6 錬金術師のフレイア・コービッジと申します

「おっ、見えてきたねえ。あの三角屋根と煙突の建物が工房だよ」

 クレールばさんが手を前に突き出した。


 いよいよ工房に到着だ。

 よし、ここから私の新生活がはじまるのだ!


 私の目に映ったもの、それは――



 三角屋根と建物が印象的な――廃屋だった。



「うわああああ! ボロボロ! 年季が入ってるって次元じゃなくてボロボロ!」

 現物を見て、新生活どころじゃないなと悟った。


 建物全体がツタでぐるぐる巻きにされたようになっている。

 門の前には背の高い草が伸びていて、開閉すらままならなさそうだ。


「はは……なにせ十五年、無人でしたからなあ……。しかも、この工房の裏手のほうは水も湧いてたんですが……そのぶん湿気も多くて、なかなか鬱蒼としてますな……」


 村長は遠慮がちに言った。報告を後回しにした罪の意識があるな。

 調子が悪そうに見えたのも、これが原因か……。


「ははは……フレイアさん、屋根が抜けたり、壁が落ちたりはしてませんから……中をきれいにすれば住めはするはずです……。国からも古いものの使用可能だと許可を得てますし……。ほ、本当ですぞ……?」


「むむむ……国が住めると言ってるなら仕方ないですね……」

 建物自体は頑丈らしく、壁が崩れたり、屋根が落ちたりはしていない。ドアすら外れたりせずにしっかり建物の中を封印している。


 本音を言うと、それが一番困る。

 これだと、掃除してこの建物を使うしかない。


「もっとも、数日後に工房を開店させるといわけにはいかないですけど。いいですよね……? 今のままだと門も開けられないわ、ドアまでたどり着けないわという有様です。準備期間はいただきますよ?」


 私は村長のほうを見て、確認をとった。

 ドアの前に南方の植生っぽい細い木が生えている。これじゃ、物理的に入れない。


 村長は露骨にあさっての方向に顔を向けてから、

「はい、ゆっくり準備なさってください……。うかつに中を開けて、危険な薬の入ったビンを割ったりしても、フレイアさんの迷惑になりますし……周囲の雑草も前の錬金術師の方が植えたものかもしれず……ここはすべてフレイアさんにお任せしようということになりまして……」


 錬金術師というのは怖がられる仕事ではないけど、知らない人が気楽に仕事場に入っていい仕事でないのも事実だ。

 爆発物を調合するような錬金術師もいるにはいる。


「これが工房のカギです……。内部はカギがかかっていない裏口から半年に一回確認していますが、床が腐ることも野生動物が棲みついてることもありません」


 私は村長から工房のカギを受け取った。

 この瞬間、私はこの目の前の工房の所有者になったのだ。

 木が邪魔で物理的に入れない工房だけども!


「では、こつこつ開店作業に取りかかるとします」

 幸い、工房に到着後、何日以内に開店させないとダメという決まりはない。


 むしろ、建物がボロいという事態などが想定されるから、開店させないとダメというルールを決めてないんだろうな。


 最悪の場合、違う場所で薬を作って、工房の敷地(門のあたりとか)で週に三十分だけ販売して、あとは村に行商に行っても工房で働いてるとは言い張れないことはない。


「あはははは! まあ、ゆっくり開店準備をしてくれたらいいさ! それまでうちで寝泊まりしていきな! 子供たちは島の外で働きに出てるから部屋も余ってんだよ!」


「本当に、本当にお願いします。母と呼ばせてください」

「申し出はうれしいけど、おおげさすぎるよ」


 おおげさではない。クレールおばさんに足向けて寝れないのは本当だ。

「それじゃ、この馬車でカノン村に向かいますかな……。工房に荷物も運び入れるのも難しそうですし……」


 村長はいやはやすみませんと申し訳なさそうにつぶやいた。

「どれだけ時間がかかっても構いませんので、この工房で島のために錬金術師を続けてください……」


 近くの村と上手くやっていけるか気にしてたら、むしろ村長に謝罪されることになるとは……。

「クレールおばさん、荷物も一時的におうちに置けますでしょうか……?」

 クレールおばさんが爆笑してOKしてくれてよかった。



 十五分後、私は村の人たちの前で自己紹介をしていた。

 私が馬車から降りたら、どんどん人がやってきて、自動的に自己紹介の時間になったのだ。


「え~と……錬金術師のフレイア・コービッジと申します。カノン村の先の工房でお店を開く予定です。なにとぞよろしくお願いいたします」


 この村ってこんなに人が住んでるのかというぐらい、みんな集まってきた。

 十五年不在だった錬金術師がやってきたわけだから、村の人たちにとったらそれぐらいビッグな話題ではあるか。


「よろしく頼むね~」「これまでは足をすりむいても、自己流で草をすり込んでたから助かるよ」「タマネギとキャベツとレタスは腐るほどあるから全部あげるよ」「孫ができたみたいでうれしいのう」


 どうやら好意的に受け入れられているようでよかった。

 錬金術師が来れば村というか島の生活が便利になるから、歓迎される可能性は高いと思っていたが、正解だったらしい。


「ただ、工房が荒れてまして……開店するには時間がかかるのでご了承ください。緊急の薬は開店前から処方しますので!」


 村の人たちも工房の現状はよくわかっていたようで、そりゃそうだよなという顔をされた。


 開店が遅いことを責められないなら、私は無敵だ。できるだけゆっくりやろう。

 いや、私もできるだけ早く開店はしたいが、あの工房が再稼働できるのがいつになるか想像もつかない……。ボロい工房のメンテナンスなんて授業はなかったからな……。

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