5 魔道具をプレゼント

 青翡翠島あおひすいじまへの船旅は大陸の港から六時間半かかる。


 問題 船に乗りなれてない人間が六時間半も船旅をするとどうなるでしょう?


 大半の人は「酔う」と答えるだろう。

 甘い、甘すぎる。そんな当たり前のことなら問題の意味がない。


 答え 超酔う!!!!!


「うああああ……た、助けて……これは無理ぃ……」

 私は客室で倒れて、ずっとぐったりしていた。


 私も酔うと思っていた。なので、酔い止めを買ってきて飲むとか、対策もしていた。

 その程度でどうにかなるわけないだろ! ちょっとは考えろ、過去の私!


 誰かの「島が見えてきたぞ」という声が聞こえてきた時、私は助かったと思った。

 魔導士を雇って、空中浮遊の魔法をずっとかけてもらうのもアリかもしれない……。


 私もふらつきながら、景色が見えるところまで移動した。

 自分が暮らすことになる島の全景を見ないのも変だろう。


 私が青翡翠島を目にした第一印象は、

「やっぱり、山がちですね」

 だった。


 それなりに高い山が中心にそびえていて、本の挿絵で見たことのある島の姿とほぼ同じだ。

 といっても、山の上に集落はないらしいので、毎日坂道を上るということはないはずだが。


 この島で私は最低、三年間は暮らさないといけない。それが「奉公期間」だ。錬金術師は国家資格なので、学院卒業後は三年間、自分が選んだ工房で働く義務がある。


「島の住人が全員いい人で、余所者の私も笑顔で受け入れてくれますように」

 私は手を組んで、そんなことをばくぜんと神に祈った。具体的にどの神様かは決めてなかったけれど。


 でも、こんないいかげんな祈りでも、祈ったほうがいい。

 二十分後、私は島に上陸した。





 青翡翠島の港は青翡翠島港という。

 そのまんまだが、青翡翠島には港が一つしかないので、専用の地名が必要ないのだ。

 そんな小さな港にこんな横断幕が!


【歓迎! 新しい錬金術師さん! ようこそ青翡翠島へ!】


 その横断幕の隅をそれぞれ持っているのはおじさんとおばさんだった。

 情報量少なすぎる気がするけど、島に上陸するだけで少しテンパってるので許してほしい。


「やあやあ! あなたが錬金術師さんだね? 私はカノン村のクレールだよ」

 おばさんの声は想像の五割大きかった。よく見ると、服が農作業用のものだ。


「よくぞお越しくださいました。カノン村の村長を務めるマクードです。いやあ、本当に久々の錬金術師さんということで島全体で歓迎しております」


 マクード村長のほうはいかにも役場で働いてそうな服装だ。

「ありがとうございます、王立錬金術学院を三月に卒業したばかりのフレイア・コービッジです。早速の歓迎、率直に言って、ほっとしています」


「ほっとしていると言いますと?」と村長が聞き返してくる。

「あの……あくまでも一般論ですが、新入りが新しい環境に引っ越すと、現地でなじめなくなるということがよくあるというか……。繰り返しますが一般論ですよ?」


 大変わかりやすく書き換えるとこういうことだ。

 引っ越してくる人間がほとんどいない田舎に飛び込んでも、受け入れてもらえなくて、また帰ってしまいがち。私の場合は「奉公期間」があるからすぐに帰ったりはできないが。


「はっはっは!」「あはははは! やだねえ!」

 二人は大きな声で笑った。村長の声もなかなか大きかった。


「長らく錬金術師がいない島で、錬金術師さんにそんな塩対応をしてしまったら、困るのはこちらですよ。田舎ですからもてなしも知れてるでしょうが、居心地の悪い環境を自分から作ることはしませんよ」


「前の錬金術師の人が高齢で引退してから、十五年もこの島は錬金術師が不在だったからねえ。私たちにとったら、神様が降りてきてくださったようなもんさ」


 ありがたい!

 懸念点の一つが点滅して消えそうになっている。


 このまま消えてくれ。村中、接しやすいいい人であってくれ。

「あっ、そうだ、そうだ。つまらないものですがお土産を持ってきたんです」

 私が二人に差し出したのは小さな青い石にヒモを通したもの。


「おや、これは何ですかな? 装飾品でしょうか?」と村長はその石を目のそばに持っていった。

「石を両手で覆ってみてください」


 私の言葉に二人は石を両手で包むようにする。

「あっ! 手の中の石が光ったよ!」


 昼間だからちょっとわかりづらいかもだけど、これが夜なら五メートルぐらいまでは照らすことができる。



「【発光玉はっこうぎょく】という魔道具アーティファクトです。闇を感知すると、光るようになっています。そんなに苦労もせずに作れますので、どうぞ差し上げますよ」


「へぇ……こんなものまで作っちゃうんだね。前に住んでいた錬金術師のおばあさんは薬品作りは腕がよかったけど、こういう魔道具はほとんど作らなかったら新鮮だよ」


「薬学に特化した人もいますからね。私の場合はもう少しなんでも屋寄りです。こういう工作みたいなことも好きでちょくちょくやっていました」


 実は錬金術師という職業は、人によって大きく二つのイメージに分かれる。


 一つが――薬草などからポーションや解毒薬などの<魔法薬>を作る人。

 もう一つが――<魔道具アーティファクト>を作る人。


 一見、まったく別の職業みたいだけど、本質は変わらない。


 錬金術師とは魔力で、モノに新しい価値を与える職業である。


 だから薬草から魔法薬を作る人も魔力を足して回復力を強化するし、魔道具を作る人は言うまでもなく特殊な効果をモノにつける。


 私はどっちかというと、新しいアイテムを作るのが好きだ。


 安定した仕事はありがたいが、飽きるのは望ましくない。ポーション作りもちゃんとやるつもりだけど、おそらくそれだけでは時間が余る。小さな島で毎日、ポーションの需要があるとは思えないからな。都会じゃないから、


