Stabbing 2|魔神の底、未だ見えず
2-1
蒼矢が魔神と相対してから最初の日曜日、ちょうど5月から6月に変わったその日に蒼矢は中央区へ来ていた。
今朝、彩歌からメッセージアプリで「魔神について話したいことがある」と呼び出されたためだ。
送られてきた位置情報を頼りにハンバーガーでお馴染みのファストフードチェーン店へ入った。
「蒼矢くーん! こっちだよー」
先に来ていた彩歌が席を立って手を振ってくる。
蒼矢は彩歌のいるテーブルまで行き、正面へ座った。
「何も食べないの?」
「あー……昼メシまだだし、なんか食うか」
飲み物だけをテーブルに置いていた彩歌に言われ、蒼矢が財布だけ持って注文カウンターへ向かう。
テキトウに安いセットメニューを注文して、受け取ってテーブルへ戻る。
「すまん、待たせた。コームズは何も食わないのか?」
ハンバーガーの包みを開けながら蒼矢が問いかける。
言われた彩歌は口をへの字に曲げた。
そして手でテーブルをバシバシ叩きだす……フリをする。音を立てないように空ぶらせていた。
「なーまーえっ! コームズに戻ってる!」
「わ、悪い……。彩歌は、何も食わないのか?」
蒼矢はたじろぎながら言い直した。
あっという間に機嫌を直した彩歌はえくぼを作る。
「私は大丈夫。家で食べてきたから」
「そうか」
会話が途切れ、2人の間に沈黙が訪れる。
ハンバーガーを1口かじり、それを飲み物で流し込む。
その動作を蒼矢が繰り返していると、彩歌が口を開いた。
「なに飲んでるの?」
「……コーラ」
質問に、口の中が空になったタイミングで短く答える。
それからまたハンバーガーをかじる。
「そっか。同じだね」
彩歌が自分のドリンクの容器を持ち上げて首を傾けた。
最後の一口をほおばって、コーラを一気に吸い上げると蒼矢の容器は空になる。
「で、あれから変わったことはないか?」
改めて本題に入ろうと、魔神の影響が出ていないかを蒼矢から質問した。
頬に手を当てて彩歌は答える。
「うん。今のところ自覚症状っぽいのはない……かな」
それを聞いて蒼矢も安堵する。
自分から見ても、魔神は眠ったままのように見えることを伝える。
ただ、意識もしっかり向けないと気配を感じ取れないあたり、魔神は身を隠すのが非常に巧みなようだ。
「でも聞きたいことがあって……」
言いづらそうにして彩歌が言った。
蒼矢はしっかり耳を傾けようと、居住まいを正す。
「不安になるのも、良くないよね?」
「不安?」
いったい何の話をしているのかすぐに分からず、疑問を返す。
「そう。やっぱり1人になるといろいろ考えちゃって。悪魔って悪い感情を力にするんだよね?」
蒼矢はそこでようやく彩歌の気持ちを理解した。
魔神を祓うためには、ネガティブな感情はできる限り持ってはいけない。
だが、得体の知れないモノが自分の中にいると急に言われたのだ。怖くならないわけがない。
「そうだな。魔神を弱らせるためにも、安心感を抱いているほうがよっぽどいいが……」
宿主となった者を安心させることもまた、悪魔祓いの務めだと考える。
しかし、蒼矢にはどうすればいいのか分からない。
同年代の女子を安心させる方法など、彼は知らないのだ。
「だからさ……」
蒼矢が考え込んで黙ってしまうと、代わりに彩歌が口を開いた。
「できるだけ、一緒にいてほしいの」
「は? 一緒にいるだけか?」
「うん。万が一でも蒼矢君がいるって思えれば安心できるかなって」
そういうものか、と蒼矢は納得するしかなかった。
けれど一緒にいると言っても限界がある。
いくら蒼矢が一人暮らしだからといって、彩歌をそこに寝泊りさせるわけにはいかない。
「さすがにずっとは一緒にいられないが」
