1-2|たのしいたのしいつちいじり

 部室の前で途方もない時間を過ごし、蒼矢たちはようやく校内にある菜園場へやってきた。

 菜園場を使う園芸部のようなほかの部活はなく、サッカーコートの半分くらいあるこの場所は全て生物部の植えた作物で埋め尽くされている。


「それで部長、今日は何をすればいい?」


 さっそく文楽が蓮に指示を仰いだ。


「昨日収穫したキュウリのとこがそのままっしょ? そこキレイにして、肥料混ぜるってー」

「あっ、それじゃあ私、肥料取ってきますね」


 生物部唯一の後輩である清汐良は蓮だけを見てそう言い、小走りで去っていった。

 文楽と蓮は作業を行う畑の区画に向かって歩いていく。

 蒼矢は倉庫で作業に使う道具をそろえてから後を追った。


「はいよ、スコップ」

「おっ、あんがと~。ソーヤン気が利くねぇ」


 作業の確認をしている2人に先端の尖ったスコップを蒼矢が手渡した。


「助かるよ、親友。なんだかんだ言ってやっぱり結構畑が好きなんじゃないか」

「バカ言え」


 文楽の言葉に蒼矢は機嫌を悪くする。

 そういうことではない。嫌なことはさっさと終わらせようの精神だ。


「ほら、やるならさっさとしようぜ」


 ムスッとする蒼矢にそう言われた2人が作業を始めだした。

 蒼矢も同じようにツルの絡まる支柱を地面から引き抜き、ツルもスコップを使って根元から掘り出してく。


「でももったいないよねー。せっかくここまで育ったのにさぁ」


 手を動かしながら蓮が口まで動かしだす。


「なんで? 収穫はちゃんとしたじゃないか」


 言葉の意図をくみ取れなかった文楽は疑問を返す。


「だって食べるのって実の部分だけだし? せっかく育ったのに、可哀そうじゃん」


 蓮がキュウリのツルを1本摘み上げて言った。


「なら,食うか?」

「ツルって食べれんの? マジで!?」


 無駄な会話を終わらるつもりで蒼矢は茶化しに入った。

 けれど逆に目を輝かせた蓮が蒼矢に迫っていく。


「え……知らん……」


 思いもよらない蓮の反応に蒼矢は戸惑うしかなかった。


「アタシ部室戻って調べてくるっ! だからツル捨てずに置いといてー!」


 そう叫ぶ蓮がスコップを放り出して走り去る。


「蒼矢……」

「何も言わないでくれ、文楽」


 余計な発言で人手を減らしたことを咎められそうになった蒼矢は言った。

 かえって時間のかかる結果となってしまったことを蒼矢自身も後悔していた。

 

「ぁ……ぇっと、肥料……ここに置いておきますね」


 戻ってきた清汐良は事をどのあたりから見ていたのだろうか。

 蒼矢にも文楽にも一切目を合わせようとせず、肥料を置くだけ置いて、一目散に蓮のあとを追っていった。


◆◆◆


「キュウリのツルは食べられないってー」


 土を掘り返して肥料を混ぜ、また埋め戻す作業がほとんど終わった頃、蓮がそう言いながら菜園場へ戻ってきた。

 ガックリと肩を落として歩いてくる。

 そばには清汐良もいる。蓮にピッタリくっつくようにしていた。


「あっ、彩歌さいかさんだ」


 戻ってくる女子たちの方へ目を向けた文楽が言う。

 蓮たちと並んで歩く彩歌と呼ばれた少女は走り出し一足先に畑へ踏み込んできた。


「すいません、遅くなりましたー」

「おお、コームズが来るなんて珍しいな」


 ハーフである彩歌はコームズという名字を持っている。

 蒼矢が「珍しい」というのは、彩歌が蒼矢たちの普通科の何倍も忙しいカリキュラムが組まれている音楽科の生徒で、部活にも滅多に顔を出せないからだ。


「あのさ蒼矢君、『コームズ』はヤメテっていつも言ってるでしょ。ちゃんと『彩歌』って呼んで!」


 蒼矢から呼ばれ方が気に入らない彩歌は不満をあらわにする。

 名前を名字で呼ばれることで周りから浮てしまうことを嫌がっているそうだ。


「そりゃあ悪かった、コームズ」

「ムキィィイーーー!!」


 頑なに呼称を変えない蒼矢に対して彩歌が地団駄を踏むふりをしてみせる。

 彩歌が生物部に来る時は決まって行われるこのやり取りをほかの部員たちは呆れながら見ていた。


「もういいよ!」


 いつもと同じ捨て台詞を吐いた彩歌が投げ捨てられていたスコップを拾い上げる。

 ちなみにそのスコップは少し前に蓮が放り投げたものだ。


「それで、どこまでできたの?」

「いやもう終わったんだけど……」


 戻ってきた時点でほとんど終わっていたが、それからも話しながら手は動かしていたので、作業は完全に終了していた。


「あ、ツル食べられないなら捨てちゃっていい?」


 最後の締めくくりに文楽がそれを確認し、ゴミを袋にまとめていく。

 そのあとは畑全体の雑草を抜いたり葉についた虫を取ったりを日が暮れるまで続けさせられた。

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