1-7
彩歌を支えて歩く蒼矢は学校と駅の中間にある公園に足を運んだ。
「ここでいいか? 下ろすぞ」
そう言って彩歌をベンチへ座らせる。
なかなか調子の戻らない彩歌の様子に蒼矢は心配を膨らませていた。
「大丈夫か? なんか、飲むものいるか?」
「うん、お水ほしい~……」
それを聞いた蒼矢は財布を持って自販機へ向かう。
水を買い、彩歌のもとへ戻り、それを手渡す。
彩歌は喉を鳴らして一気に半分くらいまで飲み干した。
(魔神の影響がまだ継続しているのか、ただ操られていた反動が残っているだけなのか、どっちだ?)
蒼矢は彩歌を観察する。
今はもう身体から青い炎は見えていない。
あの魔神を祓えたわけではないが、少なくとも、すぐにまた出てくることはなさそうだ。
「ねぇ……」
沈黙の中、彩歌が口を開いた。
「私、どうなちゃったの?」
ようやく冷静さを取り戻してきたのか、彩歌の表情からは不安が読み取れる。
蒼矢は一瞬、誤魔化すための言葉を頭の中で組み上げようとした。
だが、魔神をちゃんと浄化するには宿主である彩歌の協力が不可欠だ。
「話す前に確認しときたいんだけど、どこまで覚えてる?」
それなら今全て話してしまったほうがいいと蒼矢は考え、言った。
彩歌が記憶をたどる。
「んー……。蒼矢君が、魔神とかなんとか言ったことくらいは……」
「ならそこから話すか」
悪魔を超える悪魔、魔神について説明していく。
といっても、魔神が強力な霊障で何かしらの厄災を引き起こすことくらいしか蒼矢も知らない。
彩歌は現実味のない話にポカンとしていた。
「とりあえず、とんでもないヤツがコームズに憑いてるってことだけ理解してくれ。それで悪魔ってのが――」
悪魔が普通の人には見えない霊的な存在であること。そして人に憑いて悪い影響をもたらすこと。
蒼矢は自分の知識をかいつまんで話していく。
ひと通り話し終えると彩歌が口を小さく開いた。
「えっとつまり……幽霊、みたいなものってこと……?」
「まあそういう呼び方をしても間違いではないな」
蒼矢はそう言った。
すると彩歌の顔が青ざめて身体が小刻みに震えだす。
何事かと驚く蒼矢の肩を彩歌が掴んで言う。
「私、幽霊に取り憑かれちゃたの? どうしよう……ねぇどうしたらいいの?!」
「ちょっ、やめっ……。コームズストップ! 祓える、ちゃんと祓えるからっ!」
彩歌に激しく揺さぶられる蒼矢は吐気を催しながらも答えた。
目に涙を溜めながら「ほんとう……?」と彩歌が聞いてくる。
「うぷっ……お、俺だって悪魔祓いの端くれだ」
何も知らない彩歌が首を傾げた。
「悪魔祓いってのは、そのまま悪魔を祓う仕事のことだ。俺の実家の家業なんだが……」
そこをあまり話したくない蒼矢は、日常的に下級悪魔を浄化しているということだけを最低限の説明で済ませた。
蒼矢から何の変哲もない短剣を受け取った彩歌は興味深そうにいろんな角度から眺めてる。
「これで、まじん……も祓えるの?」
「いや、人に憑いてしまった悪魔はそれでは祓えない。人に憑いた悪魔の宿主の力を吸い上げるから、どれだけ浄化しようとしても耐えられるんだ」
彩歌に憑いている魔神も、
ならどうすればいいのかと目で訴えてくる彩歌を見て蒼矢が説明を続けた。
「悪魔は人のマイナスの感情を糧にしてる。だから、日々ポジティブに生きていれば勝手に弱っていく。弱っていけば人に憑く力も失って宿主から離れていく」
そこを蒼矢の
魔神なんて呼ばれていても所詮は悪魔。時間をかければしっかり浄化できるハズだと蒼矢は言った。
最後まで黙って聞いていた彩歌が質問を投げかける。
「それってどのくらいかかる?」
「分からん。魔神の相手なんて俺だって初めてなんだ」
1カ月で済むかもしれないし、高校の卒業までには終わらないかもしれない。
蒼矢からそう言われた彩歌は不安を滲ませる。
「……今すぐに祓うことは無理なの?」
「不可能だ。そんな都合の良い方法なんてない」
