第18話 みならい
ロッテンが俺のダンジョンに乗り込んできた。
その名は「みならい勇者 ロッテン」。
みならい? だが、その言葉とは裏腹に、ロッテンはその自信に満ちた姿で一人俺のダンジョンに入ってきた。
それがどれほど無謀な行為かを、彼は知らないわけがない。
それでも、まるで何事もないかのように、一人で挑んでくる姿に俺は疑問と同時に、怒りが沸き上がってきた。
この一週間で、俺のダンジョンは大きく変貌を遂げた。
町の3の城壁、2の城壁、1の城壁を突破し、町全体を俺の支配下に置いた。
そして、今やダンジョンへの入り口は、かつての領主館の跡地から始まる長い洞窟だ。
その先に待ち構える第1層から第10層の魔物たちが、俺の指示で立ちはだかる。
ロッテンは、入口に晒されているイクイゴのケースを一瞥するだけで、特に驚くこともなくそのまま進んでいった。
まるで、そこに何もないかのように、冷たい視線で見下ろしていた。
「みならいのくせに、随分と余裕じゃねぇか…」
俺は思わず呟く。
3の城壁を超えた先には、広がる毒の沼地がある。
巨大吸血ヒルや猛毒タガメが這い回り、侵入者を容赦なく襲うはずだった。
だが、ロッテンはそんな危険な地帯をまるで散歩するかのように悠々と歩き、その光り輝く片手剣でヒルもタガメも容赦なく切り裂いて進んでいく。
そして、2の城壁にたどり着くと、何事か口元で呟きながら手を壁に当てた。
次の瞬間、城壁が轟音と共に木っ端微塵に吹き飛んだ。
その姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
「みならい、だと…?」
俺の中に不安がよぎる。
この男、何者なんだ?
2の城壁を越え、ダークトレントの密林へと進んだロッテン。
ダークトレントの実が弾丸のように降り注ぎ、まるでマシンガンのように全方位から攻撃が仕掛けられる。
だが、ロッテンは一切怯むことなく、薄く展開したバリアで全ての攻撃を防いでいる。
「ちくしょう、こいつ…」
俺は焦り始めた。
ダンジョンポイントは枯渇している。
魔物を補充する余裕もない。
仕方なく、通り過ぎた魔物たちを後方へ転送し、少しでもロッテンの進軍を食い止めることを試みたが、それも虚しく、ロッテンは1の城壁を難なく突破していった。
第6層にたどり着いた頃には、俺の焦りは怒りへと変わっていた。
「みならい…?どこがだ!」
俺は叫んだ。
脱出するか?
一瞬そんな考えも頭をよぎった。
だが、それと同時に、ダンジョン全体に響くような怒りが俺の中に沸き上がる。
「俺の苦労して作ったダンジョンをっ! 魔物達をっ! 許せんっ!」
俺は全ての魔物を第9層に集結させ、第7層と第8層に巨大な落とし穴を作った。
これでロッテンはもう逃げられない。
第6層から降りてきたロッテンを確認し、俺は第5層への階段を閉ざした。
さすがのロッテンも、一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに不敵に微笑むと、自ら第9層へと飛び降りていった。
「いいだろう、勝負だ…!」
数千匹のエビルフェアリーが一斉に魔法を放ち、リリスナイトの光る槍が次々に飛んでいく。
ダークラミアの暗黒魔法がロッテンに襲い掛かり、ドラゴンの炎がその体を包み込む。
だが、ロッテンはその全てをバリアで防いでいた。
「くそっ、なんなんだこいつは!」
俺は焦燥感を募らせる。
次の瞬間、魔人レントの蹴りがロッテンに炸裂した。
さらに、ギガントオーガたちもロッテンを取り囲み、一斉に殴りかかる。
バリアにヒビが入り、ついに崩壊した。
だが、その瞬間、ロッテンの目に喜びの色が浮かんだ。
「うおおおあああああああああ!!!!」
彼は初めて声を上げた。
そして、俺の魔物たちを次々に斬り倒し始めた。
ウォーリッチ、ゴブリンエースが次々に襲いかかるが、彼はその剣で全てを薙ぎ払う。
光り輝くその剣はまるで生き物のように、俺の魔物たちを切り裂いていった。
「なんなんだ…こいつ…!」
俺の体が震えた。
この男はただの「みならい勇者」ではない。
みならい勇者ロッテン。
表面的には何の変哲もない青年だった。
彼の姿を見て、誰もが「ただの冒険者だ」と思うだろう。
グレーの髪に、どこか物憂げな黒い瞳。
軽鎧に小さな盾、片手剣という装備も中級冒険者そのもの。
彼の歩き方も猫背で、まるで灰色の猫のように静かだ。
彼が通ると、足音すらしない。
