第25話 人魚

クロニーサが語り始めた内容は、俺たちが予想していた以上に重く、痛々しいものだった。


「私の景色豊かな故郷が、ある日突然の爆撃に襲われたの。色とりどりの珊瑚が輝く海底都市、夜の月光に照らされて煌めく町並み…その光景に笑顔で溢れていた人々は、一瞬で地獄に変わったのよ。爆撃の後、町には飛び散った残骸を処理する者たちや、泣きながら親族や知人を必死に探す人々ばかりだった。あの美しい都市は、一変してしまったわ」


彼女の言葉は、静かに、だが確実に俺たちの耳に届いた。

ナイナイムも俺も、言葉を失っていた。


「ほう、突然の爆撃か?」


と俺が確認する。


ナイナイムは、少し呆然とした様子で続けた。


「へー、そりゃぁ災難だったな…」

「ここから北東にある私の故郷、オーシャニアは武力と言えるほどの軍隊なんて持っていなかった。でも、珊瑚や真珠の加工、魚介類の輸出で地上世界とうまくやっていたし、ここ数年は西に住むDMダンジョンマスターやその魔物たちに悩まされながらも、人界から雇ったDMKダンジョンマスターキラーによって、被害は何とか食い止められていたのよ。ところが、その爆撃によって、数名のDMKダンジョンマスターキラーが命を落とし、消息不明になったの。爆撃は定期的に続き、故郷は荒み、経済的にも崩壊寸前。そんな状況では、DMKダンジョンマスターキラーも誰も助けに来なくなったわ。西の防衛線も、崩壊寸前だったの」

「ちょっと待ってくれ。お前の故郷って、海底にあるのか?」

「そうよ」

「いやいや、だってお前、眷属になる前は人間だったんだろ?だったら水中ではこきゅ…」

「人魚よ」


クロニーサの言葉が、俺の疑問にかぶせるように響いた。


「は?人魚?」

「そう、私はもともと人魚だったの。故郷は海底にあって、人魚や魚人たちが住んでいるのよ。私たちの都市オーシャニアは、かつては海底の宝石とまで呼ばれていたわ」

「なるほど、魚人たちの都市が海底に…魔物以外にもそんな種族がいるとは。これは、今後の方針に大きく影響する情報だな。もう一つ聞いてもいいか?」


俺は驚きを隠せなかったが、今後の行動を考える上で、彼女の話をもっと深く知る必要があった。


「どうぞ、何でも聞いて」

「西に住むDMダンジョンマスターっていうのは、サメ型の魔物を操る奴か?」


ナイナイムが言っていたDMダンジョンマスターとの関係が気になった。

彼の情報と一致するかどうかを確認したかったのだ。


「その通りよ。サメ型の魔物を操るDMダンジョンマスター、名はゴーバック。奴は私の故郷、オーシャニアの永遠の仇敵なのよ」


「ゴーバックか…強そうな名前だな。奴はどれほどの力を持っているんだ?」


「かなりの強さよ。オーシャニアもその経済力を活かして、数多くのDMKダンジョンマスターキラーを送り込んだわ。それでもゴーバックは未だに健在なの。今では北の海域で地上の船もほとんど航行できないほどになっているわ」


DMKダンジョンマスターキラーを何度も退けてきたということは、ゴーバックのダンジョンや魔物たちは相当に強力に成長しているはずだ。

DPダンジョンポイントを得て、さらに強化されている可能性も高い。


「俺もそのゴーバックの討伐依頼をギルドで受けて、この海域まで来たんだよ」


ナイナイムが口を挟む。

彼もまた、ゴーバックの討伐が目標だったらしい。


「なるほど。じゃあ、クロニーサ、もう一つ質問させてくれ」


「ええ、どうぞ」


「ナイナイムを眷属化した時、彼の記憶はかなり曖昧になったようだった。だが、君の話は非常に明確で、情報がはっきりしているが、眷属化によって記憶障害のような影響は受けなかったのか?」


「記憶障害?それって、ナイナイムがお馬鹿なだけじゃないの?」


クロニーサの発言はストレートすぎた。

俺も少しそれは考えたが、まさか口に出すとは思わなかった。


ナイナイムが呆然と聞いている。


「そうなのか?」


という顔で俺を見るが、俺としてもどう返事していいのか困る。


「まぁ、個人差はあるのかもしれないけど、私は記憶障害なんて感じたことはないわ」


眷属化に伴う記憶障害が、個人差によるものだとすると、少し厄介だ。

ナイナイムとクロニーサの違いが、今後の眷属運営にも影響するかもしれない。


「なるほど。じゃあ、今は俺に敵対心はないんだな?」


「そうね。眷属化されてからは、あなたやナイナイムに対して敵対心は全く感じない。それに、今はむしろダンジョンを拡大しなければいけないという使命感がどんどん湧いてくるわ」


「眷属化は本当に優秀だな…」


俺は思わず呟いた。

眷属化すれば、敵だった者も味方になる。

イクイゴにも、眷属化してやればよかったかな、と少し後悔した。


「話の途中で悪いが、どうしてこのダンジョンに攻め込んできたんだ?お前の話だと、ゴーバック討伐に行くはずだろ?」

「そうよ。ゴーバックのダンジョンの魔物は、強力で俊敏だった。オーシャニアの軍隊では防衛するのが精一杯。それに加えて、定期的な爆撃が故郷を襲い続けていた。このままでは西の防衛線も崩壊し、オーシャニアは完全に疲弊してしまうわ。それで、爆撃の原因を調査するため、オーシャニアから調査隊が送られ、私が隊長に選ばれたの」

