第14話 図書室での再会と美しい横顔

 和也が「友だちが3人しかいない女たらしの優樹だぞー」とか「これを機会にみんなたらされちゃえよ」とクラスメイトにおどけて伝えた結果、面白半分で声をかけてくれることが増えた。


 一対一なら話すことも問題ないのだが一対多ではコミュニケーションレベルの低い優樹には難しかった。しかし、なんとか愛想笑いと和也の盾によって事なきを得た。


 男子はまだどう声をかけるか様子見をしていることが多く、女子生徒の方が気軽に話しかけてくる。噂に飛び込む、ある種の社交性は女子に軍配が上がったようだ。

 そもそもが噂話をダシにして和也と交流を持ちたいのではないか、と優樹は判断して気の利いた返しは和也に任せて、愛想笑いに徹する。




 昼休みにめずらしく和也から連れションを誘われた。和也がトイレに行くだけで声をかけることはないだろうと優樹は不思議に思っていると、和也は真剣な顔になって謝ってきた。


「優樹、ごめんな」


「いやいや、和也くんがイジってくれたおかげで変な目でジロジロ見られることも減ったし、なんなら始めて話しましたってクラスメイトも出来てむしろ感謝しかないよ」


「そのイジりもだけど、他にももう一つ謝らなきゃいけないことが今後出て来そうなんだ」



 そのタイミングで“ピンポンパンポーン”という間の抜けた音が鳴り校内放送が流れた。


『1年2組の広瀬帆乃香さん、広瀬帆乃香さん、部活動に関してお話ししたいことがあります。授業後、生徒会室まで来て下さい。繰り返します。1年2……』


 やっぱり、と和也は少し苛立った様子でつぶやく。

「あー……うちの兄貴もこの学校にいるんだよ。生徒会副会長のやつなんだけど」


「あ!たまに朝に挨拶活動してるあのかっこいい先輩だね!あの挨拶活動も爽やかで良いよね!」


「んー純粋に挨拶だけが目的なら良いんだけどなぁ……だいぶ打算が入ってるはずだからなぁ」


「で、その打算的で爽やかな生徒副会長のお兄さんがどうしたの?」


「あいつ、自尊心が高くて行動原理はとにかく“賞賛されたい”なんだよ。だからステータスや地位……あとは見栄えにこだわる」


「賞賛されたいなんて普通のことじゃない?」


「それが過剰すぎるんだよ。まぁおれも注意しとくけど、厄介ごとが優樹や……広瀬に飛んでったらすまん」


「あはは。大丈夫だよ。要はお兄さんは見た目が良いから帆乃香さんに近づきたいってことでしょ?それは当人同士の問題だよ」


「優樹は恋愛が関わると途端にクールだな」


 まぁいいや、と和也は話題を変える。


「今週から図書委員会だろ?何か面白いことが起こったら教えろよ」


 にんまりと笑う和也に対して、ただの委員会活動じゃ何にも起きないよと優樹は笑って応える。






 授業後になり、図書室に入った優樹は思わず大きな声を出した後、和也の言っていたことを理解した。


「なんでここにいるのさ、るり姉ぇ!」


 図書室のカウンターには表情は乏しいものの、どこか澄した顔で美少女が座っていた。

 さらさらとした銀髪が図書室の蛍光灯の光を映す。


「私、図書委員長。図書委員のシフト操作はお手のもの」


「もちろん初対面の方より、るり姉の方が気楽だけど!てかそもそも同じ学校だったの!」


「内緒にするの頑張った」


「ドヤ顔することじゃないでしょ!この1回のために頑張りすぎだよ」


「ユウが図書委員にならなきゃ普通に言う予定だった」


「……けど、たまたま僕が入ったから驚かしたくなった?」


「そう。昔からユウは私のドッキリが好き」


 そう言われて一緒に住んでいた時はバレバレのネタでよくドッキリを仕掛けてきたのを思い出す。


「あはは。“急に動けなくなるドッキリシリーズ”とかしてたね。毎回一番驚くパパさんに抱きかかえられてたよね」


「あれはユウが抱っこする予定。パパが心配し過ぎて失敗だった」



 話していると優樹はふと図書室に妙に人が多いことに気づく。制服のリボンの色を見るかぎり瑠李と同じ2年のようだ。

 その2年生の女子生徒集団の中から一人出てきて、おずおずと声をかける。


「仲良くしてるとこ悪いんだけど……その子がるりちゃんの言ってた彼氏さん?」


「違う。彼氏ではない。けど結婚する」


「「「きゃー!結婚だって!やばーい!」」」


 女子生徒たちは盛り上がりに盛り上がる。さっきまでの優樹たちの会話の比ではない声量だ。誰もここが図書室だとは思っていない様子だ。


「し。私たち以外誰もいない。けど一応静かにする」


「そしたら大きな声で騒ぎたいから私たちは行くね。彼氏くん……じゃなくてフィアンセくんもまたねー」


 女子生徒はワイワイとしながら図書室から出ていく。声量は全く治る気配を見せず、かなり遠くからも聞こえてきた。


 呆然としていた優樹は頭が痛くなるのを抑えて瑠李へ抗議の目を向ける。

 

 瑠李はすんと澄ましたままカウンターでタブレットに向かって作業をしていた。

 その横顔はこんなことがあった後でも当たり前に美しかった。

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