2-6

 身の回りの悪魔が増えたといっても、所詮は下級だ。

 案外平和に1週間が過ぎ、気がつけばもう土曜日だった。


「おはよう! 今日はよろしくね!」


 そう言って待ち合わせの神ノ宮駅に来た彩歌は、今日もヴァイオリンを背負っている。

 蒼矢は、楽器屋でメンテナンスを頼みたいから付き合ってほしい、とお願いされていた。


「楽器屋ってどこにあるんだ?」

「アーケード街にあるよ。そろそろ開店時間だから、行こ!」


 そうして2人は、駅から少し歩いた場所に位置する、中央区の象徴ともいえるアーケード街へやってくる。

 まだ開いていない店もチラホラあるというのに、行き交う人が互いを避け合って歩いている。

 目的の楽器屋は、アーケード街に入ってすぐのビルの中にあった。


「こんなところにあったんだな」


 ビルの4階に入っている楽器屋の店前で蒼矢が言う。

 表に看板が出ているとはいえ、彩歌がいなければ店の存在を知ることなんてなかっただろう。


「私、ヴァイオリン渡してくるから、ちょっと待ってて」


 彩歌は店のレジカウンターへ行ってしまった。

 1人になった蒼矢は、緊張の面持ちで、初めて訪れる店を見て回る。


(いろいろ置いてあるんだな……)


 ショーケースに並べられた金管楽器や弦楽器、立て掛けられたギターやベースなどを興味深そうに観察する。

 別の場所には、知識のない蒼矢には何か分からなかったが、ややこしそうな機械が並べられていた。

 そして、店の角にあった棚の前で足を止める。


(へぇ、本まであるのか)


 本棚を上から順に目で追っていく。

 楽譜、教本、雑誌……種類も様々だ。


(小説まで……。なるほど、音楽が題材なのか)


 蒼矢は、テキトウな1冊を手に取った。

 表紙から背表紙へ、それからざっと中も眺める。

 どうやらヴァイオリンを弾く少女が、夢のために留学をするか、恋のためにそれを諦めるかの葛藤を繰り広げる物語のようだ。


「それ、買うの?」


 突然後ろから声をかけられ、慌てて本を閉じる。

 斜め後ろから顔を覗かせた彩歌が、蒼矢の手元へ目を落としていた。


「い、いいや。ちょっと見てただけだ」


 蒼矢はそそくさと本を棚に戻した。

 落ち着きなく視線を左右に振りながら、本棚から距離を取った。


「もう終わったのか?」

「ううん。2時間くらいかかるって」


 よく見れば、彩歌が背負っていたハズのヴァイオリンのケースが無くなっている。

 メンテナンスの間は暇になるので、どこかで時間を潰さないといけないそうだ。


「どこへ行くかは、蒼矢君が決めていいよ」


 彩歌にそう言われた蒼矢は、困ってしまった。

 中央区なんてそこまで詳しくない。

 いったいどこへ連れていけばいいだろうか。


(ま、無難なのはあそこか……)


 目的地を定めた蒼矢が、彩歌を連れ出した。

 やってきたのは、アーケード街の真ん中にある大きな本屋だ。

 建物の2階から5階までのフロアを占有しており、品揃えも神ノ宮で一番いい。


「蒼矢君ってどんな本を読むの?」


 目当ての売り場に向かう最中のエスカレーターで、彩歌に聞かれる。


「基本は小説だな。彩歌は?」

「私はマンガしか読まないかな~」


 そんな話をしながら文庫本のコーナーにたどり着いた。

 彩歌はキョロキョロと、せわしなく首を動かしている。


「おススメとかってある?」


 そう尋ねられて、新刊の棚の1冊を手に取って差し出した。

 先週の部活帰りに、文楽に付き合ってもらって買ったミステリー小説だ。


「これとか、面白かったぞ」


 蒼矢から受け取った彩歌が、パラパラとページを捲っていく。

 捲っていくごとに、首の角度がだんだん急になっていく。やがてこれ以上首が回らなくなると、苦笑を浮かべた。


「文字ばっかりでしんどいね。でも、蒼矢君がオススメって言うなら、頑張って読んでみようかな」


 別に無理して読まなくてもいいのでは、と蒼矢は言いたかったが、その前に彩歌は本を持ってレジへ行ってしまった。

 蒼矢はレジの出口で待つ。

 会計を済ませた彩歌が、袋に入った本を大事そうに抱えて戻ってきた。


「おまたせ。それじゃ、次は私の番だね!」

「何が?」


 彩歌は答えずに蒼矢の袖を引き、エスカレータに乗せる。

 連れてこられたのは、漫画の売り場だった。

 迷いなく棚の間を進んでいく彩歌が、ある1冊を手に取って蒼矢に見せる。


「はいコレ。私のオススメ!」


 そう言って手渡された。

 漫画のことはよく分からない蒼矢だったが、水彩画のような雰囲気で人物が描かれているキレイな表紙に、興味が湧いた。


「そうなんだ。せっかくだし、読んでみるか」


 蒼矢はその漫画をレジへ持っていき、会計を済ませた。

 お互いのオススメの本を買い合ったことに満足したのか、本屋を出た後の彩歌はとてもご機嫌だった。

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