第6話 甘えたい・気付かせたい義妹との攻防

 数日経ち、金曜日午後の授業が始まる。一週間で一番集中力が切れてくる時間帯だ。クラス全体が上の空の様子で授業が流れていく。


 

 優樹も多くのクラスメイトと同じく授業に集中できずにいた。その理由は明確だ。広瀬帆乃香である。


 昼食を共にしてから、ことある毎に優樹のところにやってきては、たわいもない内容で話しかけてくる。

 それ自体は良いのだ。優樹には友人と呼べるものが和也しかいなかったから、話しかけられるだけで嬉しい。

 それに帆乃香はとても美人であり、人目を引く。その帆乃香が頻繁に話しかける様子を見て、一部クラスメイトは思ったより優樹が排他的(常に分厚い資料を眺めているからそう見えるらしい)でなく会話ができることを知り、クラスメイトから優樹に話しかける回数も増えている。帆乃香と共に過ごすことは、そのような良い影響もある。



 問題は距離が近いのだ。



 パーソナルトレーナーだから、とあれこれ理由をつけて、優樹とお弁当の交換をしようとしたり、いや、ただの交換なら優樹も受け入れるが、食べさせ合おうとしたため優樹は真っ赤になりながら断った。


「ゆうきくん、上手にできた玉子焼きだよー!あーん♪」

 帆乃香自身も若干恥ずかしそうに顔を赤らめながら迫ってくるのだ。


「一緒に雪ちゃんに教えてもらった甘々な玉子焼き……食べれば思い出すはずなのに」

 断られると優樹に聞こえないようにぶつぶつと呟く。



 またある時は施術と称して、とにかく物理的に近づいてくる。もちろん優樹も練習相手は切望していた。

 特に帆乃香は余計な脂肪もなく、更にダンスで鍛えられた引き締まった筋肉がある。筋腹も筋間も起始・停止に筋の走行もとても分かりやすい。

 ただし、筋の緊張が緩む手技とはいえ、クラスメイトの前で大胸筋鎖骨部と大胸筋胸肋部の間(鎖骨から少し下の個所)を押すのは、些か抵抗がある。


「ほら、ゆうき、ここ押すとほぐれるんだって!やってみてやってみて!」

 ぐぐっと豊かな胸部を優樹に押し出す。


「色々と成長しちゃってるけど、昔も抱きついたり手を繋いだり甘えてたんだ。色々触ればふと思い出してくれるよね」

 またもぶつぶつと言いながら、優樹を見ると直前まで照れた顔をしていたのに急に無表情になって淡々と手指で胸部を押してくる。

 その顔を見て、あぁゆうにぃはこういう人だった、と諦める。




  


(うーん、まさか僕の持ってた技術書を読んで進んで提案してくれるとは思わなかったなぁ)

(あの社交性は見習わないとな。口で治療するって言う人もいるくらいだし)

(サロンが休みの木曜日や日曜日に出来るバイトでもして人と関わる経験でも積もうかな)


 などと、とりとめもなく考えを巡らせていると周りの空気が更に弛緩した。本当に流れるように授業が終わっていったようだ。



「ゆーう!一緒に帰ろー!」


 声がしたと思うと、すでに息を切らした帆乃香が教室に入ってきていた。


「珍しくぼーっとして何考えてたの?」


「ぼーっとしてない方が珍しいんだけど、休みの日にバイトでもしようかと考えてたよ」


「え!土曜日は半日サロンの手伝いしてるって言ってたよね?日曜日にバイト入れるの?」


「うん、他のみんなより圧倒的に人と接する経験が足りないからね」


「ん?ゆうと話すの普通に楽しいよ!」


「それは広瀬さ」

「帆乃香」

「それは帆乃香さんの社交性によるところが大きいよ。おんぶに抱っこ状態」


「あはは、どんだけでも抱えてやるぜぃ」

 むん!と細い腕に力こぶを作って笑う。


「頼りにしてます」


「したらさ、バイト始めちゃうと遊びづらくなっちゃうから、その前に遊びに行こうよ!日曜日!」


「え?遊び?」


「え?嫌なの?」


「違うよ、違う違う。家族以外と休みの日に遊んだことなくて」


「にひひ、そしたらお初をいただいちゃいます」


「“遊ぶ”なんてダンス美人くらい都市伝説かと思ってたよ」


「あはは、ダンス美人てアタシ?ありがと!実在してるしもう都市伝説じゃないね!日曜日は“遊び”も実在することを証明しよう!」




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