7 雑草などない

 荷物はクレールおばさんの家の物置に置かせてもらった。

「にしても、ずいぶんご立派な物置ですね」


 学院時代の私の寮だと何部屋分だろう。しかも物置といっても、木造の掘っ立て小屋なんかじゃなくて石造りで堅牢だ。


「木造だと潮風で痛むし、それなりにいいのを先祖が建てたみたいだね。ここなら保存状態としても大丈夫なんじゃないかい?」

 やっぱりクレールおばさんをお母さんと呼ぶべきかもしれない。お世話になりまくっている。


「もう、ここで工房を開いてもいいような気もしてきました。村の中にあるんで、皆さんの利便性もよいですし。工房、引っ越しますか~」

「私はかまいやしないけど、勝手に工房と違う場所で営業したりして大丈夫なのかい?」


「ですね……。無断で工房の引っ越しまでやると、おそらくルールに抵触して、最悪、免許取り消しです……。ちゃんとあの工房を再生します!」


 工房という定位置があって、行商もやるというのは問題ない。

 クレールおばさんの敷地でものを売るのも問題ない。

 けど、本当に工房を引っ越すのはダメなのだ。


 クレールおばさんと夫のオグルドおじさん、さらに村に住んでる親戚の人が手伝ってくれたので、荷卸しはあっというまに完了した。


「ありがとうございます! 人が集まると、効率アップがすごい。もはや錬金術では!?」


「畑仕事が空いてる時間なら、工房を動かすための作業も手伝うぞ。力仕事ならやれるからな」


「本当にうれしい言葉なんですが、そこは私でやります。あまり甘えすぎてもよくないですので」


 オグルドおじさんに、私は丁寧におじぎをした。オグルドおじさんはあごひげがもみあげにまでつながっている。年の割にいかにも俊敏に動けそうな体つきで、農家というより猟師みたいな感じがある。じゃあ農家の人らしい体つきってどんなのだと言われるとわからないけど。


 こっちとしては、商品を全部タダにするわけにもいかないし、なあなあが加速しすぎると何も村の人に売れなくなる。それでは困る。


 それに――ボロくなってても元工房なわけだし、いい薬草が生えているかもしれない。

 そもそも錬金術師にとって、「雑草」など本来は存在しない。

 あらゆる草には薬効があり、適切な知識があれば「薬草」として使えるのだ。


 もしも錬金術師が植えていた貴重な植物があったとして、それを抜いてしまうと取り返しがつかない。


 なので、工房の復旧作業は錬金術師の私がやるしかないのだ。

 本当は、やりたくないけどね! 朝起きたらきれいな工房になってましたで許されるなら最高なんだけどね!




 引っ越し作業が終わったあと、私は一人で村を見て回ることにした。

 少し高台に上ってみると、畑が段々になっているのがよく見えた。


 そのところどころに家が点在していて、そのずっと奥に海が見える。

「なるほど、『海からはちょっと内陸に入ったところにある村だから、潮風はマシ』と」

 私はメモ帳を取り出して、所感を記入していく。

「『屋敷の数が思ったよりも多い』と。港へと通勤してる人がいるんでしょうね。『生活には悪くない土地と思われる』と」


 観察は錬金術師において大切だ。

 たとえば、植物は薬草と猛毒の毒草がそっくりだったりする。民間でもニラとスイセンを間違えて中毒を起こすなんてよくある。スイセンを食べると本当に危ない。


 それも徹底した観察で大半は回避できる。

 観察が大切なのは植物に限らない。

 青翡翠島のことをよく知らないのでは、商売も上手くいかない。


「来る前はとんでもない田舎だと思ってましたが、それなりに豊かに暮らしている印象ですね。温暖なのがアドバンテージになってるんでしょうか。生き馬の目を抜くハードな世界でなくてよかったです」


 世の中には騙されたほうが悪いというのが共通の観念になってる、すさんだ土地もある。そういう場所じゃなくて助かった。


「港近辺にはいろんなものも売っていましたし、慣れてしまえばどうにかなりそうですね。…………工房を開店できればの話ですけど」


 私は村の地図も簡単にメモ帳に描いていく。

 学院では地図作成の授業もあった。


 ミスティール教授いわく、

「地図を作るのが得意になれば、めあての植物もすぐ見つけられるようになる」

 とのことだ。


 どこに水の手があるだとか、どこがよく日が当たるだとかがわかれば、植物の発見も早くなるということだ。それに森に分け入るのも珍しくないから、地図を書けないと遭難する。


「私の場合、どこに店舗があるかとかを覚えるために作るんですけどね。なにせ、近場に住むわけですし」


 独り言を言いつつ、村の地図はメモ帳にだいたい書けた。

「あれ……? この村、お店、雑貨の店ぐらいしかないですね……。食事ってどうするんでしょうか……」


 しまった。

 小さな村というのはほぼ自給自足だったりするのだ。

 このままでは食事もままならないのでは……。

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