1 成績だけはいい
そのあと、私は本当にミスティール教授の教官室に放り込まれた。
私の実習は教授が指導教官のため、この部屋自体は私もしょっちゅう滞在している。というか、私物を置きまくって、一部を占領していた。
「フレイア、ああいう場ではな、立派な錬金術師になって社会に貢献しましょうみたいなことを言えばいいんだ。そんなこと、お前もわかってるだろ」
教授はあきれながらも、私の分のお茶も淹れてくれた。口調がきついので怖い教官と誤解されがちだが、根は優しい人なのだ。
ちょっと褒めすぎかな? 根は優しい怖い教官っていうのが正確かも。
「だって、『錬金術を研究してまったく新しい
教官室にほかに誰もいないので、私はぶっちゃけた話をする。
厳しいミスティール教授を指導教官にしたい生徒は少ないので、人口密度も低い。私の私物もそのへんに置いてある。
錬金術師という職業最大の魅力は「安定」だ。これは私だけが言ってることじゃなくて、ただの事実だ。
なにせ、王立の学院を卒業した者しか錬金術師の資格はもらえない。
ポーションなどの薬品を作る職業なので、野良の怪しい錬金術師を許すわけにはいかないせいだ。
働ける人数が限られていて、人間が暮らしてる場所には必ず一定の需要がある――ならば食いっぱぐれることはない。
家族からの仕送りが銅貨一枚もないし、継承できる領地が犬小屋一つ分もない私にとって、これほど理想的な職業はない。
なお、晴れて学院を卒業して錬金術師になると、卒業前に選んだ工房に三年間、勤続しないといけない。俗に「奉公期間」と呼ばれる。
そうすることで、錬金術師がいない土地が発生しないようにするわけだ。
あくまで理念上はね。
実際には錬金術師が少なすぎて、不便な土地というのは国の各所にある。
むしろ、錬金術師不毛地帯があるため、そういう場所に新卒錬金術師を派遣することでバランスを保とうとしていると言ったほうがいい。
おかげで成績が悪い卒業生はド田舎に行くことになるが、その点も私はぬかりはない。
成績が学年トップ。なので、王都近郊の工房に就職できるというわけ。
「お前なら、研究職でも上に行けそうなんだがな。まあ、本人にやる気がないという最大の欠点があるが」
「さすが指導教官、よくわかってるじゃないですか」
私は教授の淹れてくれたお茶を飲む。
あんまりおいしくない。これは教授のせいではない。学院の教務課がまとめて買っている茶葉を使っているせいだ。
味が納得できない教官は個人で、高級な茶葉を用意するが、こだわりがないなら教務課で茶葉をもらってきたほうが早い。
窓の外から喧騒も聞こえてくるし、風雅とはかけ離れた環境だ。
こんな場所なら茶葉も安物でいいやという気にもなる。
学院は頭が悪いと入学できないけど、かといって貴族の子女が礼節を学ぶ場じゃないから、割と騒がしい。
「私は来月の工房選びで、王都近辺の高級住宅地の工房を指名します。繁華街ほどごみごみしてなくて、住民の金払いもいい! うるさい先輩がいるような大型工房でもない! 長くだらだら錬金術師をやっていくには文句なしの物件です!」
教授は「こいつ、何を言っても無駄だな」という顔をしていた。
本音を言うと、教授に対して、少し申し訳ないという気持ちもある。
成績トップの教え子に一切の向上心がないというのは寂しいだろう。
どうせなら「賢者の石を作って、不老不死の秘密を解き明かしてみせますよ!」と意気込むぐらいの教え子のほうが気持ちよいのではないだろうか。いや、それはそれで危なっかしいから嫌かな……。
しかし、安定した生活という夢を諦めるわけにはいかない。
日々の暮らしが不安定では、目的に邁進することもできない。安定こそ第一だ。
「まっ、勝手にやれ。学生時分から将来のことを考えすぎてる奴のほうがレアだ。……にしても、さっきから異様にうるさいな」
教授が窓に視線をやった。
たしかに外から悲鳴みたいなものまで聞こえる。
「声の方向からして、校舎の裏の丘あたりですね」
「おおかた
召喚石というのは、文字通り、動物を呼び出す魔道具だ。
火や水をちょっと出すような魔道具よりはるかにインパクトがあるので、下級生が実習室から持ち出してイタズラに使いがちである。
「ちょっくら見てきましょうか」
私は壁にかけていた白衣をさっと着込む。
それから役に立ちそうな薬品をいくつかポケットに押し込む。
「首を突っ込むつもりか? そういうのは教官に任せるほうがいいが……まあ、お前に任せる」
「ふふふっ! ここで事件を解決すれば私の地位はいよいよ盤石になりますし。この学院最強の生徒だということを知らしめるいい機会です」
後になって思えば、こういうのは本当に教官に任せたほうがよかったな……。
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