第10話 広瀬帆乃香は甘えたい
待ち合わせ場所に着き、しばらくすると周囲の人達から「めっちゃキレイな子がいたー」と話をする声が聞こえた。
見なくても分かるな、と優樹が頬を緩めると、ふわりと爽やかな柑橘の香りがした。
やっぱり、と確信して視線をあげると、そこには満点の笑顔の帆乃香がいた。
淡金色の髪の毛は今日も春の陽に照らされて、まるで帆乃香の周りは一段明るくなったように感じる。
「ゆう!ごめんね!待たせちゃって」
「全然だよ。まだ15分も前だよ」
「ゆうが早く着いてたなら、もっと早く着いたらもっと長く遊べたのになー」
「今日は余分の15分を有意義に楽しもうよ」
「あはは。いいね!今日もよろしくね♪」
そこで帆乃香は表情を一変させて携帯を優樹に見せる。
「んで、ゆう。この写真が友だちからfineで送られてきたけど、どういうこと?」
そこに映っていたのは昨日の優樹と瑠李だった。仲良さげに腕を組んで歩いている様子が写っていた。
「写真に撮られてることに物申したいとこだけど、この子は義姉だよ。恥ずかしながら今日着る服がなかったから一緒に見てもらったんだよ」
「写真は友だちにも説教しといた。ごめんね。アタシがゆうと……その……つ、付き合ってるって勘違いして写真撮ったみたい。浮気だーって」
「あはは。それなら正義感から写真撮っちゃうのも仕方ないね」
「ありがと。かなり反省してたからそのリアクションは助かるよ」
「あ、あと、その服めっちゃ似合ってる。わざわざ準備してくれてありがと♪シンプルでオシャレが一番かっこいいよ」
付け加えられ言葉に優樹は顔が赤くなる。自分も何か返さなければと言葉を探す。
「あの……予想通り私服もおしゃれで……かわいい……です」
「あはは。本当にありがと」
そう言って帆乃香はくるりと一回転して、にんまりとしたドヤ顔で決める。黒のシンプルなワンピースだが、手足が長く顔立ちの整った帆乃香を年齢以上に大人びて見せる。
シンプルなオシャレとは自分の服装でなくてこういうことを言うんだろうな、と優樹は心の中で思う。
「じゃ気を取り直して行こっか」
今日の目的地は大型のショッピングモールだ。優樹は誰かと遊びに行くことも初めてで当然プランは立てられず、帆乃香は帆乃香でショッピングモールに行けば映画館もウィンドウショッピングも出来るから何とかなるだろうとプランは立てていない。
ノープランだが絶対に楽しくなるという確信は2人にはあった。
優樹は初めて休日に友人と遊びに出かけるという状況に気分が高揚しているし、帆乃香は初恋の大好きだった義兄とのお出かけで同じく気分は高まっていた。
「あれ、ちょっと待って。広瀬さん足痛めてる?少し右足をかばった歩き方してるね」
「広瀬じゃなくて……」
「帆乃香さん」
「よろしい。まぁさんも要らないけどね」
「で、帆乃香さんは足痛いの?」
「うーん、なかなか“さん”は取れないかぁ……その質問に答える前に、ゆうは義姉さんとは仲良いの?義妹さんは仲良かったけど、名前も覚えてないって言ってたけど」
「るり姉は昨日偶然あったんだけどね。一緒に住んだのも3年くらい前だし覚えてるよ。義妹は……小1くらいだから名前が思い出せないよ……すごく可愛くて仲良かったし楽しかった記憶はあるんだけど」
「かっ可愛くて、楽しかったのね。ふーん、そうなんだ♪義姉さんもめっちゃかわいいじゃん?」
「るり姉は本当に小説の登場人物みたいだよ」
「ふーん、そうなんだね……」
顔を赤らめた、と思うと少し冷たい表情になったりと、ころころ表情の変わる帆乃香を不思議そうに優樹が見つめると、意を決した表情の帆乃香と目が合う。アンバー色の瞳に何やら決意がみえる。
「実はね、昨日練習し過ぎて足に違和感があるの。捻ったりはしてないんだけど……ふくらはぎがはる感じ。……デートの最初から申し訳ないんだけど今日思いっきり楽しみたいから、少しストレッチしてほぐしてくれない?」
「え!今日ってデートだったの!」
友人との“遊び”ですら都市伝説だった優樹からすると“デート”を自分がするなんて神話のようなものだ。
目を白黒させる優樹の手を引いて帆乃香が向かった先は漫画喫茶。靴を脱いでペアフラットシートの個室に入る。そこで優樹はようやく“デート”ショックから意識が戻る。
靴を脱いだ帆乃香は白く長い脚を優樹に向けて「お願い」と顔を赤らめて言う。
優樹はふくらはぎのストレッチがしやすいように仰向けに寝転んだ帆乃香の脚を正座した自分の大腿にのせる。
ワンピースはめくれあがり、普段は見えない付け根近くまで太腿が見えてしまう。
そこは紫外線が当たらず、ただでさえ白い帆乃香の身体の中でも一際白く、薄暗い漫画喫茶の室内でも輝いていた。
優樹は“デート”と言う言葉に平静を乱されており、思わずゴクリと唾を飲み込む。
優樹の高鳴り速くなる心臓の音と帆乃香の呼吸に合わせてゆっくり上下する腹部だけが対比する時を刻んでいた。
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