「蒼矢君の無理のない範囲で大丈夫。駅から高校までの行き帰りとか、休みの日に空いてれば用事に付き合ってくれるとか」
話を聞きながら、蒼矢は何度かうなずいていた。
彩歌とは仲の良い友達の感覚でいればいいのだと理解した。
「全然いいぞ、それくらいなら」
「無理言ってごめんね。いつかちゃんとお礼するから」
両腕をテーブルの上に置き、軽く身を乗り出してきた彩歌にそう言われる。
細められた彩歌の目と視線が重なってしまう。
蒼矢は気づかれないように少しだけ目の焦点をずらした。
「お礼とか、気にすんな」
頬杖をついて誤魔化すように蒼矢が言う。
「うーん……何がいいかな~」
聞いちゃいない。
彩歌は1人で、あれでもないこれでもないと悩みだす。
その光景を眺めながらドリンクのストローを吸う。
(残った氷がほとんど解けて水になってる……)
蒼矢の口内が水で満たされたのと同時に彩歌が何か閃いた。
「いいこと思いついた! こういうのはどう? 私が毎日自撮り写真を送るの、お風呂上がりの!」
「ゴフゥッ――! ゴホッゴホッ!」
とんでもない発言をされて、むせた。
慌てて蒼矢は周りに目を向ける。
幸いというか、ほかのお客さんは各々の話に夢中で聞こえてなかったみたいだ。
「何言い出すんだお前は!」
「え……?」
蒼矢が声を殺しつつ怒鳴っても、彩歌はきょとんとするだけだった。
「だって、そうすれば男の子が喜ぶって、クラスの子が言ってたよ?」
「音楽科の貞操観念どうなってんの……」
頭を抱える。
さすがにその子は冗談で言ったのだと信じたい蒼矢だった。
「お前、大丈夫か? いろいろと……」
「お前じゃなくて彩歌ね!」
たとえ冗談だったとしても、それを真に受けてしまう彩歌の天然ぶりが心配でたまらなくなる。
だけどそれが彩歌には伝わらないようで、的外れな返答をされてしまう。
蒼矢の頭が痛くなる。
「はぁ……帰るか……」
「え、でもまだお礼が決まってないよ」
「それは全部終わってから考えてくれ……」
無論、終われば風呂上がりの自撮りを送ってくれていいという意味ではない。
不満そうにする彩歌に、ゴミしか残っていないテーブルを指摘して強引に席を立たせる。
2人でゴミを片付け、中央区の神ノ宮駅を目指していった。
◆◆◆
「それじゃ、私こっちだから」
蒼矢の帰る前灘駅と逆方向に向かう電車のホームを指した彩歌が言った。
そういえば、蒼矢は彩歌の家がどこにあるか知らないことに気づく。
何かあった時のために、最寄駅くらい知っておいたほうがいいかと思い尋ねる。
「彩歌って駅、どこなんだ?」
「うん? 南神ノ宮だよ」
今までちっとも興味がなかったが、彩歌は南区に住んでいるらしい。
本当は住所まで把握しておきたいところだ。でもストーカーみたいで気持ち悪いだろと考える蒼矢は、「ふーん」とだけ返した。
「明日から駅で待ち合わせだからね」
「ちゃんと覚えてるって」
蒼矢は「時間は合わせるから、あとでメッセージを送ってくれ」と付け加えた。
分かった、とうなづいた彩歌が背を向けて歩き出す。
「彩歌」
別れ際に蒼矢が呼び止めた。
「頑張ろうぜ。2人で魔神、祓ってやろう!」
「うん! 改めて、よろしくね!」
離れていく彩歌に手を振って見送る。
彩歌は何度もこちらを振り返って手を振り返しながら、やがてホームへ続く階段を下りていった。
1人になった蒼矢は、魔神の浄化が現実味を帯びてきたことへの喜びを噛みしめた。
(俺のやり方で魔神を祓うことができれば、実家の連中だって俺が正しいって分かるハズだ)
悪魔に憑かれた宿主を顧みない野蛮なやり方を否定できる。
そう考える蒼矢の口角は不自然につり上がっていた。
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