だが、今そのロッテンが、髪を振り乱し、血に染まった姿で狂気の如く戦っている。
血で真っ赤に染まった髪は、普段隠されていた右目を露わにし、その目はまるで燃える炎のように赤く輝いていた。
彼は満面の笑みを浮かべながら、襲い来る魔物を次々と屠り、まるで舞踏を踊るかのように戦場を駆け抜けている。
片手剣を振るうたびに、魔物の血が飛び散り、その光景に俺は戦慄した。
ゴブリンエースの斬撃を半身で避けると同時に、剣を振り下ろして真っ二つにし、次の瞬間には後方から迫ってきたギガントオーガの拳を宙返りでかわす。
さらには、左手から光の線を放ち、射線上にいた魔物を次々に貫通させる。
「さすがに、きりがねぇな…多すぎる!」
ロッテンの声に焦りは見えないが、相手は合計1万匹を超える魔物だ。
1人で相手をするのは、さすがの彼でも無謀だと思えるほどの状況だ。
だが、俺は容赦しない。
これが最後のチャンスだ。
「魔人レント!ロッテンは疲れてきている。全力で叩き潰せ!」
俺の命令に応じて、魔人レントが姿を現す。
ギガントオーガの一匹を押しのけ、ロッテンに向かって巨体を振り上げた。
「全魔物に告ぐ!巻き添え、同士討ちかまわん!仲間ごとロッテンを殲滅せよ!」
数千匹の魔物が一斉にロッテンに襲いかかる。
魔人レントの拳は容赦なくロッテンに打ち込み、第9層全体が激しく揺れる。
その衝撃は第10層まで響き、地響きが止まらない。
光、煙、轟音、咆哮、血飛沫、肉片がロッテンと魔人レントを中心に飛び散り、戦場はまさに地獄のような光景だった。
激闘は長時間にわたり、やがて第9層には魔人レントと数匹の魔物だけが残った。
「はぁ…はぁ…あと一息か…」
ロッテンは疲れきっている。
彼は回復薬を飲みながら、まだ戦う姿勢を崩していない。
俺はその姿を見て、これが最後の決戦だと確信した。
俺のダンジョンをむちゃくちゃにした報いを与える時が来た。
間引きされた魔物たちによって得た多大なDPダンジョンポイントを使い、俺は魔人レントを完全に回復させる。
そして、残りのポイントで、今召喚し得る最強の魔物を呼び出す。
召喚選択のリストが頭に浮かび上がる。
スライム、イエローキャタピラー、キングドラゴン…。
だが、俺の目が選んだのは「エルドロス」だ。
<エルドロス>を召喚する。
「ピコッ」
全身から蒸気を発し、8本の腕を持つ巨大な赤鬼が現れた。
黄金の鎧を纏い、それぞれの腕には斧、大剣、刀、槍が握られている。
その姿は、まさに戦闘の神と呼ぶにふさわしい。
「くそっ!ここで新手かよっ!」
ロッテンが苦々しい顔をしながらも、戦意を失わない。
彼の前には完全回復した魔人レント、後ろにはエルドロスという圧倒的な力を持つ魔物が立ちはだかる。
俺は興奮を抑えきれず、心の中で叫んだ。
「さぁ、最高のショーを見せておくれ!」
ロッテンは絶望的な状況にもかかわらず、戦う意志を失っていない。
魔人レントの拳が再びロッテンに襲いかかる。
そして、エルドロスがその巨体を揺らしながら、斧を振りかざして彼に迫る。
この戦いがどう決着するかはまだ分からないが、俺の中には不思議な感情が渦巻いていた。
それは恐怖なのか、それとも興奮なのか。
「さぁ、ロッテン…お前がどう抗うか、見せてみろ!」
エルドロスの斧、大剣、大剣、刀、槍、刀、槍、斧、大剣、刀、槍と、まるで怒涛のようにランダムに振り下ろされる攻撃。
それをロッテンは驚くほどの速さで避け続けていた。
だが、その動きにはすでに疲労の色が見え始めている。
長い戦いが、彼の体力を徐々に削っていた。
両手同時に振り下ろされたエルドロスの斧、その風圧だけでロッテンは吹き飛ばされた。
地面に叩きつけられる前に、彼は空中で体勢を立て直そうとするが、そこにはすでに待ち構えていた魔人レントの強烈な拳がロッテンを叩き落とすために振り下ろされていた。
「くっ!」
ロッテンは必死にその拳を受け流しながらも、地面に叩きつけられた。
体に激痛が走る。
しかし彼はすぐに立ち上がる。
両脇腹に深手を負っているのがわかるが、彼の目はまだ光を失っていない。
「うおおおおおお!!!ああああああ!!!」
彼は再び左手を前に突き出すと、光の束が拡散し、それが収束して強烈な光のレーザーとなった。
それはエルドロスの右手二本を切り落とす。
切り落とされた刀と槍を握る手が、鈍い音を立てて地面に落ちた。
しかし、エルドロスはその攻撃を意に介さないかのように、左手で振り下ろした大剣をロッテンに向けて投げ放つ。