「ん?爆撃の原因を調査しに?」

「そうよ。私たちは海流を何キロも逆走して、このダンジョンに辿り着いたの。そこで、ナイナイムをDMダンジョンマスターと勘違いして追い込んで…結果的に、ドカンと大爆発を引き起こしてしまったのよ」

「待て待て待て…ナイナイム、どういうことだ?」


ナイナイムは少し焦りながらも答えた。

「え?俺?」

「話は聞いていただろ?お前とは、DPダンジョンポイントを溜めてじっくりと魔物を育て、ダンジョンを拡大していく計画を立てていたよな?」


と俺は確認する。


「あ、ああ、そうだったな」


とナイナイムは戸惑った様子で頷いた。


クロニーサの話によれば、オーシャニアを襲った爆撃の原因は、ナイナイムが管理していたこのダンジョンにあるようだ。

俺は彼の視線を外さずに問い詰める。


「クロニーサ、爆撃っていうのは、このダンジョンの魔物によって行われていたのか?」

「そうよ。さっきナイナイムが穴の奥から呼び出したキングクライムボムが、定期的に海流に乗ってオーシャニアを爆撃していたの」


俺は内心驚きつつも冷静さを保ちながら


「ほう…なるほどな」


と答えた。


しかし、ナイナイムは慌てて釈明を始める。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!最初はたまたま繁殖したキングクライムボムが、偶然ダンジョンの出口から流れ出て、海流に乗って行ったんだ!俺の意図じゃない!」


「ふむふむ、続けろ」


と俺は彼を促した。


「それで、しばらくしてから思った以上に大量のDPダンジョンポイントが流れ込んできてよ。それで気づいたんだ、ああ、キングクライムボムが外で何かをやってるんだってな!」


「そういえば、定期的に大きなDPダンジョンポイントが俺の方にも流れ込んできてたな。俺はてっきり魔物の繁殖か間引きで流れてきたんだと思っていたが、違ったようだな」


と俺は納得したように言った。


ナイナイムはさらに続ける。


「そうなんだよ!繁殖はさせてたさ、だけどキングクライムボムってあんなにデカいのに、ほとんど動かねぇんだよ。動きが無さすぎて飽きちゃってさ。そんで、DPダンジョンポイントが大量に流れ込んでくるのが気持ちよくて、定期的にダンジョン外にキングクライムボムを設置してたら、もっとポイントが手に入ると思ってたんだよ!」

「お陰で私の故郷はメチャメチャにされたけどね」


とクロニーサが笑顔でナイナイムに皮肉を込めて言い放った。


「でも、たくさんDPダンジョンポイントがもらえたじゃないか!ありがとうな!」


ナイナイムは満面の笑顔で答えるが、クロニーサは苦笑しながら


「お礼を言われても困るわよ」


と呟いた。


俺はその様子を見て、頭を抱えた。

クロニーサが怒らないのは眷属化の影響か、それともただ性格が寛容なのかは分からないが、少し状況を整理しなければならない。


「ナイナイム」

「なんだい?」

「おつかれさん」


俺は彼の肩に手を置き、そっと眷属解除の選択肢を選んだ。


<眷属合成>

<眷属強化>

<解除球化>


<解除球化>←

「ピコッ」


「いやぁ、すまないなナイナイム。でも、お前には少しやらせすぎたようだ。仕事を任せる相手は慎重に選ばないと、こういう失敗が起きるんだな」


と俺は苦笑しつつ、彼に別れを告げる。


「完全にこのダンジョンと俺がオーシャニアにマークされちまったじゃねぇか!」


と内心、頭を抱える。


<吸収>

<眷属化>

<開放>

<晒す>

<道具化>


<吸収>←

「ピコッ」


「ニーマル語を習得しました」

「ファイヤーストームを習得しました」

「マグナショットを習得しました」

「フレイムソードを習得しました」

「ナイナイムの能力を吸収し、自らの力とすることが出来ました」


俺はナイナイムの能力を吸収し、その力を自分のものにする。

とはいえ、水中で炎系の技がどれほど役に立つかは疑問だが、せっかく手に入れた力だ、試してみない手はないだろう。


「ファイヤーストーム!」


と叫び、手を掲げる。

水中では、ジュボジュボという音とともに泡が上がり、少しの煙が上がっただけだった。


「マグナショットォォォォォォ!!!」


再び、何かが起こることを期待したが、シュボボボボ…と、水中に泡の跡が残っただけだった。


「フレイムソードッッッッ!!!!」


剣を振りかざしても、チュチァッという微かな音とともに一瞬の光が見えたが、それだけだった。

クロニーサが呆れたように見つめてくる。

彼女の冷たい視線が、俺に突き刺さった。


「うん、これは…水中じゃダメだな」


と俺は小声で呟いた。


「ナイナイムの能力、使えねぇじゃん!」


と俺はため息をつきながら呟いた。


「お前の能力、やべぇよ…水中適正ゼロだよ!」


と自嘲しながら肩を落とす。


クロニーサの視線が痛い。

俺は今後のダンジョン運営について、もう少し慎重に考える必要があるようだ。

ナイナイムの能力を無駄にしてしまった感が強く、俺は軽く頭を掻きながら次の一手を考えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る