10 ポーション完成

 私はクレールおばさん宅に戻ると、物置から錬金鍋を出してきた。


「天気はいいし、屋外で作業しても問題なさそうですね」

 錬金鍋を台に載せて、下に火炎石を置く。


 火炎石は人間が魔力を注ぎ込むと、発火する便利な魔道具だ。

 魔法が使えない人でも魔力の素質があれば使用できる。錬金術師の必需品だ。


「錬金鍋の底の魔法陣、明らかに煤で消えてるんですけど、ちゃんと機能してますね」

 まあ、普通の鍋でもできないことはないのだが。


 鍋の中に聖水と薬草を入れたら、火炎石に人差し指をちょこんと置く。

 石から炎が現れて鍋を温めだした。


「弱火でとろとろと、じっくりじっくりやりますよ」

 鍋の中の水にかきまぜ棒で小さな渦を作る。


 性能のいいポーションを作るには時間をかけることが大切だ。

 で、時間をかける分、値段も高くなる。


 冒険者がダンジョン攻略の前に買いあさるような廉価版のものは一度に短時間で大量に作っているものだ。

 もちろん回復効果はあるが、中には体力の前借りじゃないのかというような成分も入っていたりする。


 なので、睡眠時間が足りない冒険者は疲労が抜けきってなくて、倒れたりするので要注意だ。


 傷が治ったり体力が戻った気になることと、疲労が体からちゃんと抜けることは、近いようでいてまた別だ。でないと、ポーションを飲み続ければ、寝なくてもいいことになってしまう。そうはならない。


 ポーションを飲むと疲労が消えたように感じるから誤解しちゃうのもわかるけど。そして、興奮作用が働く製品のほうが人気だったりするので難しいところだ……。



 やがて鍋全体が青色に発光する。

「よし、薬草に魔力がちゃんと送り込まれてますね。この錬成鍋、まだ現役で使えそうです」


 錬金術師は魔法薬にも魔道具にも魔力を付与する。

 一見、かき混ぜているだけに見える時にも魔力を送り込んでいる。


 こうすることで、効能と性能を劇的に強化するのだ。

 あとは時間をかけて熱をとってやればいい。


「そしたら、鍋を物置に持っていって――――いえ、ここはゆっくり冷めるのを待ちましょうか。薬品を作るのに目を離すべきじゃないですし」

 私は扇子で鍋に風を送ることにした。


「おいしくな~れ、おいしくな~れ。あっ、なんか違いますね。効き目が強くな~れ、効き目が強くな~れ。それとあんまり苦くなくな~れ」


 鍋の中が冷めたら、ビンにどろどろの液体を入れてフタをする。

「特製ポーション完成です!」




 ちょうど農作業中で中腰でキャベツの収穫をしていたクレールおばさんとオグルドおじさんのところに私は小走りで向かった。


「お二人とも、いいポーションができました!」

「おやまあ、いちいち気を遣わなくてもいいのにねえ」「だな。細かいこと気にしてちゃ田舎で生きてけねえぞ」


「二人が言うこともわかるんですが、ポーション作るのが私の仕事なので飲んじゃってください」


 二人は豪快にクセも強い味のはずのポーションをぐびぐび飲んだ。

「やっぱりちょっと苦いね。けど、元気になってきた気がするよ!」「たしかに働く前みたいに体の調子がいいな!」

 オグルドおじさんのほうは腕をぐるぐる回して、元気なのをアピールする。


「よかったです。あとは適性の睡眠時間をとってくだされば、疲労もほとんど残らないはずです。即効性よりも体へのいたわり重視で作った一品ですから!」


「ありがとうね、フレイアちゃん。ところで、参考までにだけど、これをお店で販売するとしたらどれぐらいの値段になってたんだい?」


 率直におばさんが尋ねてきた。

「ほら、私も市販のポーションを飲んだことはあるけど、それとは味が全然違うなと思ってね。きっと高いんだろう?」


「あぁ……そうですね……今回のは廉価版のポーションよりはるかにいろんな種類の薬草を入れてますし、じっくり作ってもいるので……その……」


 いろんな薬草が入っているのは薬草園がかろうじて生きていたおかげだ。

 それがなければ、移動せずに多種多様な薬草をブレンドすることもできない。


 値段を言ってびっくりさせる気はないんだけど、一度ウソをつくと永久につき続けないといけないから本当のことを言うべきか。


「希望小売価格で、一本一万ゴールド弱にはなりますね……」

「そんなにするのかい!」「たっけえ! 俺たちにゃもったいねえ高級品だぞ!」


「もったいなくなんかないですよ。まあ、毎日これだけ作れるかというと、ほかの仕事に差しさわりが出るので無理ですが、なにせお店を営業できてないですので、時間も余裕があるので」


 十時間ぶっ通しで工房復旧のために働けるかというと無理だしな。

 体力的にというより心理的にきつい……。

「これからも泊めていただかないといけない身ですから……これぐらいはさせてください。私のほうが作るたびにくたくたになるなんてこともないので」





 その夜、昨日の倍ぐらいの料理が出て、私は途中でギブアップした。


「おばさん、これは冒険者数人でもきつい量です! 気持ちはありがたいですが、入りません! 明日の朝と昼もこの残りでいいですから!」


「でも、こっちでおもてなしできるのは料理ぐらいのものだしねえ。ベッドを突然高級なものに変えることもできないし」


「どうか、どうかお気遣いなく!」

 その日、私は教授にこんな短い手紙を書いた。船に乗せて届けてもらう。


===

 村になじめないことはなさそうですが、おもてなしによって胃に負担がかかりそうです。これもまた勉強ですね。

 ではでは、また工房の中に入れるようになったらお手紙お送りします。

===


 次の手紙までに私が工房で働いているのか、はたまた工房を掃除中なのか、工房に足を踏み入れてすらないのかは神のみぞ知る。

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