それが彼の右足を正確に捕らえ、瞬時に切り落としてしまった。
「ぐあああああ!!!」
ロッテンの叫びが響き渡る。
だが、彼はその痛みに屈することなく、瞬時に自らの左手でレーザーを作り出し、今度は切り落とされた右足にそれを当て、焼き焦がすことで止血を試みた。
その間も、エルドロスと魔人レントは容赦なく襲いかかってくる。
ロッテンはその場から飛び退くようにして、魔人レントの顔面に向かって跳躍する。
彼の片手剣に込められた光は、まさに今日一番の輝きを放っていた。
「これでとどめだぁ!!!!」
その叫びと共に、ロッテンの片手剣は魔人レントの眉間に深々と突き刺さった。
<エルドロス!今だっ!>
俺は叫んだ。
エルドロスは、すべての武器を一斉にロッテンのいる魔人レントの顔面に投げ放つ。
そして、そのすべての退路を塞ぐように、残ったすべての腕で握り締めた大剣を、魔人レントの頭上から振り下ろした。
ロッテンは魔人レントの顔面に剣を食い込ませながらも、逃げ場を失っていた。
そしてエルドロスの大剣が、その頭上から振り下ろされた瞬間――
GUOOOOOAAAAA!!!
エルドロスの咆哮が響き渡る。
FUGYAAAAAOOOOSSSS!!!
魔人レントが、咆哮とともにその巨大な体が真っ二つに切り裂かれた。
その頭上にロッテンが貼り付けられたまま、彼もまた真っ二つとなり、倒れ込んでいく。
倒れ込む魔人レントの巨大な体。ロッテンの体がそのまま崩れ落ちる。
全てが一瞬にして終わりを迎えた。
「やったぁ!!!やったぞぉぉぉぉぉ!!!うおおお!!!ざまぁみろぉぉぉぉぉ!!!やっほぉぉぉ!!!!ざまぁねぇや!!!真っ二つになっておっちんだぞぉぉ!!!ぎゃははははっははああ!!!」
俺は狂喜乱舞し、喜びを爆発させた。
GYAOOOSSS!!!GHAHAHAHA!!!HAAAAGU!!!
俺の声が第10層に響き渡る。
達成感が俺を満たしていく。
エルドロスがただ一匹になった今、俺のダンジョンはますます拡大し、さらなる栄光を手に入れるだろう。
そして、ロッテンを倒したことで得られるであろう膨大なDPダンジョンポイント――それは過去に味わったことのないほどの甘露であり、俺をさらなる高みへと導くものだ。
「早く来い、俺にそのエクスタスィーを!」
そう思った瞬間、待てど暮らせどDPダンジョンポイントは流れ込んでこない。
「ん?なんだ?何かがおかしい……」
第9層を確認する。
そこには確かに、魔人レントとロッテンの真っ二つに割れた死体が転がっている。
だが、ロッテンの左手の中に握られた物が奇妙な緑の光を放っていた。
「なんだ……あれは?羽か?」
そう、ロッテンの左手の中に光っているのは緑色の羽だった。
それが次の瞬間、手の中で砕け散り、緑色の粒子がロッテンの体を包み込んだ。
そして、その光の粒子が収束すると――
そこに立っていたのはルーキー勇者、ロッテンだった。
「ルーキーだと!?成長だと!?復活だと!?」
「ふぅ、死ぬかと思った」
額の髪を払うロッテン。
その姿は返り血で汚れていたはずなのに、まるで戦いの痕跡などなかったかのようにさっぱりとした姿に戻っていた。
「さぁて、次の階層が楽しみだぞ!次はどんな階層かなぁ?」
ロッテンは両手に力を込めると、片手剣が5メートルほどの光の剣へと変わり、それを一閃した。
次の瞬間、エルドロスが数歩歩み寄ろうとしたが、その体は中心から崩れ、地面に倒れた。
「ああああ、えっと……魔物、0……DPダンジョンポイント、0……」
ヤバイヤバイヤバイ。
ロッテンが第10層に降りてきた。
俺は絶望の淵に立たされていた。
ロッテンが第10層に降りてきたとき、全身が恐怖で固まっていた。
まさか、ここまで追い詰められるとは思ってもいなかった。
俺の目の前には、何もなかったかのように復活したロッテンが、光の剣を持って不敵に笑って立っている。
「あれ?君だけかい?」
ロッテンの声が、まるで何事もなかったかのように響く。
だが、その軽い口調とは裏腹に、彼の目は冷たく、容赦のない意志が宿っていた。
俺は焦り、なんとか逃げ道を探そうと考えた。
もう魔物は残っていない。
DPダンジョンポイントもゼロだ。
ここに留まれば、確実に殺される。
逃げなければ。
「やべー……絶対絶命だわ…」
俺は小声で呟き、すぐに頭の中で逃走経路を練り始めた。
なんとかダンジョンの入り口まで戻れば、イクイゴを吸収してパワーを得ることができるかもしれない。
そこで戦力を立て直してリベンジするんだ!
