第11話 義妹は告白する

 優樹は漫画喫茶の薄暗い灯りの下、正座をした自分の太腿にのるもう一つの脚を見ていた。

 

 下腿三頭筋のストレッチはトレーナーやセラピストを志す者なら入門編として習う、慣れたストレッチだ。

 優樹も友人である和也がサロンに来た際に何度も繰り返し練習させてもらったストレッチである。

 いつも通りやるだけだ、と思いながらも“デート”と言われてからは冷静になれずにいた。正座をした大腿部にのせられたふくらはぎから伝わる体温が冷静さを奪い、帆乃香の白く長い下腿が妙に艶かしく見えた。

 

(冷静に冷静に。せっかくトレーナーとして信頼してくれているんだから、いつも通りにやろう)


 優樹は深呼吸を何度かして漸く施術に臨む。


「き、筋肉は起始・筋肉の始まる部分とて停止・筋肉の終わりの部分を……しっしっかりと離すことでストレッチがかかりますです」


「た、ただ同一方向のみでは……伸びない筋繊維がありまして、ヒラメ筋や腓腹筋の筋繊維一本一本ダイレクトでぼぐしていくであります」


 何回も何回も繰り返し練習した施術だ。緊張しながらも的確に下腿三頭筋のスパズム(筋肉の部分的に痙れんした部分)をとっていく。

 

 あまりに緊張している優樹に帆乃香は申し訳なさを感じてくる。


「ごめんね。いきなりこんなことさせて」


「い、いや、全然です。た頼ってもらえるのは嬉しいです」


(緊張させちゃったら今日が楽しめなくなるじゃん。アタシのバカー!義姉さんの話で嬉しそうなゆうを見たら何故か思わず変な甘え方しちゃった。いきなり脚を触らせるとか、これじゃ痴女じゃん)

「だいぶ楽になってきてるから、もう今日は全力で楽しめるよ!ありがとう」


「本当に大丈夫ですよ。それより背中、特に左側も張ってるんじゃないですか?ついでにほぐしちゃうからうつ伏せになって下さいね」


「すごい!よく分かったね!じゃお願いしちゃおうかな」


 敬語は継続しているものの口調が戻ってきた優樹に安心した帆乃香はうつ伏せになる。


「まず背中全体を軽くさすってほぐしていくね。髪の毛を巻き込まないように、ずらしてもらって良いかな」


 帆乃香は言われた通り、肩甲骨まで伸びた髪の毛をまとめて片側に寄せて流す。今まで髪で隠れていた白い首筋が露わになる。


「でっでは、背中を軽擦、軽くさすって血流を促していくです」

 

 また口調が変わってしまった優樹を疑問に思いながらも帆乃香は気になっていた話題を出す。


「ねぇ、ゆうは妹がいたんでしょ?」


「はい。血が繋がってない義妹ですけどね」


「仲は良かったの?」


「本当に良かったですよ。いつも一緒にいた気がする」


「小学校の低学年だっけ?」


「うん、その時期だよ。2年間一緒に住んでて。本当に可愛くて、初めて会った時にこんな可愛い子がいるんだ、お兄ちゃんになるから守らなきゃって幼いながら思ったのは覚えてるよ」


「っ!……ゆうがお兄ちゃんならその子も喜んだでしょ」


「だと良いんだけど。いつも僕について来てくれて嬉しかったな。お風呂も毎日一緒に入ってたなぁ。負けん気が強いけど、すごく優しい子だったよ」


「……!ゆう、少し血流が良くなってきて暖かくなったから次に移ってもらって良い?」


 言われて帆乃香の首筋が赤くなってることに気がつき、変化に気づけなかったことに優樹は落ち込む。


「ごめん、気がつけなかった」


「や、大丈夫!これはゆうのせいじゃないの」


「?……気を取り直して次は指圧をしますね」


「お願いします。……義妹ちゃんとの具体的なエピソードとかは覚えてる?……お風呂以外で」


「親が別れて引っ越しちゃう日に、その子が泣きながら“アイドルになってお兄ちゃんにも見つけてもらうから”って言ってるのが印象に残ってるなぁ」


「……へー、そーなんだ」


「その後母さんから、その子がアイドルになるためにダンスを始めたらしいって聞いた時は嬉しかったよ」


「……覚えててくれたんだ」


「え?」


「ううん何でも。名前……覚えてないんだよね?」


「そうなんだ。なんとなくの印象とか出会いと別れの時は印象深くて覚えてるんだけど」


「ゆうは苗字、広瀬だったときもあるんじゃない?」


「すごい!何で知ってるの!エスパーみたい!」



「……ゆう兄ぃ、アタシだよ。一緒に住んでたの。忘れてる名前は帆乃香だよ。あの2年間本当に楽しかったね。アタシ、ゆう兄に見つけてもらうためダンス続けてたよ」



 突然の告白に優樹は頭が真っ白になる。ただ、指先から感じる帆乃香の柔らかな感触と温かさ、脈動が現実だと告げていた。

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