2-4

 帰りのホームルームが終わり、蒼矢はまっすぐ部室へとやってきた。

 悪魔は相変わらず机で丸くなっているままだ。

 流れる水のように自然な動きで浄化剣バプティンガーを取り出し、迷いなく突き刺した。


「ふぅ……」


 蒼矢はひと仕事終えたという風に、額を拭うマネをする。

 ほかの部員が来ないうちに、短剣をカバンへ戻した。


(それにしても、今日はこれで2匹目か。珍しいこともあるんだな)


 下級悪魔でも出現頻度は高くない。

 神ノ宮は悪魔が少ないということもあるらしく、蒼矢が浄化するのは月に3、4匹程度だ。

 何かあるのではないか、と勘繰ってしまう。


「よう、お疲れ。今朝以来だな」


 いろんな仮説を蒼矢が考えていると、文楽がやってくる。

 短く「おつかれさん」とだけ返した。


(ま、ただの偶然だろ。もし、もう1匹でも出たら異常ってことで……)


 考えたところで結論の出ない問題に、半ば投げやりになって頭を切り替える。

 何やら部室の外から、バタバタと走る音が聞こえてきた。

 一瞬足音が止んだかと思うと、今度は勢いよくドアが横にスライドする。


「ブンブン! ソーヤン! 見てこの子!!」


 蓮がいつになく高いテンションで現れた。

 部屋の敷居も跨がずに、両手を高く掲げている。

 視線を上に持ち上げた蒼矢は、子犬がガッチリと掴み上げられている姿を捉える。


「子犬じゃないか。どうしたんだ?」


 同じように首を斜め上にした文楽が尋ねた。

 蓮は胸の前まで子犬を下ろし、軽く跳ねながら言った。


「昇降口のとこにいたの! 警戒とか全っ然されなくってさぁ! 可愛くない?!」


 愛らしい小動物がこちらに突き出される。

 蒼矢はその姿をまじまじと見た。


「うーん……」

「どうした、蒼矢?」


 一度、目を擦る。

 今度は顔を近づけてから、目をよく凝らす。

 間違いない――。


「なんでまた悪魔なんだよっ!?」


 子犬は確かに霊炎を纏っていた。間違いなく、悪魔である証拠だ。

 考えたくなかった事態に頭が痛くなる。

 いったい何が起こっているのか、ちゃんと検証する必要がある。だが、それよりも先にこの悪魔を浄化しなければならないことも、また問題だ。


「ソーヤン? クマじゃなくてイヌだよ?」


 急に大声を出して、それから目を覆って黙り込んでしまった蒼矢を、きょとんとしている蓮の言葉が引き戻してくる。

 蒼矢は口を閉じたまま、「そうじゃない」と首を横に振った。


「蒼矢、犬は苦手だったっけか?」


 文楽に問われ、首を振り続ける。

 頭の中は、ゴミ箱をひっくり返したように、ぐちゃぐちゃになっていた。


(なんでコイツらにも悪魔がみえてるんだよ……)


 前代未聞の状況に、適切な対応が分からず、身体が固まってしまう。


「……2人とも、普通の子犬に見えてる?」

「は? 何を言っているんだお前は」


 当然、蒼矢の発言の意図を読み取れない文楽は怪訝な顔を向けてくる。


「いや、その……」


 何も知らない2人に、まさか「悪魔だと分からないのか?」と聞くわけにはいかない。

 そんなことをすれば、痛い奴扱いされてしまう。


「なんか、青い……お、オーラ? みたいなの、見えないか……?」


 苦し紛れにそう言い放つ。

 言ってから、これ痛い奴なのは変わらないわ、と気づいても手遅れだった。


「なに? ソーヤン、人のオーラとか見える系の超能力者なの?」


 もういっそ、「そうだよ!」と声を大にして言ってしまいたい。

 でも、それを実行に移せない蒼矢は、逃げるように顔を机に伏せてしまった。


「なあ蒼矢、無理しなくていいんだぞ。たとえ子犬でも、犬が怖いならそう言えばいい。俺は笑ったりしないさ」

「お、おお。ありがとう……」


 文楽が全く方向違いの慰めを差し伸べてきた。

 少し顔を上げた蒼矢は気まずそうに答える。

 やがて清汐良がやってきた。


「お……お疲れ様です。あ、ワンちゃんだ……」


 蓮の背中から顔を覗かせた清汐良が、子犬に反応している。

 彼女にも見えているようだ。


「そんじゃ、着替えよっか」


 ともかく、みんなは悪魔の霊体だけが見えている状態であるのは分かった。

 一旦子犬は部室においておくことになったので、逃がすふりでもして浄化すればいい。

 蒼矢は部室を追い出されながら、そう考えていた。

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