第9話 ルロエ

領主ルロエの顔が険しくなる。

美しく整った顔立ちに、普段は見られない厳しさが宿る。


「農業区が?空飛ぶ魔物!?どうなってる!?被害は!」


彼女の声には怒りと憂いが交じりながらも、冷静さを保っている。

眼前の危機に対して冷徹に対処しなければならないという責任感が、18歳という若さにもかかわらず彼女を一段と輝かせている。

透き通る水色の髪と深い海のようなブルーの瞳。

その知性の光が、一つ一つの言葉に重さを与えていた。


彼女の側近が緊急の報告を続ける。


「情報が錯綜しておりますが、衛兵が出動し、敵は夕刻に退却しました。敵の数は約200で、大きさは子供程度とのことです。さらに、空には6メートルを超える黒い翼を持った悪魔のような姿があったとの報告もあり、現在確認中です」


ルロエは報告を聞きながら眉間にしわを寄せ、考え込んだ。

彼女の美しい横顔には疲れが見えるものの、決して動揺の色は見えない。


「ふむ、報告を聞く限り、領地内にダンジョンが出現した可能性が高いわね。今すぐ復旧に取り掛かる。農業区には支援金を出し、被害者の治療は領主権限で全て見るわ。治療院を無料開放し、各地から治癒魔術師を集めるように手配して。転移魔術師は半数を治癒魔術師の招集に、残りの半数を討伐戦力の招集に割いて」


彼女の鋭い命令に対して、側近たちは一斉に


「ハッ!」


と声を揃え、すぐさま行動に移った。

非常時であるため、誰もが一切の無駄を省き、迅速に動いていた。


ルロエは少しだけ肩を落とし、疲れた表情で問いかける。


「マネスよ、資金の面は大丈夫なのか?」


領地の財務を預かる老練な家臣、マネスが一歩前に出て答える。


「はい、ルロエ様。この一年で税収は飛躍的に増加しております。今回の農業区への被害は甚大ですが、近隣にダンジョンができたとなれば、逆に領地にとって大きな利益をもたらす可能性があります。昨年サルシュが発見した小さなダンジョンからも、多額の収益がありました。今回の規模から見ても、大規模なダンジョンである可能性が高く、今後の資金源として期待できるでしょう」


マネスの言葉を聞き、ルロエの目が一瞬鋭くなる。


「予はあのサルシュという男が好きではない。奴は奴隷商人や高利貸しなどと結託し、汚い商売をしているのを、私が知らないとでも思っているのか?」


彼女の発言に、マネスは少し戸惑った様子を見せるが、すぐに冷静さを取り戻す。


「確かに、彼は酷い男です。しかし、サルシュのような存在は、今回のような事態では必要悪とも言えましょう。例えば戦災孤児や、家を失った農家の人々を迅速に奴隷として処理し、税金として領地に還元することで、復興の負担を軽減できるのです」


ルロエはマネスの説明を静かに聞きながら、複雑な表情を見せる。


「ふむ、それも一理あるな。領地を運営する上で、清濁併せ呑むしかない時もあるのかもしれん…」


その時、マネスが続けて報告する。


「今回の被害者の治療に関しても、サルシュ商会から寄付された治療薬が大いに役立っております」


ルロエの顔がさらに険しくなる。


「まるで、自分の悪事を隠すために善行を積み上げているかのようだ。ますます好きになれんな」


マネスは内心で苦笑しながら、サルシュの治療薬について考える。

実際にはその薬には秘密があった。

サルシュから聞いた話では、その治療薬はダンジョンで採取された薬草から作られており、元々は非常に強力な薬だった。

しかし、濃度が高すぎて副作用が強烈すぎるため、30倍に希釈して販売されているという。


「確かに、彼は危険な存在だ」


とマネスは内心で思った。

サルシュの治療薬がもたらす真の効果について、彼は誰にも話していないが、もし高濃度の薬が本来の効果を発揮したなら、どんな恐ろしい事態が待ち受けているのかは誰にもわからない。

前領主エリルがその薬を摂取した後、不可解な死を遂げたという噂もある。


ルロエはしばらく沈黙した後、再び話し始めた。


「ギルドにも情報を流せ。ダンジョン攻略の報酬をしっかりと提示し、その後にダンジョンを領地の資源として活用することも検討する」


その言葉が広間に響き渡った直後、突然、空間が揺れた。

そして、転移魔法の光が広間を包み込み、一人の男性が現れた。


「俺は報酬なんていらないぜ!」


その言葉と共に現れたのは、見るからに無礼な男だった。

彼の周りには、転移魔術師に同行してきた5人の女性がいた。

驚くことに、その女性たちは全員がルロエに匹敵するほどの美貌を持っていた。


「急な呼び出しにもかかわらず、即座に討伐依頼を引き受けていただき感謝いたします。しかし、報酬がいらないとはどういうことですか?」


ルロエは冷静に挨拶をし、状況を把握しようとする。

だが、その男は笑みを浮かべながら、無遠慮な態度を崩さない。


「俺はこの地区で絶世の美女っていえば、ルロエさん、あんただって知ってるぜ!そんなあんたの依頼を受けたからには、報酬なんていらねえ。俺のハーレムに加われとは言わんが、一晩よろしく頼む!」


この無礼者に、ルロエの目が一瞬光った。

怒りの色が見える。

しかし、彼女はすぐにそれを抑え、冷静な態度で答えた。


「すまないが、この地を預かる領主として、そのような願いを受け入れるわけにはいかない。それに、あなたの同行者たちには報酬が必要だろう」


その堂々とした対応に、広間の空気は一瞬静まり返った。

男が挑発しているのは明らかだったが、ルロエは18歳にして見事にその挑発を受け流していた。

彼女の冷静な態度に、側近たちは胸を張り、誇りを感じていた。


「イクイゴさんに付いて行くだけです。そして、敵がいれば殲滅するのみ」


右側に立つ黒髪のダークエルフが冷淡に答える。


「そうそう、イクちゃんの欲望を叶えるのが私の喜びだもの」


左側の金髪の女性が微笑みながら男に寄り添う。


「イクイゴ…まさか、『ダンジョン落とし』のイクイゴか…」


マネスはその名前を聞き、驚愕した。彼は有名な討伐者だが、その無礼な振る舞いと強大な力から、何人もの領主を困惑させてきた人物だった。


「転移魔術師め、なんて奴を連れてきてくれたんだ…」


マネスは内心で呟いたが、事態がどう進展するのか、目が離せなくなっていた。

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