## Stabbing 3|心が折れても命を賭して

3-1

 誰もいないことを確認し、蒼矢は扉の鍵を開けた。


「うっへぇ……」


 久々に嗅ぐ芳香剤の香りにむせ返りそうになる。

 実家へ帰ってくるなんて、高校入学して初めてだ。


「たぶん、2階の物置だよな」


 もちろん、親の顔が恋しくなって帰ってきたわけではない。

 昨日、悪魔を吸収した彩歌を見たのがきっかけだ。

 万が一のために、手元に置いておきたい「あるもの」をここへ取りに来た。


「相変わらず、きたねぇなぁ」


 乱雑にガラクタが詰め込まれた物置を開けた蒼矢が言う。

 積みあがっているダンボール、埃の被った工具類、いつからあるのか分からない招き猫の置物……。目当ての物はすぐに見つかりそうにない。

 蒼矢は一つひとつ退かしながら、足の踏み場を作っていく。


「どこにも無いんだが……」


 薄暗い奥まで入って、目を凝らしながら物を動かして探す。

 熱気がこもっていて暑苦しい。

 さっさと見つけて帰りたい。そう思って、額から汗が流れ落ちてくる蒼矢のあさり方が荒っぽくなっていく。


「やっと、あった」


 ようやく目当ての物を手に入れることができた。

 それは1メートル大の銀の剣で、刃が引き潰されている。

 蒼矢の持つ短剣と同じ、浄化剣バプティンガーだ。


「まだ残っていてよかった」


 それは、まだ蒼矢が家を出る前に、悪魔祓いとして使っていた剣だ。

 今の蒼矢が持つ下級悪魔の浄化に特化した小刃浄化剣ボードバプティンガーと違い、これは離断浄化剣クーペバプティンガーと呼ばれる。人に憑いた悪魔と、憑かれた宿主を切り離すための浄化剣バプティンガーである。


「本当は、こんなものに頼りにしたくはないんだがな」


 蒼矢は物置の外に置いていたボストンバッグに離断浄化剣クーペバプティンガーを入れて、そう言った。

 心の中で、あくまで万が一の事態の時の保険だ、と自分に言い聞かせた。

 そうして、さっさと実家を出てしまう。


「……俺はあんたたちとは違う」


 去る間際に、家を振り返った蒼矢がつぶやいた。

 離断浄化剣クーペバプティンガーを使えば、彩歌と魔神を切り離すことができる。

 ただし、それには、彩歌の無事が考慮されない。


(だったら何のための悪魔祓いなんだよ!)


 蒼矢の手に力が込められる。

 正規の手順を踏まずに悪魔を祓っている両親への怒りがこみ上げてくる。


(あんたたちは間違っている!)


 本来、人に憑いた悪魔を祓うには、まずその悪魔を弱らせる必要がある。

 それこそ、蒼矢が魔神に対して実践していることだ。

 悪魔が弱れば、浄化剣バプティンガーなど使わなくても祓うことができる。


浄化剣バプティンガーなんて、必要ないだろ)


 ならば、浄化剣バプティンガーは何のために作られたものなのか。それは、面倒な手間をかけることなく、悪魔を祓うためだ。

 この離断浄化剣クーペバプティンガーを使えば、悪魔を弱らせることなく、祓うことができる。だが、それにはリスクが伴う。

 力を持ったままの悪魔を無理矢理に宿主から切り離そうとすると、悪あがきで大抵何か起こすのだ。


(もうあんなの、ゴメンなんだよ……)


 悪あがきは悪魔の程度にもよるが、身体の軽い異常から、記憶の欠落、果ては人格の改変まで引き起こす場合がある。

 憑かれた悪魔が祓われたとしても、それに苦しめられる人たちを、蒼矢が悪魔祓いとして多く見てきた。

 蒼矢は何度も両親に「祓ってなお苦しむのはおかしい」と言ったが、それが聞き入れられることはなかった。


(正しいのは、俺のハズなんだ)


 気がつけば、いつの間にか、自宅に戻りベッドへ腰掛けていた。

 手には、持って帰ってきた離断浄化剣クーペバプティンガーが握られている。


「こんなものには頼らない。魔神は、俺が正しく祓うんだ……」


 つぶやく蒼矢の脳裏には、昨日の彩歌の姿が焼き付いていた。

 周囲の悪魔を吸収する魔神。その理由は、どう考えても力をつけるためだろう。

 どれだけ彩歌が前向きに生きたとしても、弱ることはないのではないか……。


「……大丈夫だ。大丈夫」


 大丈夫。心の中で繰り返し、不安をなだめる。

 でも、近いうちに魔神が再び覚醒するかもしれない。そう思と、どうしても離断浄化剣クーペバプティンガーを手元に置いておきたくなってしまい、実家まで取りに行ってしまった。


(自分で自分が情けなくなる……)


 魔神を無理に引き離すと、宿主の彩歌がどんな被害を受けるか分からない。

 もしかすれば、命を失う可能性だってある。


(あんたたちはそれを、『平和のための尊い犠牲』だとか言うんだろうな)


 蒼矢には、とてもそんな風に思えなかった。

 そうして、これ以上忌々しい剣を見ていたくないと、ベッドの下へ投げ込む。

 窓の外を見ると、空はすっかり暗くなっていた。


「今は飯を食う気分でもないな……。ちょっと、寝るか」


 身体を伸ばし、ベッドに横になる。

 そのまま、朝になるまで眠り続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る