3-3

 時刻は夜の11時を過ぎた。

 蒼矢はショルダーバッグに小刃浄化剣ボードバプティンガーを入れる。

 それから、ベッドの下の離断浄化剣クーペバプティンガーを引っ張り出した。


(コイツも、持って行っておくか……?)


 今回の相手はただの下級悪魔ではなく、誰かに憑いている可能性がある。

 そう考えれば、離断浄化剣クーペバプティンガーを持っていくのは妥当ではあるが……。


(もしかすれば、安全に切り離せる悪魔の可能性だってあるし……)


 自分を誤魔化しながら、円筒型の万能ケースへ剣を入れた。

 バッグとケースを背負い、蒼矢は部屋を出た。


(さすがにこの時間なら、誰もいないだろ)


 鹿星高校は殆どの生徒が電車で通っている。

 だから、たとえ幽霊探しのために残っている生徒がいたとしても、もう帰っている頃だろう。

 念のため、駅を通って、制服姿の生徒がいないか確認してみる。


(って、駅を確認しても意味はないか……)


 蒼矢が駅を出て、学校へ向かう足を早めようとする。

 そこで、急に腕を掴まれた。


「!?」


 とっさに振り返る。


「こんばんは、蒼矢君!」


 蒼矢の腕を掴みながら、もう片方の手を軽く振っていたのは彩歌だった。


「彩歌!? 何してんだよ!」

「何って、幽霊を見に行くんだよ?」


 当然、という顔で彩歌が言った。

 目の前にいる人が本物だと信じたくない蒼矢が、手で目を覆った。


「まさか、ずっと待ち伏せていたのか?」

「いや、一回家には帰ったよ? ほら、私服でしょ?」


 彩歌が紺の制服とは違う、派手な赤色のスカートを翻す。


「着替えてすぐに戻ってきたけどね」


 つまり、結構な時間を駅前で過ごしていたらしい。

 蒼矢は彩歌の行動力に唖然としていた。


「さ、早く行こう。こんな時間まで待っていた私の苦労を泡にしないでよね!」


 強引に手を引っ張ってくる彩歌に、蒼矢は頭が痛くなってくる。

 ここまでされた以上、追い返すわけにもいかない。

 見えないところで、変な行動をとられるほうがよっぽど怖かった。


「ついてくるのはいいが、絶対に言うことを聞けよ!」


 学校までの道中で、蒼矢は何度もそう釘を刺した。


◆◆◆


 誰もいない夜道は思いの外歩きやすく、すぐに学校へ到着した。


「おお~、すっごい。真っ暗だよ」


 明かり1つとない学校の敷地を、彩歌は正門の外からまじまじと眺めていた。

 蒼矢も初めて見る校舎の一面に、息を呑んだ。


「門、超えちゃう?」

「正門は見通しが良くて怖いから、裏門から入るか」


 言葉を交わす2人の様子は、まるで悪巧みをしているようだ。

 できる限り人目を気にしながら、裏門へ移動した。

 蒼矢は周囲に誰もいないことを確認して、ひょいっと門を飛び越えた。


「どうした? 早くしろ」


 門の外でまごついている彩歌に声をかける。

 誰か来ないうちに、さっさと飛び越えてほしいのだが。


「あっち、向いてて……」

「は?」


 手遊びをしてモジモジしている彩歌に、蒼矢が苛立ちを募らせていく。

 大声で「早くしろ!」と怒鳴りたくなるのを、グッと堪える。


「スカート、中見えちゃいそうだから……あっち向いて」


 蒼矢は黙って門に背を向けた。

 努めて冷静にしていたが、内心ドキリとしてことに焦っていた。

 心臓がバクバク鳴っている。顔も、赤くなっているのが自分で分かるくらい、熱かった。


「ありがとう。もう大丈夫」


 コツン、とブーツを石畳に当てた音を出した彩歌の言葉で、蒼矢が振り返る。

 上品にスカートをはたいている姿に、なぜか目が離せなくなる。

 不意に顔を上げた彩歌と、視線が重なってしまった。


「さ、さっさと行こうぜ」


 まだ頬に熱を感じていた蒼矢は、彩歌に顔を見られないように早足で歩いて行った。

 背後で聞こえる足音が、近づかず離れずのペースを保っていく。


「夜の畑ってこんな感じなんだ~」


 裏門から校庭の向かう道中にある菜園場で、彩歌が足を止めた。

 平静を取り戻してきた蒼矢も立ち止まる。


「なんか、新鮮だな」


 いつもあれだけ嫌っている畑にも、ある種の神秘さを感じてしまう蒼矢だった。

 月明かりだけに照らされる、非日常な雰囲気のせいだろうか。普段なら興味もないようなことを、聞きたくなる。


「彩歌はさ、どうして生物部に入ったんだ?」

「え?」


 蒼矢の質問はあまりに唐突で、彩歌の顔に動揺が浮き上がる。


「音楽科って、部活に入らない子が多いって、前に言ってたよな」


 さらに、部活に入る子も吹奏楽部や弦楽部といった、自分の専攻に関連する部活に入るものだ、とも言っていた。


「そう……だね。人と同じになりたくなかったから……かな」

「同じになりたくない?」


 雲が月を隠し、彩歌の顔に影が落ちる。


「私より才能のある人なんて、たくさんいるから。私がヴァイオリンを上手になるためには、人とは違う『経験』が必要なんじゃないかなって」

「それが、生物部なのか?」


 少しイジワルな含みを持たせた言葉を、蒼矢が投げた。

 彩歌は苦々しく肩をすくめた。


「生物部なのは、たまたまかな。でも、今はそれでよかったって、思ってるよ」


 そう言って、蒼矢の顔を覗き込んでくる。

 ニコッとした笑顔が、再び月明かりに照らされた。


「だって蒼矢君と悪魔祓いができるんだもん! こんな『経験』、なかなかないよ!?」


 それは、魔神を弱らせるために作ったポジティブ思考だろうか。いや、きっと違う。

 蒼矢が自然と口元をほころばせた。


「彩歌って、面白いヤツだな」

「そうかな? 蒼矢君には負けるけどね」


 お互いに顔を見合わせて、クスクスと笑い合う。


「……っと、話し込んじまったな。急ごう」


 目的を忘れかけていた2人が、校庭を目指して、並んで歩き出した。

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