第10話 イクイゴ
マネス視点
イクイゴの名は南の地で広く知られていた。
「ダンジョン落とし」の異名を持つその男は、数多のダンジョンを攻略し、依頼を次々と成功させてきた。
しかし、その名の真の由来はダンジョン攻略だけではない。
イクイゴはその美貌と巧みな話術で、依頼地域の美女たちを次々と虜にするという評判を持っていた。
ダークエルフの彼の漆黒の髪と鋭い瞳、冷徹な印象を与える外見だが、女性への扱いは誰よりも優しく、その巧みさに多くの女性が心を奪われていった。
そして、今そのイクイゴが、この町に姿を現した。
「突然、無礼なことを言ってすまなかったな。ちょっと、あんたの器量を試させてもらったぜ。ダンジョン攻略は危険な仕事だ。報酬だけじゃなく、後方の支援が的確に行われるか、領主としてあんたがその手腕を発揮できるかどうか、見極めたかったんだ。それにしても、噂に違わぬ堅物っぷりだな。若くして領主になった苦労が見えるぜ。だが、そんなに肩肘張ってると、見えるものも見えなくなるし、苦しい時に頼れる相手も離れていっちまうぜ」
イクイゴは爽やかな笑顔を浮かべ、軽い口調でそう言った。
その言葉には、挑発や試すような色が見え隠れしているが、その裏には何か深い意味があるのかもしれない。
「ご忠告痛み入る」
とルロエ様は静かに答えた。
だが、イクイゴはさらに踏み込む。
「ま、報酬の件はすべてが試すためってわけじゃない。俺は本気であんたと一晩過ごしたいと思っている。正式に申し込みさせてもらうぜ。返事は急がない。俺はしばらくこの町に滞在するから、気が変わったらいつでも声をかけてくれ」
なんともとんでもないことを言っているが、彼の少年のような無邪気な笑顔には、相手の反感を抑え込む不思議な力があった。
「気が変わることはないと思うが、町に滞在するのであれば、ゆっくりと過ごすがいい」
とルロエ様は毅然とした態度を崩さなかった。
だが、よく見ると彼女の耳が少し赤くなっている。
無礼な言葉に冷静な表情を保ってはいるが、少しばかり心が揺れたのだろうか。
これほどまでに無遠慮な言葉を放つ相手と対峙する機会など、彼女にはこれまでなかったのだから。
「情報によれば、200匹ほどの魔物が斥候として現れたらしいが、衛兵も苦戦するほどの強さだったとか。俺の経験から言わせてもらうが、今回のダンジョンはかなりの深度と強さを持っているだろう。斥候を倒しきらずに返してしまったってことは、必ず再び攻撃してくるぞ。一般的なダンジョンなら、斥候は殲滅されてから攻略が始まるが、今回は違う。正直なところ、俺たち6人でも手こずる可能性があるな。だからこそ、報酬に見合わない仕事には手を出せないってのも事実だ」
その言葉に、ルロエ様は表情を引き締めた。
「それほどの状況なのか?」
「ああ、俺の短い経験からの推測だがな」
とイクイゴは肩をすくめた。
彼の「短い経験」という言葉が、何十年、何百年にもわたるものだとルロエ様は理解していた。
ダークエルフの長い寿命からすれば、彼の「短い経験」とは相当な年月を意味している。
「忠告、しかと聞き入れた。まずは数と体制を整え、万全の攻略体制を整えようと思う」
とルロエ様は毅然とした声で答えた。
「ああ、それがいい。俺はこれから、こいつらに俺からの報酬を前払いしなくちゃならねぇ。居住区の一番大きな宿屋に泊まることにする」
イクイゴの言葉に、小柄な赤い髪のドワーフ女性が彼の背後から抱きついてきた。
「そうだよ、ま・え・ば・ら・い」
続いて緑の髪をした儚げな美少女がイクイゴの手を引っ張り、微笑みながら退出を促す。
「よろしくねぇ。楽しみにしてるわ」
イクイゴは、美女たちに囲まれながら退出していった。
最後にネコ耳を持つしなやかな体つきの女性を抱き寄せ、笑みを浮かべながら言い放った。
「この町の夜の薬、南の地でも大人気だぜ。今夜は存分に飲ませてもらうぜ」
彼が立ち去ると、広間には一瞬の静寂が訪れた。
ルロエ様は眉をひそめた。
「夜の薬?何のことだ?」
ルロエ様が不審げに尋ねたが、俺は肩をすくめて答える。
「さぁ、何のことなのでしょう?」
だが、俺の頭にはすぐに「例の治療薬」のことが浮かんだ。
あの薬が健康な者に摂取されると、生殖能力が異常に増すという噂を思い出しながら、ルロエ様に真実を伝えるべきかどうか迷ったが、今はそれを告げるべきではないと判断した。
「南の地のスケコマシ代表が、この町に来たってわけか…」
俺は心の中でそう呟きながら、事態の進展を見守るしかなかった。
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