2 オオカミがいた!

 現場の丘に行ってみると、本当にオオカミが召喚されていた。

 問題はそのサイズだ。


 もし後ろの足二本で立ちあがったら人間の大人二人分ぐらいの身長はあるのではないか。長い尻尾を含めると大人もう一人分増えるかもしれない。


「毛並みも神々しいですし、これは幻獣ですよね」

 幻獣というのは神と獣の中間的存在で、地域によっては信仰対象にもなっている。


「超高性能の召喚石を使いましたね……。これ、どうするんですか……」

 不幸中の幸いなのは、幻獣のほうに暴れまわる意図はないらしいことだ。


 どっちかというと、突然呼び出されて「ここはどこだ?」とでも思っているようだ。

「悪いですけど、一時的に拘束させてもらいますね」


 私はポケットに手を突っ込む。

 取りだしたのは、ボール状の丸薬。


「表面の部分はおいしいらしいですよ! さあ、どうぞ!」

 私はそれを幻獣の口に放り込む。


 幻獣はそれをごくんと飲み込んだ。おいしいらしいというのは本当だったようだ。

 まだないのかという顔を幻獣が向けてきたので、私は手を横に振った。


「あっ、もうないです。それと、もうすぐそれどころじゃなくなります」


 しばらくすると、幻獣がこてんと横に倒れた。


 四足歩行のオオカミが横になっても転倒した気はしないが、間違いなく転倒だ。


 幻獣が「どうなってるんだ……」という顔をしているのがその証拠。

「ぐふっ! ぐふーっ!」

 幻獣は少し抵抗を示そうとしたが、尻尾ぐらいしかまともに動かない。


 動かれたら私の身が危ういからな。これはしっかりと止まってもらわないと。

「そのボールは煉獄蛾れんごくがの粉を丸薬にしたものです。人間サイズの動物に使えばそのまま死にますけど、あなたのサイズなら一時的な麻痺で済むでしょう。実際、巨体の動物を出現させてしまった場合のボールなんです」


「ぐふぅ……ぐふっ……」

「あなたのような大型獣が暴れると、最悪の場合、教官たちであなたを討伐する話になるおそれもあります。それは私も望むところではありません。勝手に呼び出したのはどう考えても生徒のほうですからね。なので、無難な落としどころを提案いたしたいと思います」


 幻獣が小さくうなずいた――ように見えた。おそらく話は通じている。


「あなたはしばらくすれば動けるようになります。今から透明薬とうめいやくをかけて見えないようにしますので、その間に学院から距離をとってください。ついでに、一週間分の透明薬もお渡しします。これだけあれば、どうとでもなりますよね?」


 私は布の袋を幻獣の前に置いた。

 ずいぶん都合のいいことを言っている自覚はあるが、これは私が第三者だからだ。


 事件の解決には第三者が介入すべきである。領主の所領問題だって、たいてい紛争当事者じゃない領主が仲裁して終了するものだ。


 白い幻獣はうなずいた。

 あらためて見ると、本当に新雪のような白い毛並みだ。


「もし、不服な点がありましたら、どうか学院を襲撃する前に私にご連絡ください。ミスティール教授門下のフレイアと申します。一学生の私では話にならなくても、指導教官のミスティール教授なら交渉もできるかなと」


「グァル……ガウ」

 よし、これでOKをもらえた――気がする。


「さて、交渉は成立したと思いますが、ちょっと交渉役の役得に預からせてください」

 私はおもむろに幻獣に近づくと――



 その毛をさわさわ~と撫でた。



 さわさわ、ぽんぽん、さわさわ、なでなで、ぽんぽん、ぱんぱん、さわさわ。


 幻獣が「こいつ、やけに長く撫でてない? ぽんぽん叩いたりもしてるし」と思ってる気がするが、もう少しだけ待ってほしい。


 この毛並みの触り心地、まさに神の領域なのだから!

「うわー! よすぎる! よすぎます! これはもはや生きてる毛布でしょ!」


 ここ最近で自分のテンションが一番上がったと思う。なんて優しくなめらかな毛並みなんだろう! これは大型の獣でなければ出せないふわふわ感!


 学院近くで飼われている犬や野良猫を撫でるのは私の数少ない趣味の一つだ。まあ、実家が存在しない私は趣味でも贅沢がしづらいというのもあるが。


 でも、この次元の毛並みを味わってしまったら、近所のわんちゃん猫ちゃんには戻れないな。いえ、わんちゃん猫ちゃんが撫でていいよという態度で着てくれたら撫でるけども。それはそれ。これはこれ。


 あ~、犬吸いならぬオオカミ吸いだ~! ポーションなどなくても即座に体力全快! すさんだ心もフル回復――なんてことをしていると、


 手(厳密には前足)を頭に乗せられた。


 そろそろやりすぎだぞと言われたような気がした。

「おっ、もう体も動くんですね。それでは透明薬を処方させていただきましょう」


 私は透明薬を幻獣の白い毛の上にかけていった。


 次第にその姿が見えなくなっていく。


「うん、どこからどう見ても透明です」

 草が倒れ込んでいることで近くにいれば場所はわかるけれど、何も知らなければ気づくことはないだろう。


 どうやって元の棲み処に帰るのかは不明だけど、幻獣側が何も要求してこなかったので、目途はついていると思われる。


 草の沈んでいる場所がだんだんと遠くに移っていく。

 幻獣の帰還だ。帰る場所知らないけど。


「お疲れ様でした。無断で呼び出した人を嫌いになっても、私のことは嫌いにならないでくださいね!」


 最後に我ながらどうかと思うことを言って、私も校舎に戻ることにした。


「幻獣のトラブルを解決したわけだし、これで私の株はさらに上がってしまいますね。くっくくく……」


 その時の私はそれぐらい調子に乗っていた。

 はっきり言って何もかも甘かった。

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