3-2
「なあ、知ってるか? 最近出るっていう幽霊」
6月も過ぎ、いよいよ夏らしい暑さが鬱陶しくなってきた7月のある朝。廊下で文楽と話していた竜大が、通り過ぎようとした蒼矢にそんな話を振ってきた。
「幽霊?」
「そう。夜になると、校庭を彷徨っているらしいぞ!」
全く要領を得ない竜大の説明に、蒼矢は眉をひそめた。
コイツは何を言っているんだ、という意思を込めて文楽を見る。
「俺たちもさっき聞いたんだが、下校時間を過ぎて校内に残っていた生徒が、校庭で妙な影が動いているのを見たらしい。それも複数の証言があるそうだ」
「なんで下校時間過ぎるまで残っている奴が、そこそこいるんだよ」
そう言う蒼矢も「人のことは言えないが」と内心思っていた。
それはそれとして、話を聞いて、気になったことを尋ねてみる。
「別に、校庭にも誰かいたとかじゃないのか?」
「それは俺も思った。でも、人の姿じゃなかったって話だ」
へえ、と蒼矢が腕を組む。
「どうだ御崎、興味出てきただろ! どうだ? 同志3人で、見に行ってみないか?」
竜大が鼻息を荒くして顔を近づけてくる。
その額を蒼矢は指で弾く。
「やめておけ。下校時間過ぎたら、結構キツく怒られんだぞ。そこまでリスク犯して幽霊なんか見たかねえよ」
あと俺を同志にするな、と付け加えて、蒼矢は教室へ入っていった。
◆◆◆
放課後の部活動で、蒼矢は畑作業の合間に幽霊の話を振ってみる。
「それ、アタシも聞いた! そういう話題って、ワクワクするよね~」
「私も……クラスの子が話しているの、聞きました」
結構学校中に広まっているみたいだ。
「彩歌は?」
珍しく部活に顔を出していた彩歌にも聞いてみる。
「聞いたよ。でも、人によって見たのが人影だったり別の変な影だったり、一貫性がなかったかな」
蒼矢が「そうか」と言って、地面に立てたスコップにもたれかかった。
ちなみに、蓮は人型で、清汐良は丸っこい影で、話を聞いたらしい。
噂に尾ヒレがついただけなのか、本当に見た人によって姿が違っていたのか、頭を悩ませる。
「……あのさ、アタシ幽霊よりも気になることがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
蓮がおそるおそる聞いてきた。
「サイカとソーヤンって、いつの間に仲良くなったん?」
大層どうでもいい話だった。
「それ、俺も気になっていた。最近よく2人で帰ってるところを見るしな」
「あれ? お二人って……お付き合いされているんじゃ……?」
文楽も清汐良も、幽霊よりもこちらの話題に興味津々だ。
蒼矢はブンブンと激しく首を横に振る。
「違う違う。別に、そんなんじゃねえ!」
強く否定すればするほど、文楽の口角が上がっていく。
「でも蒼矢、彩歌さんの呼び方が『彩歌』になってるじゃないか。あれだけ頑なだったのに」
そこを突かれ、言葉に詰まってしまった。
まさか、魔神を祓うのに協力してもらうために仕方なく、なんて言えない。
「さ、彩歌もなんか言ってくれ」
慌てふためく蒼矢が、その姿を愉快そうに笑って見ていた彩歌に助けを求める。
一同の注目が彩歌に集まる。
「蒼矢君は付き合ってないよ。私がお願いして、仲良く? してもらっているだけ」
あっけらかんと答えたことに、蒼矢は安心した。
文楽も蓮も、納得のいっていない様子だったが、この話題はそこで打ち止めになった。
◆◆◆
「蒼矢君、帰ろ!」
部室の外で着替えて待っていると、彩歌が他の2人よりも先に出てくる。
蒼矢は弄っていたスマホをカバンにしまい、彩歌の隣に並んだ。
「じゃあな文楽。また明日」
部屋に残っている女子たちを待つらしい文楽を置き去りにして、2人が歩いていく。
「あいつら、本当に付き合ってないのか……?」
背後のそんなつぶやきを、蒼矢が知ることはない。
それから、校門を抜けたくらいに、彩歌が思い出したように聞いてきた。
「あの噂の幽霊って、やっぱり悪魔なの?」
「さあ、どうだろう」
それに関しては、蒼矢もまだ結論を出せていない。
悪魔とか全く関係なく、普通に迷い込んできた動物の可能性も考えられる。
「人影を見たってことは、面白半分で誰かが幽霊探しをしていたってことかもな」
だとしたら、ちょっとまずい。
もし幽霊の正体が悪魔なら、憑かれる恐れがある。あるいは、もう憑かれているかもしれない。
「今夜あたり、ちょっと様子を見に行こうと思ってる」
もし悪魔だとすれば、対応は早いに越したことはない。蒼矢はそう考えた。
すると彩歌が手を挙げて、身体を跳ねさせる。
「ハイハイッ! 私も行きたい!」
「絶対ダメだ」
あの一件以来、彩歌には悪魔に近づかないように言っている。
今回のこれが悪魔ならば、また魔神が吸収してしまうかもしれない。
だから、蒼矢はキッパリと断った。
「えー、いじわる!」
「いじわるとかじゃなくて、安全を考えて言ってるんだって。行くのだって、夜遅くになるし」
彩歌は頬を膨らませ顔を背けて、露骨に不機嫌をアピールしてくる。
なんとか納得してもらおうと、蒼矢があれこれ理由を付け足すが、どれも上手くいかなかった。
駅で別れるまで、彩歌はずっと不機嫌なままだった。
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