第4話 ダンス美女は交流を求める

 翌日の学校では始業前に優樹はいつも通り小難しい本を広げて自分の世界を築いていた。本日は筋膜連結・アナトミートレインだ。

 

 しかし、その日は領空侵犯のように優樹の世界構築は度々妨害される。


(なんで今日はこんなにみんなからチラチラと見られるんだろ)


 優樹は心当たりがなく中々集中できずに困惑する。今度こそ、と本に目を向けるがそのタイミングで今度は直接声がかかる。


「おっす、注目の的のユウキさん」


 揶揄うように声をかけたのは唯一の友人、和也だった。


「和也くんか。おはよう。でも注目の的って何?」


「優樹ってばアイドル顔負けのダンス美女なんて都市伝説だ、みたいな顔してたくせにめちゃくちゃ仲良しじゃねぇか」


「ダンス美女?……あー!昨日の子だね!キレイさに息をのむって経験は久しぶりだったよ」


「久しぶりってあのキレイさに何回も会ったことあるみたいだな」


「うーん、昔少しね……」


「思ったより優樹はやり手なんだな!中学から知ってるけど、誰かとつるんでるの見たことないのに」


「あはは、ひどいな。確かに和也くんが友だち一号だけど」


「んで、その友だちが少ない割にやり手な優樹さんは昨日の子とどうよ?空き教室でめちゃくちゃ親密そうだったって目撃証言があるんだけど」


「あーこれから色々とお世話になる予定だよ」


 顔を綻ばせながら話す優樹を見て、和也は、と言うより聞き耳を立てていたクラスメイトは全会一致で勘違いをする。そもそもが目撃証言と言うのは広瀬が抱きついたところを見られていたのだ。勘違いしない方が少ないだろう。

 

(なんか余計に視線が強くなったような?)


 当の優樹だけは理由も分からず首を傾げる。




 

 昼休みになるとクラスメイトたちは思い思いの場所やメンバーでお弁当を広げる。

 入学して間もないが一緒に昼食をとるグループはすでに出来上がっているようだ。

 和也は今日はサッカー部の友人に誘われていると教室を後にする。唯一の友人が出て行ってしまえば、当然優樹は一人だ。今朝作った彩りを無視した茶色いお弁当を一人で食べる。


 その時、教室の空気が一瞬ざわめいた。同時にさわやかな柑橘の香りが鼻に届く。


「全部甘辛な味付けっぽくて実用的な良いお弁当だねー」


 優樹が驚いて顔を上げると広瀬の大きなアンバー色の瞳に間の抜けた自分の顔が映っていた。


「いやー、探した探した」


「えっ……何で?」


「何でって、一緒にご飯食べようと思って」


 言うが早いか空いている椅子を見つけ、周りに「借りるねー」と明るく言いながら優樹の正面に座る。

 クラスメイトの好奇の眼差しと一部男子からの刺すような視線が強くなる。



「かく言う私もー……ジャーン!色味の少ないお弁当ー!」


「…………」


「ちょっと何とか言ってよー。女子力低い弁当だなーとかのいじりでも良いからさー」


 呆気に取られて返事が出来なかった優樹の反応を弁当への非難と捉えたのか広瀬は顔を赤らめながら普段友人に言われていることを例に出す。


「あ、ごめんね!驚いてボーっとしちゃった。男子的にはとても食欲のそそられるお弁当だね」


「お!理解者に出会えて嬉しいよ!このお弁当はパパに向けた“好きなの入れたるから午後も頑張れよ”て言うメッセージだからね」


 にひひ、と楽しそうに笑いながら伝える。その姿に優樹は、どんな表情をしてもキレイな人はキレイなんだな、と感心する。


「家族分も作ってるんだね」


「パパと二人分だからね、あんまり手間は変わらないし」


「女子力……の定義は分かんないけど、相手を思って作ってるなら人間力?の高いお弁当だね」


「嬉しいこと言ってくれるねー。お礼にこの鶏肉をあげちゃう」


 照れ隠しに優樹の弁当箱に鶏肉を移す。少し照れながら笑う姿もやはりキレイで優樹だけでなくクラスの目を奪うのだった。





「そう言えばお米とか主食はないの?」

 おかずしかない弁当を見て、疑問に思った優樹が尋ねる。


「筋力はつけたいからタンパク質は欲しいけど……脂肪がつきやすいからカロリーは取りたくないんだよね」


「え!細いから気にしない方がいいんじゃない?」


「あー……おっぱいについちゃうんだよね。私的にはスレンダーな子のかっこいいダンスに憧れてるからもう少し小さくしたいんだ」


 と、強調するように胸を張る。確かにしっかりとした丸みがあり、その豊かな双丘に女性らしさを感じる。


 会話が聞こえていたクラスメイトたちは女子は小さくしたいなんて信じられないと驚愕の表情をし、男子は鼻の下をのばしながらチラチラと視線を送る。一方の優樹は……変なスイッチをいれていた。


「依頼されたトレーナーとして言わせてもらいます。まずカロリーの摂取は絶対。カロリーを抑えてタンパク質を摂ったところで筋肉でなくエネルギーとして使われるだけです。筋力をつけたいならまずはカロリー。そこを満たした上でタンパク質や他の栄養素をバランス良く。明日からは必ず主食を持って来てください。今日も僕のおにぎりを食べても良いです。胸に関しては詳しくないから分からないですが、しっかりとした運動量でまずは対処していきましょう」


 早口で一気に話しては、昨日の今日でまたやってしまったと顔を青くする。反対に広瀬は頬を緩める。


「にひひ。こうでなくっちゃ。頼りになるなぁ」


 

 一方、噂の2人の会話をそれとなく聞いていたクラスメイトは突然のですます口調での早口に目を白黒させるのだった。


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