第16話 義姉と施術
サロンに到着すると雪子は施術を終えて患者へ運動指導をしているところだった。
「トレーニングメニューは分かるわよね?セッティング、膝裏でボールつぶしとうつ伏せでの足上げね。ゴムは青色を巻いてやってみて」
指示を受けた男子学生らしい患者は嬉しそうに返事をすると慣れた手つきでトレーニングエリアに備品のヨガマットを敷いて運動を始める。
「母さん、ただいま。施術エリアのプラットホームを一台借りるね」
「おじゃまします。営業時間中にごめん」
「おかえりなさい。瑠李ちゃん、いつでも来ていいわよ」
「雪、ありがと」
「それはそうと制服のままってことは学校のこと伝えたのよね?」
「ん。でもその前に偶然会ったし、帆乃香のこともあって驚き少なかった」
「いや、十分驚いたよ!てかほのちゃんのことも知ってるの⁉︎」
「直接の関わりはない。けど認識はしてる」
義姉、になる予定だった瑠李と義妹だった帆乃香が互いに認識しており、さらに同じ学校に通っていることに不思議な感覚に浸る。
「あなた達がみんな良い子でありがたいわ。どれだけ文句を言われても仕方ないもの」
「あはは。自分を理由にやりたい事を諦められるよりはマシだから良いよ。ありがたいことに2人ともまた仲良くなれたし」
「ん。恋愛は自由。それに伴う責任も果たしてる」
「あはは。本当に子どもたちに恵まれたわ」
そんな話をしているとトレーニングエリアから「雪子先生ー!」と声がかかる。
雪子は「医者じゃないから“先生”じゃなくて良いわよ」と笑顔で近寄っていく。
「あの子、雪に惚れてる」
「え!年齢差がだいぶありそうだよ」
「雪は年齢関係ない。魅力しかない」
優樹としては親である雪子の恋愛的な魅力は分からないが少なくとも優樹の父、帆乃香の父、瑠李の父の3人は雪子に惚れていた時期があるのだから納得するしかない。
「安心して。雪はあの子のことを恋愛対象として見てないから」
見ただけでそんなことも分かるのかと驚きながらたずねる。
「見ただけで分かるものなの?」
「勘。…………と、前に雪が今は恋愛してないって言ってた」
瑠李はにぱっと笑うとそう種明かしをする。表情の乏しい瑠李が笑うと破壊力がある。優樹はこの表情が見れるなら、たまにはドッキリに引っかかっても良いかもと思う。
「さぁ、マッサージしようか」
ここに寝転んでという意味を込めて治療台、プラットホームをポンポンと叩く。
「「脱ぐ」必要はないからね」
2人の声が重なる。3年ぶりに会うも息が合うことが感じられて優樹は自然と顔が綻ぶ。
いくら一緒に住んでいたと言っても成長著しい中学生の時には会っていない。それでこの息が合うのは2人ともが他者を思いやれる人柄ゆえだろう。
仰向けに寝転んだ瑠李の頭側に椅子を置いて座り、両手の上に瑠李の頭をのせる。
豊かな銀髪は絹のような手触りであり、花のような甘い香りが広がる。また、小さいと思ってはいた瑠李の頭が予想を遥かにこえて小さいことに驚く。
指先に後頭下筋群を感じながらマッサージを開始する。ドキドキした時こそ知識を思い返して集中する、帆乃香に対してマッサージやストレッチをすることで編み出した対処法だ。
「頭部の重心は耳の少し前です。対して支点となる関節はその少し後方になります。だから、頚部筋は常に働いています。加えてパソコン作業やスマホ操作で前方に頭位が前方に…………」
ひと通りですます口調で説明をする。瑠李は目をつぶって優樹のマッサージを堪能しつつも説明は右から左へ抜けていく。
「次は胸鎖乳突筋をほぐします。顔だけを横向きにお願いします」
指示通り瑠李は右側へ顔をむける。シャープなフェイスラインが露わになる。優樹は緊張を抑える様に優しく筋肉をマッサージする。
「ん……」
瑠李から自然と漏れた艶かしい声に身体は強張らせながらも指先のみは力が入らない様に注意する。
「るり姉は肩凝ってるけど勉強?」
「優樹みたいに将来の夢がない。なりたいものができた時に後悔しないように勉強してる」
あと……、とつぶやき、意を決したように言う。
「実は小説書いてる。ラノベみたいな」
「すごいね!良い趣味だね!」
否定されなかったことで瑠李は安心して話を続ける。
「すごくはないし、お金貰ってるから趣味でもない」
「余計にすごいじゃん!」
「応援しても良いよ」
「もちろん!応援させてもらうよ!いつでもマッサージするし、ご飯も作るよ!」
瑠李は目をキラキラさせて何度も頷く。その際にはいつもより軽く首を動かせることに気づいて目をまるくする。
優樹は義妹と義姉のどちらの身体も管理していくこととなった。
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