口調を強くして蒼矢が言い切ってみせた。
彩歌が「でも」と食い下がろうとすると、強引に話を変えられる。
「それで、コームズに心当たりがないか聞きたいんだが」
悪魔は大きく2種類に分類できる。
1つは人のネガティブな感情の集合体として生まれる自然発生型の悪魔、そしてもう1つは黒魔術のような方法で呼び出される召喚型の悪魔だ。
「魔神が自然発生するとはさすがに考えられないから、誰かが召喚してコームズに仕向けたと思うんだが……」
蒼矢が聞きたいのは、その「誰か」に心当たりがないかということだ。
もし彩歌の周囲に悪魔に精通した人物がいるなら早めに対処しておきたいという考えだった。
「うーん……黒魔術とかは、身近にはいないかなぁ」
「そうか、ならいいんだ。なんの関係もない奴がたまたまコームズに仕向けた可能性だって十分あり得るしな」
だとすれば非常に迷惑な愉快犯ということで、巻き込まれた彩歌が不憫でしかたないというのは内心で思うだけに留めた。
その代わりに蒼矢はカバンからスマホを出す。
「さっきも言ったように今の魔神は休眠中だが、突然何が起こるか分からない。念のため連絡先を交換してくれ」
蒼矢がそう言ってIDを交換するためにメッセージアプリを立ち上げる。
彩歌もうなづき、同じアプリを自分のスマホで開く。
かと思うと画面を切ってしまった。
「やっぱりヤダ」
スマホの画面を伏せた彩歌が蒼矢の方とは反対に顔を向ける。
「なんでだよ」
理解不能な彩歌の行動に蒼矢の語気が荒くなる。
しかしそこで彩歌はすっかり口を閉じてしまった。
「……彩歌」
何度か「おい」と呼びかけていると、そっぽを向かれたまま何か言われる。
「は?」
「彩歌って呼んでくれないとヤダ」
「なんか面倒くさいこと言い出した!」
蒼矢は「呼び方なんてどうでもいいだろ」と言うが、向こうも「彩歌と呼んで」の一点張りだ。
互いに一歩も引こうとしない。
だが、いつまでも埒が明かない押し問答にうんざりした蒼矢が先に折れる。
(それで魔神が祓えると思えば安いものか……)
そう思うことにした。
「あーもう! 分かったよ。俺とIDを交換してくれ、さ……彩歌」
女子を名前で呼んだことのない蒼矢は照れる。ものすごく照れる。
彩歌は上機嫌にスマホに表示したIDを見せてきた。
それを蒼矢はすぐさま入力し、自身のIDも見せ返す。
「はい、これで交換完了ね」
「魔神と、悪魔関連で何かあればすぐに連絡してくれ。できるだけ対応できるようにしておくから」
登録した彩歌のアカウントのプロフィール画面をぼんやり眺めながら蒼矢が言った。
彩歌のアイコンにはヴァイオリンの画像が使われていた。
◆◆◆
長話をしていた甲斐あってか、すっかり回復した彩歌を駅まで送っていく。
本当は、まだ魔神の影響がどうなっているか分からないため、自宅まで送ろうと蒼矢は考えていた。
だが家の最寄り駅まで車で迎えに来てもらうから必要ないと彩歌に言われてしまった。
(ま、IDも交換したし大丈夫か)
何かあれば連絡がくるだろう。
そう思いながら駅からマンションまでの道を歩いていると、スマホの通知音が鳴った。
ロック画面に通知が表示されている。彩歌からメッセージだ。
「なっ!?」
まさかと思い慌ててアプリを開く。
それと同時に駅まで戻ろうと身体を急反転させた。
けれど蒼矢はすぐにその足を止める。
「は、はは……」
――蒼矢君、これからよろしくね!
そう書かれていたメッセージには可愛らしいネコのスタンプが添えられていた。
短く「よろしく」とだけ蒼矢は返す。
すぐに既読のマークがついたのを確認してスマホをカバンにしまった。
「まさか悪魔から逃げてきた先で、魔神と出会うとはなぁ……」
キレイな満月が見える夜空を見上げてつぶやく。
そうしてマンションへ帰っていく蒼矢の足取りは不思議と軽かった。
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