2-5

「あれ? あの子は?」


 畑作業が終わり、あとは着替えて解散ということで、みんな揃って部室に戻ってきた。

 ご機嫌な鼻歌を歌いながら、最初に部屋へ入った蓮が首を傾げる。


「窓が開いているな」


 文楽が風に揺らされているカーテンを見て言った。

 蓮は部室の中をぐるっと一周してから、窓を確認する。


「えーっ!? どっかいちゃったの? 誰だし、窓開けたの!」


 帰りの楽しみを奪われ、憤慨していた。

 こっそり畑を抜け出して、本日3匹目の浄化を済ませていた蒼矢は、とぼけて肩をすくめた。

 それから、先ほど自分で開けた窓を黙って閉める。


「大丈夫でしょうか……車とかに、轢かれてないかな……?」


 心配そうに清汐良が外を眺める。


「きっと、無事に飼い主の元へ帰ってるさ。賢そうな顔をしていたからな」


 自分の着替えと荷物を手に取った文楽は、そう言って部室を出ていく。

 蒼矢もそのあとに続いた。


(あとは彩歌を待つだけだな)


 ミッションを完遂できた安堵を胸に、ささっと着替えてしまう。

 着替え終わって、部室が空くのを待っていると、文楽が声をかけてくる。


「帰らないのか?」

「ちょっと野暮用だ」


 テキトウに返事をして、部室を指さす。


「中に忘れ物でもしたか? よし、待っててやろう」

「いや、先に帰ってていいぞ。時間かかるから」


 気を使ってくる文楽に、蒼矢は帰るよう促す。

 自身でもよく分からないが、彩歌との時間を邪魔されたくないと思っていた。


「そうか。なら今日は女子たちと一緒に帰るかな」

「そうしてくれ」


 文楽は言った通りに、しばらくして部室から出てきた蓮と清汐良と一緒に帰っていった。


(さて……)


 ようやく1人になった蒼矢は、部室で思索に耽る。

 今日出会った3匹の悪魔についてだ。


(明らかに多すぎる……)


 本当はただの偶然で済ましたいところである。でも、そうはいかない。

 蒼矢には、大きな心当たりがあったからだ。


(魔神、か)


 考えたくはないが、この事態は魔神の力が作用した結果だろう。

 悪魔を引き付けているのか、発生を促しているのか、そこまでは分からない。


(どちらにせよ、彩歌の周囲には悪魔が多くなると考えておいたほうがいいな)


 そう考えると、不安を解消するために彩歌のそばにいるというのは、ちょうど都合が良かった。

 それに、今のところ下級悪魔しか見ていないので、その都度浄化すれば大した問題にはならない。


(問題は、部長たちが、悪魔が見えていたことだな)


 これも魔神の影響だろうか。


(宿主である彩歌にそうしたように、周囲の人間の霊的感覚を引き上げている?)


 あるいは、悪魔たちの霊体を、普通の人にも見えるくらい強化しているのだろうか。

 いろんな考えが巡ったが、結論は出ない。


(いや、理由はどうだって構わない)


 一番に蒼矢を悩ませるのは、普通の人にも悪魔が見えるという、その事実だった。


(何も知らない人の前で浄化をするのは避けたいし、困るな……)


 思いつく最前の方法は、悪魔を見つけ次第、人目のない場所へ連れていくことくらいか。

 今日のように、すでに誰かに捕まっている場合は難しいが……。


「それはどうしようもないよなー」


 思考が煮詰まってきた蒼矢が、とうとう声を出した。

 大きなため息を吐いて、机に突っ伏す。

 そうこうしているうちに、彩歌がドアを開けて入ってきた。


「ごめんね蒼矢君、遅くなっちゃた。あれ、寝てる?」

「起きてるよ」


 蒼矢は身体を起こして、グーっと伸びをする。


「なんだかお疲れかな?」

「まあな。いろいろあったから」


 いったい何があったのか、と彩歌の顔が接近してくる。


「ちゃんと話すって。帰りながらにしようぜ」


 そう言ってカバンを肩にかけた。

 蒼矢が部室を出ると、彩歌もあとに続いていった。


◆◆◆


「へぇ~。そんなことがあったんだ」


 駅までの道をゆっくりと歩きながら、彩歌に今日のことを話した。


「そんで、すでに人と一緒にいる悪魔は浄化し辛いなって、悩んでた」


 蒼矢は最後にそう言った。

 別に彩歌に何かアイデアを期待していたわけではないが、なんとなく言いたくなってしまったのだ。


「なるほど、なるほど……。1人では、ってことだね?」

「ん?」


 彩歌が何かを勝手に納得しだした。

 わけが分からず、蒼矢は首を捻る。

 すると、ビシッと彩歌に指をさされた。


「つまり! 私に協力してほしいってことだね!」

「なんの話だ?」


 格好よく決めたはずの彩歌は、パッとしない蒼矢の反応に目をパチクリさせた。


「あれっ? 浄化するために、私に気をそらさせる役目をしてほしいって話じゃない?!」

「あー……なるほど」


 今度は蒼矢が納得していた。


「それ、アリかもな」


 彩歌と一緒にいる場合に限られるけれど、それでも十分な助力になると思えた。


「ほんと!?」

「ああ。その時はよろしく頼むぞ」

「やったぁ! これで私も、蒼矢君の力になれる!」


 胸の前で拳を合わせて、踵を跳ねさせる。

 後ろで纏められている髪が尻尾のように揺れていた。


「遊びじゃないんだけどな……」


 でも、魔神の影響を不安がるより、余程いい。

 蒼矢はそんな風に、はしゃぐ彩歌の姿をじっと眺めていた。

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