第11話 急襲

ドゴオォォグアァァァンドッガアァァン。


突然の轟音に驚いて、寝間着のまま窓辺に駆け寄る。

見えたのは居住区の方が火の海となっている光景だった。

鳴り続ける轟音の中、炎の中に浮かび上がる恐ろしい影が見える。

天を衝くかのような巨人が髪を振り乱し、怒り狂って暴れ回っているのがはっきりと確認できた。


急いで着替えを済ませ、ルロエ様の元に向かう。

館に着くと、領主の館内は上に下へと混乱の渦に巻き込まれていた。

あの冷静沈着なルロエ様でさえ、今は泣きそうな顔で采配を振るっている。

昨日の出来事から一夜明けた今日、まさかこのような状況に陥るとは、あまりにも急すぎるダンジョン側からの攻撃に、全員が困惑していた。

しかも、襲撃は農業区からではなく、居住区から始まっていたのだ。

どうやってあの巨大な魔物が現れたのか?

幾つもの疑問が頭を駆け巡るが、今はルロエ様を支えることが最優先だ。


「遅れて申し訳ありません。」


膝をつき、ルロエ様の前に進み出る。


「おお、マネスか、待っておったぞ。」


ルロエ様の表情には安堵の色が浮かんでいた。


「状況はどうですか?」


と尋ねると、ルロエ様は疲れた声で答えた。


「芳しくない。全衛兵を動員して対処させているが、敵は強力だ。昨日集まった討伐者の多くが居住区の宿にいるはずだ。彼らと協力し、あの魔物を撃退することが最優先だ。資金の心配は後回しだ。打てる手は全て使い、早急にダンジョンも殲滅せねばならん。このダンジョンは危険すぎる。」


「承知いたしました。では、費用を更に引き上げ、近隣でもトップクラスの討伐者たちに転移魔術師を飛ばして交渉に当たらせます。」


俺は即座に返事をし、手配を進める。


「頼んだぞ、マネス。」


ルロエ様はそう言うと、深く息を吐き出した。


俺は夜明けまで転移魔術師の手配と討伐者たちとの交渉に従事した。

しかし、状況を説明すると、討伐者たちの態度は急に硬直し、誰もが口を濁す。

彼らですら、このダンジョンの脅威に恐れているのか?


「失礼する。」


執務室にルロエ様が疲れた表情で入ってきた。

この数日で彼女の瑞々しかった肌は、見る影もなく荒れてしまっている。

白い肌が際立つ目元には、深い隈が浮かび、痛々しいほどだ。


「なんとか巨人を撃退することができた。あと一歩で倒せそうだったのだが、ダンジョンから大量の魔物が襲いかかってきて、撃破には至らなかった…。今回の被害者たちの仇を討てなかったことに、衛兵たちも悔しさを滲ませていたわ。」ルロエ様の声には、深い疲労と無念が含まれていた。


「さようですか…。大変でしたね。」


俺はできる限り冷静な声を保とうと努める。


「これから、居住区の被害状況を確認に行くつもりだ。資金面での援助も必要になる。マネスにも同行を願いたい。」


ルロエ様はそう言うと、立ち上がった。


「かしこまりました。」


俺もすぐに準備を整え、彼女に従う。


居住区の惨状は想像以上だった。

かつて整然として美しかった町並みは、見る影もなく瓦礫の山と化し、焼け焦げた臭いが立ち込めていた。

そこかしこに異臭が漂い、かつての活気は完全に失われている。

人々の表情もまた、いつもの明るい笑顔は消え去り、悲しみと絶望がその代わりとなっていた。


治療院へ足を踏み入れると、異様に大きな声が響いていた。


「ミミア!ミミアァァッァ!!」


声のする方を見ると、緑の髪をした美少女と金髪の美女が、傷だらけの猫耳を持つ女性に治癒魔法をかけている。

彼女の足元では、一人の男が泣き叫び、猫耳の女性にすがりついていた。


その男はイクイゴだった。

彼らは全員が半裸に近い姿で、傷だらけで煤にまみれていた。

そして猫耳の女性を囲んで、必死に治癒を施していた。


「ウオオオオオッ!!!!」


突然、イクイゴの身体が強烈な光を放ち始めた。


「それ以上は危険だよ!」


赤い髪を持つドワーフの女性が叫んで止めようとするが、イクイゴはそれを振り払う。


「止めるな!約束したんだ!」


イクイゴは叫び続けた。


「ダークエルフが治癒の力を使うことの危険性は、分かっているはずだろう?」


隣にいたダークエルフの女性が、悲しげな表情で彼に警告する。


「分かってるさ!でも俺は、誰一人欠けさせやしねぇ!ウオオオオオァアァァァ!!ミミアァァァァァァ!!!戻ってコォォォイイイィィィ!!!」


彼の叫びに合わせて、身体から発せられる光がますます強くなっていく。


猫耳の女性、ミミアの傷が見る間に癒えていくのが分かる。

だが、その代償は…。


「イク…イ…ゴ…………」


ミミアが弱々しくも確かに声を発した。


「ミミア!ミミアァア!!良かった、戻ってきてくれたんだな!もう離さねぇぞ!」


イクイゴは彼女をしっかりと抱きしめ、その表情には涙が溢れていた。


「嬉しい。ありがとうイクイゴ、これからもみんなをよろしくね。私は一緒に旅を続けることは出来ないけど、今までたくさんの楽しい思い出、本当にイクイゴには感謝してるんだよ。大好きだよイクイゴ」


そう言いながら、ミミアの目からは一筋の涙がこぼれ落ちた。


「何言ってるんだ!お前はきっと治るさ、焦ることはない。休んでいればまた旅に出られる。無理せずに、ゆっくり治せよ。」


だが、その時だった。イクイゴの笑顔に、血飛沫が降り注いだ。

塞がれたはずの傷が再び開き、ミミアの体は全身血まみれとなった。

そして、彼女の生命の息吹は完全に途絶えていた。

しかし、彼女の顔は安らかな微笑をたたえていた。


「ウオオオオオオオオオオアアアアアアアアア!!!ミミアアアアア!!!」


イクイゴの絶叫が響き渡る。


次の瞬間、彼の全身が強烈な光を放ち、彼はそのまま意識を失った。

ミミアは微笑をたたえ横たわり続ける。

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