「【発光玉】って言うんだねえ。これなら夜、歩く時も便利だよ。フレイアちゃん、ありがとうね」

 早速名前を覚えてもらえた。今のところは順調、順調。


「それでは、村全員で歓迎会となるとおおげさになってしまいますので、港の飲食店でごちそうさせていただけませんかな」


 村長が上手い具合に気を回してくれた。いきなり知らない村で英雄の凱旋みたいに歓迎されるのは気恥ずかしいので助かる。

「それじゃ、お言葉に甘えさせていただきます」




 食堂は小さな島にある割には、思ったよりも広かった。

 長テーブルがいくつも置かれていて、団体さんにも対応できそうだ。


 私はまだ酔いが完全に抜けてなかったせいもあって、パンを少しだけいただくことにした。

 生薬入り栄養ドリンクなら自力で作れるし、それで栄養バランスの調整をしよう。


 村長いわく、「この島が目的地でない船も休憩で立ち寄るので、たくさんの船乗りが一斉に食事をすることは多いんです」とのこと。


「この港から右にずっと行った先にある、少し広くなったところがカノン村。そこからさらに右に十五分ほど歩いたところが工房だね」とクレールおばさんが言った。

「げっ、そこそこ遠いですね……」


 学院の寮で暮らしてた時は徒歩三分で学院だったからな。

「まっ、ちょっと歩くけど、村まで来てくれたらごはんをごちそうするよ。自分用にかまどを動かすのも大変だろうし、食材を揃えるのも手間だろ?」


「では、よく使わせていただくことになりますね。自慢じゃないですが、料理は苦手なので」

 本当に自慢でもなんでもないな。


「もちろん気にせず食べに来ておくれ。そんなつまらないことで恩に着せたりなんてしないさね。あははははっ!」

 ありがたいにもほどがある。


 縁もゆかりもない土地で生きていくには、地元の協力が必須なのだ。

 おばさんを見ていて、子供の頃に読んだ「気は優しくて力持ちな巨人の話」を思い出したけど、褒め言葉なのか怪しいので止めた。女性に巨人みたいですねというのはまずい。


 見た目じゃなくて精神性の話ではあるけど、そんな注釈が必要なたとえはたとえとして質が悪い。


 みんな気軽にやっているけど、調理って難度が高いと思う。

 竈に火をつけるぐらいは火炎石かえんせきで対処できるけど、料理が自動的に発生するなんて都合のいい魔道具はないからな。


 料理がどんどん出てくるテーブルクロスなんて作れたら、三百年に一度の発明として讃えられるだろうけど……さすがに無理か。


「それじゃ、そろそろ工房まで案内しようか。せっかくだし馬車で行こうじゃないか」

 クレールおばさん、よろしくお願いします。





 姉御肌のおばさんに好かれれば、島での生活もそこまで難しくはなさそうだ。

 もしかすると私は年上の人に好かれやすいのか? 教授の覚えも基本的によかったし。

 そんなことを思いながら私は馬車に揺られた。

 途中、カノン村も通過した。


 あれ? 通過するんだ! 工房がこの先なのは知ってるけど……。

「どうせなら村に自己紹介を先にしたほうがよかったのでは……?」と私は言ったが、


「いやいや、フレイアちゃんは大荷物じゃないか。ビンだけでも相当な重さだろ。先に荷物を置いてからにすればいいさ」(クレールおばさん)


「馬車を長く借りると、そのぶんお金もかさみますからね。まず荷物を置いて、馬車は返してしまったほうがいいです」(村長)


 と、もっともなことを言われた。

 たしかに、錬金術師の引っ越しは普通の一人暮らしの荷物の比じゃない。


 蔵書が多いということもあるけど、一番の問題はビンだ。

 液体や粉状の薬を手渡しするわけにはいかないからな。


 これがとんでもなく重い。

 かさばる。しかも本と違い、破損の危険もある。


 家族の引っ越しというほどじゃないけど、荷物を降ろすために大人がついてきてくれるのはありがたい。


 一人暮らしといっても、本当に一人では何もできない。

 工房へ向かう途中、クレールおばさんは裏表がまったくない性格で、島の伝説などを話してくれた。


「この島には守り神がいてねえ、たまに島民の前に姿を見せてくれるのさ」

「へえ、ロマンがありますねえ」


 その手の伝承ってよくありますよね。ほかの地域でも聞いたことがあります――なんてことは失礼に当たるので言わなかった。


 村や町の守り神だとか、その手の話があるあるなのは事実なんだけどね。よくある話だと分析されたら、気持ちはよくないだろう。


 余計なことを言ったりしたりはしない。余計なことをして痛い目を見て、ここに来てるからな。


 それと、伝承などよりもっと気になることがあった。

「あの、村長、体調でも悪いですか?」

 目的地が近づくにつれて、村長の額に汗がにじんでいた。顔色も悪い。


「はいっ? いえ、そんなことありませんぞ?」

 馬車は少し揺れるし、酔ったりしたかな。酔い止めの薬も工房開店時の販売ラインナップに入れておくか。


 私も酔いには強いほうではないけど、船の揺れで鍛えられたので、これぐらいはどうということはなかった。


 馬車の揺れなど生ぬるい! でも、あんな船の揺れは当分経験したくない!

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