11 守り神の伝承

 青翡翠島に着いて三日目も四日目も私は工房の敷地の草を抜いていた。

 草ぼうぼうの先にあるお店というのはお客さんに失礼だ。私のテンションも下がる。


 まずは形だけでも人の手が入っているように見えるようにしたい。建物を覆っているツタは後回しにする。最悪、ツタなら魔法関係の店に見えなくもない。


 それと、カノン村の人たちの農作業もお手伝いしていた。

 とくに歳をとっている人を中心に。サーキャおばあちゃんは二日続けて手伝った。

「フレイアちゃん、野菜運んでくれてあんがとねぇ。レモンの砂糖漬けがあるから食べってってえなあ」


「サーキャおばあちゃん、ありがとうございます。それじゃ、お言葉には甘える主義なので、お世話になろうと思います」


「そうよ、若い子はどんどん甘えたらええんね」

 私はアルバイト代として、おばあちゃんの家でレモンの砂糖漬けをごちそうになった。

 この数日、本当に一ゴールドもお金を使っていない。

 儲ける機会もないけど、お金が減る機会もほとんどない。これが田舎の流儀らしい。


「まさかこんなに短期間で島での生活に溶け込んでしまうとは……。私ってこんなに順応性が高かったんですね。前世は島の人間なのかもしれません」

 私はサーキャおばあちゃんの家でしみじみとつぶやいた。

 学院時代は一人我が道を行く性格だったというのに。


 孤立してるわけではないが、とくに親しい同級生はいないという、どんな学校でも一人や二人いるタイプだった。


 なお、錬金術師はどのみち一人で商売をすることも普通なので、そこまで困る性格ではない。コネがなきゃ就職できないなんてことはない。

 なので、ミスティール教授も私の態度に何も言わなかった。


 教授の素晴らしいところは本当に百個言える自信があるが、そのうち一つは「友達は作ったほうがいいよ」みたいな何の根拠もない余計なお世話を言ってこないところだ。教授が友達多いタイプじゃなかったせいもあるかもしれんが。


 錬成のやり方が雑だったりすれば本気で怒るが、つまらない社会通念を教えてきたりはしない。

 おかげで私はのびのびと成績を上げることができた。


 もし別の教授が指導教官だったら、人間関係に悩んで、成績も伸び悩んだかもしれない。

 そんな私がおばあちゃんの家でレモンの砂糖漬けを食べて、これまたレモンの入ったお茶を飲んでいるのだから、世の中何があるかわからないものだ。


 といっても、私が「やっぱり、人の縁で世の中回っていくんですよ。へっへっへ」と態度を転向させたわけではない。

 島の人が優しいので、いつのまにか村の一員として受け入れられているのだ。


 あまりに錬金術師らしいことをしてないのも問題なので、簡易的なポーション(宿と食事のお礼よりは一般的なもの)をお渡ししたりはしているが。

「このまま、カノン村で骨を埋めてもいい気がしてきました。安定といえば安定ですし」


 お茶を飲みながら、独り言をつぶやく。

 薬草園の整備も少しずつ行っている。こちらはサマになってきたが、肝心の工房の中はまだだ。


 と、サーキャおばあちゃんがテーブルの私の向かいに座った。

「あの工房が住めるようになるには時間もかかるからねえ。少しずつやればいいよ」

「そのつもりです。村長からカギはもらってるんですが、ドアの前に生えてきている木が邪魔で開けるのも厄介な有様でして……」


 現状、工房に入らなくても生活はできているし、村で使用する魔法薬と魔道具は作れそうだから、これはこれでいいのではなかろうか。

 工房の中に入れないまま、生活が安定しているというのも変だけど、本当に安定はしているのだ。


 衣食住が揃っていること、人はこれを安定と呼ぶ。

「本当に困ることはめったに起きんよ。この島のことは守り神様がじぃっと見てらっしゃるからねぇ」


 守り神様か。そういや、クレールおばさんもそんな話をしていたな。

「あの、守り神様のお話、少し聞かせていただけませんか?」

 私が聞こうとしたのには訳がある。


 ただし、伝承に興味があるというわけではない。

「錬金術師って薬になりそうなものを探しにあっちこっち行くので、神域にも足を踏み入れかねないんでよね」


 もちろん「ひゃっほー! 島を荒らしてやるぜー!」なんて気持ちは抱いてないが、守り神がどう認識するかは別だ。

 守り神はおそらく伝承上の存在だろう。


 けど、伝承を信じている島の人からにらまれるなら同じことだ。

 最低三年はこの青翡翠島で私は暮らす。

 島の人の心情は確認しておかねば。


「守り神様はねぇ、大きいんよ。ふっさふさの毛をしてらっしてね。性格は能天気じゃねえ」

 私の頭に感じのいい毛玉の絵が浮かんだ。


 その毛玉が「守り神だよ~」と言っている。

 やけにゆるそうな性格だけど、能天気と聞いたからだ。


「人の生き胆を喰らうとかそういう怖い存在じゃないから、そこは安心しなね」

「みたいですね。少しほっとしました」

 毛玉は生き胆食べないからな。


「それと料理は得意とかいう話を聞いたことはあるねえ」

「料理の得意な毛玉!?」

「毛玉って何のことかいね?」


「あっ、全然気にしないでください。完全にこっちの都合です」

 イメージに大幅な修正が必要になった。

 毛玉では料理できなそうだから、違う姿にしないといけないな。

「それとなあ、天使のように美しい姿でもあるんよ」


「ふっさふさで美しい!?」

 毛玉に美しいも何もないと思うので、人型でふっさふさなんだろうか。

 雪山にはイエティという存在がいるというけど、その手の奴か。


「あとねえ、悪い奴にはとんでもない勢いで突進したりするそうやねえ」

「また当初の想定より怖くなってきました!」


 私の頭には「悪いはいねがーっ!」こっちに向かってタックルをかましてくるイエティが浮かんだ。

 出会ったら相当怖い。


 伝承だと思うけど、山に入りたいという気持ちがちょっと減った。

 もしミスティール教授がここにいたら、「もっと調査のために山に分け入れ」と文句を言ってくると思う。


 私は心の中で、イメージ上の教授に返事をする。ちゃんと山には行きますよ。工房を完成させることが当初の目標になってるだけです。


 それに、錬金術師が素材探しに出ずに済むことなんてないしな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る