2-7

 本屋で多少暇を潰すことができたけれど、それでもまだ時間があった。


「次はどうするか」


 これ以上行く当てがない蒼矢は尋ねた。


「うーん……私も特に行きたい場所はないかなー」


 特に彩歌もないらしい。

 2人で本屋の前にあったベンチに座り、頭を捻る。


「あっ! そういえば、公園に行きたいな」

「公園? 南のとこの?」


 彩歌はうなずいた。

 アーケード街の南方にある公園といえば、無駄に広いだけで何もない場所だ。

 小さい子供のいる家族連れが遊んでいるイメージがある。


「いいけど、退屈じゃない?」


 蒼矢がそう言うと、彩歌は腰を曲げて下から覗き込むように顔を向けてくる。


「それが、そうでもないかもよ?」


 無意識なのだろうが、上目遣いになっているその表情を直視できない。


「い、行くならささっと行こうぜ」


 彩歌に背を向けて蒼矢は早足で歩き出した。

 すぐに小走りの彩歌が、隣に追いついてくる。

 だが、距離が開いては小走りで距離を詰め、開いては詰めを繰り返している。


「歩くの早いよ! まだ時間あるんだから、ゆっくり行こ?」

「悪い……」


 言われて彩歌と歩調を合わせる。

 公園を目指して、2人でゆっくりと歩いていくのだった。


◆◆◆


「へえ、驚いたな」


 公園に着いた蒼矢が、薄そうな感動の言葉に口にする。

 何もないと思っていたが、いつの間にか手を入れられていたらしい。

 外周に沿って作られた遊歩道の一画に、見慣れない花壇ができていた。


「なんか反応ビミョーじゃない?」


 そこまで驚いていない蒼矢に、彩歌は不満げだった。

 蒼矢は苦々しく頭を掻いた。


「まあその……なんだ。こういうのはよく分らんが、キレイだなとは思ってる」

「本当……?」


 ジットリとした目で見てくる彩歌に向かって、コクコクと首を縦に揺さぶる。

 彩歌は笑顔に戻って、大きくうなずいた。納得してくれたようだ。


「それじゃ、写真撮ろっか」


 そう言って彩歌がスマホを取り出した。

 カメラアプリを起動しながら、蒼矢の袖をクイクイっと引っ張ってくる。


「え、何?」

「何って、一緒に撮るんだよ?」


 スマホの内カメラを自分に向けている彩歌が言ってくる。

 蒼矢は引かれるままに、彩歌の隣に立った。


「はい、撮るよー」


 花壇を背景にカメラを構えた彩歌がシャッターを切る。

 カシャッっという小気味のいい音のあとで、彩歌がスマホを確認する。


「アッハハ、なにこれ!」


 唐突に笑い声をあげた彩歌に何事かと思い、蒼矢は画面をのぞき込んだ。


「うわぁ……」


 今撮った写真を見て、思わずそう漏らす。

 写真の蒼矢は、緊張で顔が強張っているし、まばたきして半目になっているしで、ひどいものだった。


「蒼矢君って、写真苦手だったんだね。知らなかった!」

「慣れては、ないな」


 なぜか嬉しそうにしている彩歌を見て、複雑な気持ちになる。

 でも、バカにされているのではないことが伝わってくるので、不愉快ではない。

 彩歌に「撮り直す?」と聞かれても、静かに首を横に振った。


「また撮ろうね」

「それはいいが、今日はもう勘弁してくれ……」


 また同じような写真が撮れてしまったら、立ち直れそうにない。蒼矢はそう思っていた。


「まだ時間あるし、ここ一周してみよっか」

「おう、いいぞ」


 そうして遊歩道を歩きだしたが、すぐに足が止まった。


「あれ……」

「だな」


 2人が短く言葉を交わす。

 目の前に現れたのは、煌々と青を放つ悪魔だった。

 その姿はイヌ、前の子犬と違い、大型犬と言うべきものだろうか。


「でかいね。ゴールデンレトリバーかな?」

「犬種とか聞かれても分からんぞ」


 悪魔相手に特に意味はないが、なんとなく小さな声で話す。

 幸い、周りには人がいない。


「浄化アイテムは……」

「ちゃんと持ってる」


 蒼矢は「というか、何だ浄化アイテムって」と内心で付け加えた。

 ショルダーバッグから浄化剣バプティンガーを取り出す。

 手早く浄化してしまおうと、悪魔に近寄ろうとするが……。


「あっ!」


 遊歩道の先へ逃げ出す悪魔に、彩歌が声を出した。


「俺が行く! 彩歌は待ってろ!」


 そう言って、悪魔のあとを追っていく。

 悪魔は遊歩道に沿って逃げるので追いかけるのは難しくない。が、どれだけ蒼矢がスピードを上げても、ずっと距離を一定に保ってくる。

 なかなか器用なヤツだった。


「彩歌!」


 結局外周を一周することになり、彩歌の背中が見えてきた。

 魔物がまっすぐ吸い込まれていくその背に、声をかける。


「そいつ、捕まえてくれ!」

「えっ? おっ、おぉ」


 イヌがぶつかる直前で彩歌が振り返る。

 飛び込んできた悪魔を、そのまま両手で抱きかかえた。


「サンキュ、今浄化するから……」


 蒼矢が彩歌に駆け寄ろうとする。

 その時、イヌの纏う炎が激しく燃え上がった。

 炎は霊体を包み込み、その手を彩歌に伸ばしたかと思うと、消え去った。


「は? おいっ、大丈夫か彩歌!?」


 駆け寄った蒼矢が彩歌の両肩を掴んだ。


「痛むところとか、変な感覚とかないか?」

「う……うん。なんともない、と思う」


 霊炎は彩歌から出ていない。魔神が目覚めたわけではなさそうだが……。

 無事を確認した蒼矢が、ホッと胸をなで下ろした。

 しかし、この光景がしばらく蒼矢の頭から離れなかったのだった。


(彩歌が悪魔を吸収した……)

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