は綾の「店長!」と言う圧の強い声にかき消されていった。


 優樹は頬を緩もながら、この環境なら楽しく働けそうだと安堵し、ようやく肩の力を抜いた。


 綾は父親とあれこれ言い合いながらも、優樹の表情が緩み、力が抜ける様子を横目に見て、ホッと一息つき笑みを深めるのだった。


 

 





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