「そうだ、その線でいこう!」
俺は瞬時に決断し、背中の翼を広げて飛び立とうとした。
しかし――
「君さ、DM(ダンジョンマスター)だろ?」
ロッテンの声が背後から突然聞こえた。
俺は驚き、反射的に振り向いて彼に爪を突き出そうとしたが、その瞬間、
ズシャッ!
という鈍い音が響いた。
俺の腕が……ない。
右腕が根元から切り落とされ、地面に落ちていた。
「グハァツ!イテェ!」
俺は痛みに叫び声を上げる。
GYAAAAO!!!
苦しみが全身を駆け巡る。
ロッテンは容赦なく、俺に追い打ちをかけるように一歩近づいてきた。
「なんか、逃げようとしてるみたいだけど無駄だよ」
ロッテンの声は淡々としていたが、その目は冷酷だった。
「くそっ……!」
俺は残った左手で飛び立とうとするが、またしても
ズシャッ!
と音が響き、左手も切り落とされた。
ズシャッ!ズシャッ!ズシッ!ズシャッ!
次の瞬間、さらに左足、右足、そして翼までもが次々に切り落とされ、俺の体は地面に無惨に転がった。
「う、うごかねぇ……」
俺の体はほとんど動かせなくなっていた。
全身が痛みに包まれ、もがこうとしても何もできない。
「僕たちにも、町の人たちにも、家族や大切なものがたくさんあったんだよ。それを、お前みたいな存在が簡単に壊したんだ。だからさ、それなりの報いを受けてもらわなきゃね」
ロッテンは冷静に語りながら、俺の体に容赦なく剣を突き立てた。
剣が俺の体を貫き、内臓をかき回すかのような感触が広がる。
「GUHOOOOOOOOAAAA!!!」
俺は断末魔の叫びを上げた。
「人々の営みや、家族の絆、恋人の愛……お前にはそんなものわからないよな?でもね、俺たちはそれを守るために戦ってるんだ」
ロッテンの剣は止まらない。
何度も何度も俺の体に突き刺し、無慈悲にねじりながら、その言葉を淡々と告げてくる。
「GUAAAAOOOOAAUUUUU!!!!」
俺の視界がだんだん暗くなっていく。
全身から血が流れ、力が抜けていく。
痛みはもう感じなくなってきていた。
だけど、俺の心には怒りと悔しさが渦巻いていた。
<絶対に……許さねぇ……!>
俺は最後の力を振り絞り、心の中で叫んだ。
「もう終わりか?なんだよ、あれだけ威勢が良かったのにさ。まぁ、これで終わりだな。さよなら、ダンジョンマスター」
ロッテンの冷たい声が耳元で響く。
ズシャッ!
最後の一撃が、俺の意識を完全に断ち切った。
全てが静寂に包まれた。
リトライ
<YES>
<NO>
やるっきゃねー!
<YES>←
「ピコッ」
<生き方>
<生きる>
<生きる>←
「ピコッ」
<アニマル系>
<人系>
<魔物系>
<妖精系>
<植物系>
<昆虫系>
<ランダム>
<アニマル系>←
「ピコッ」
<ワシ型>
<ワニ型>
<ライオン型>
<ヤギ型>
<カメ型>
<ヤドカリ型>
<サメ型>
<カエル型>
<モグラ型>
<コウモリ型>
<ウサギ型>
・
・
・
<タコ型>←
「ピコッ」
煌めく世界。
清清しい気持ちだ。
色とりどりの宝石箱の中のような世界。
俺は海の中にいた。
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