第22話 閑話 崩壊する楽園
漁師のレーンは朝早く、いつものように海へ船を出した。
彼の住むルマ村は、数百人が暮らす平和な漁村で、周りを豊かな海に囲まれていた。
この島の人々は、何世代にもわたって海と共に生きてきた。
海が彼らの生活の全てであり、日々の糧を与えてくれる神聖な存在だった。
レーンは家族のために、毎朝新鮮な魚を捕り、村の市場にそれを運び、夜には仲間たちと笑い合いながら夕食を楽しむ。
そんな平和な日常が、彼にとっては当たり前のものだった。
しかし、その日の海は何かが違った。
「今日は少し海が…重いな」
レーンは周囲の空気がいつもと違うことに気がついた。
風はほとんどなく、海は不気味に静まり返っている。
漁に出た他の船も、同じように海の様子を気にしていた。
「おい、レーン!今日は変だぞ。あんまり遠くへ行かない方がいいんじゃないか?」
仲間のカルが隣の船から声をかけてきた。
「大丈夫さ、こんな日もあるだろう。少し様子を見てから戻るよ」
レーンはそう言って、網を海に下ろした。
だが、しばらくして網を引き上げた時、彼は異変に気づいた。
網にかかった魚は少なく、それどころか、魚の中にはすでに死んでいるものが混ざっていた。
「何だこれ…」
レーンはその光景に息を呑んだ。
死んでいる魚たちは、腐りかけたような異様な色をしており、どこか焦げたような臭いが漂っていた。
その時、海面が奇妙な泡で満たされ始めた。
まるで何かが海底から湧き上がっているような感覚が彼の全身を包む。
海の色が緑色に変わり、毒々しい光景が広がっていった。
「何だこれは!?こんなこと今まで一度もなかったぞ!」
レーンは慌てて船を漕ぎ、岸へ戻ろうとした。
だが、その時、彼の船の周りに大量の魚が浮かび上がってきた。
すべて死んでいる。
息絶えた魚たちは、まるで海が拒絶したかのように水面に浮かんでいた。
村に戻ったレーンは、仲間たちと共に不安な顔をしていた。
「おい、見たか?海の色が変わってたんだ…魚が全部死んでた」
レーンは村の長老カリスに報告した。
カリスもこれにはただならぬ事態だと感じ、すぐに村人たちを集めた。
「これは神々の怒りか、それとも呪いか…?とにかく海には近づかない方がいいだろう」
長老は神妙な顔でそう告げたが、村人たちは一様に困惑していた。
漁をしなければ生きていけない。
だが、今の海は明らかに異常だった。
その夜、村人たちは家に籠もり、静かな夜を迎えた。
だが、レーンは眠れなかった。
不安が募り、何か大きな災いが迫っているような気がしてならなかった。
翌日、異変はさらに拡大した。
村の近くに住む漁師の家族が次々と体調を崩し始めたのだ。
最初に倒れたのはレーンの幼なじみ、カイだった。
彼は漁から戻ると突然吐き気を訴え、床に倒れ込んだ。
「カイ、大丈夫か!?医者を呼んでくれ!」
レーンは叫びながらカイの家へ駆け込んだが、医者が診ても原因は分からなかった。
翌日にはカイは息を引き取り、その後も次々と村人たちが倒れていった。
「何が起きているんだ…」
レーンは言葉を失った。
村全体が毒に侵されたかのように、人々が次々と命を落としていく。
病気なのか、それとも何かが海からやってきたのか。
誰も分からなかった。
「海の神が怒っているんだ!海を冒涜したからだ!」
村人たちは恐怖に駆られ、神に祈りを捧げ始めたが、状況は悪化するばかりだった。
そして、ある夜。
海からの強風が村を襲い、レーンの家が大きく揺れた。
彼は目を覚まし、外に出た。
その瞬間、巨大な轟音が響き渡り、村全体が揺れ動いた。
「何だ…何が起きてるんだ…?」
レーンは顔を青ざめさせながら海の方を見た。
遠くで、巨大な爆発が海面に広がり、それによって引き起こされた津波が村に向かって押し寄せてきていた。
「津波だ!みんな、逃げろ!」
レーンは叫び、村人たちに警告した。
しかし、彼らが避難しようとする間もなく、津波は猛スピードで迫り来た。
巨大な波が海岸を襲い、村の家々を飲み込み、木々を引き裂いていった。
レーンは何とか高台に逃げ込もうとしたが、彼の足元は波にのまれ、無情にも押し戻されてしまった。
「くそっ…こんなところで…」
レーンは必死に泳いだが、海の力はあまりにも強大だった。
周りには村の仲間たちの叫び声が聞こえるが、彼にはどうすることもできなかった。
津波に飲まれた彼は、水の中で体がもがくのを感じながら、次第に意識を失っていった。
翌朝、静かになった海岸には、すべてが消え去っていた。
たくさんの家族も、仲間たちも、家も、全てが津波によって破壊され、跡形もなく消え去った。
ルマ村は、かつて平和だった島が一夜にして海に沈んだのだった。
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