3 大人の世界は恐ろしい

 ――オオカミの姿をした幻獣にお帰りいただいた三日後。

 私は午前の実習の授業が終わると、ミスティール教授に教官室まで引きずられた。


「はは~、幻獣問題を解決したことで、学院長からのお褒めの言葉でも届いたんですね」


「ほぼ真逆だ」

 よく怒る教授が内省的な深いため息を吐いた。


「お前、煉獄蛾れんごくがの粉の丸薬とか、大量の透明薬とか、生徒が無許可で持ち出したらダメなものを教官室から大量に持ち出したな。よって、しばらく謹慎ということになった」



「なんか、罰せられる側になってるぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!」



「工房の選択権も最後に回されることになった。好立地の工房は絶対に残ってないので、そのつもりでいろ」


「いやいやいや! 罰が重すぎませんか!?」


 もちろん私は抗議したが、教授は失望の目でこちらを見るだけだった。

「成績は優秀だが言動には問題の多い奴を首席として卒業させると、いろいろ危険だと学院の上層部が判断した結果だ。王都近郊で働いて不祥事を起こされると目立つから、できるだけ問題が伝わりづらい僻地へきちに行ってほしいわけだな」


「学院当局の事なかれ主義! 断固反対します! 教官室の前で座り込みして抗議します!」

「これ以上騒ぐと退学になるぞ。錬金術師の資格もなくなるぞ?」

 教授ににらまれた。


「くっ……。それは困ります……。資格のためにこれまで努力してきたのに……」

「例年、誰も選んでないような僻地の工房がこのへんだ」

 教授が私の前に工房のパンフレットを差し出す。おおむね、こんな場所だ。たとえば――



 標高の高い山中の小屋みたいな場所。



 魔物が跋扈する森の中。



 ×印がついている工房はなんだと思ったら、洪水で村ごと流されて消滅していた。


「安定どころか、一年後に生きていられるかわからんような立地!」

「一種の左遷人事みたいなものだな。いやあ、大人の世界は恐ろしいな」


「淡々と語らないでくださいよ! 教え子がピンチなんですって! どうにかしてください!」

 私は恥も外聞もなく教授に泣きついた。


 自分の人生にとんでもなく影響が出るので、恥を気にしている場合ではない。

「靴を舐めて事態が好転するなら、私はいくらでも舐めます!」


「いらんわ。キショいこと言うな。靴の価値が下がる」

「じゃあ、学院当局のお偉方の靴を順番に舐めます!」


「落ち着け。それと、靴を舐めたら本当に退学になるから、絶対やめろ」

 さすがに冗談のつもりだったが、こいつだとやりかねないと思われたらしい。

「私も錬金術業界ではそれなりに名前が通っている。コネもなくはない。多少の口利きはできる」


「それなりどころじゃないです。教授は現在の錬金術師で最高の技術を持っているとまで言わている大物です。そうです! 教授の力があればどうにかなりますね!」


 三白眼のミスティールの二つ名を錬金術業界で知らぬ者はない。教授は文句なしの天才なのだ。


 その教授が一肌脱いでくれるなら、私が僻地に飛ばされることもない!


「僻地の工房を精査して、一番優れている物件を確定させた。ここにしろ」




「あくまでも僻地の中の好物件じゃないですか!」

 何も解決してない!

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