第6話 少年
俺の名前はサマル。
今日は、遂に待ちに待った桜芋の収穫の日だ。
先日10歳の誕生日を迎えた俺は、ついに初めてこの収穫作業に参加できることになった。
これがどれほど誇らしいことか、普通は15歳を過ぎなければ畑での収穫には参加できないのだ。
だからこそ、俺がこんなに早くに収穫作業に加わることができるなんて、家族や周囲の人たちにとっても名誉なことだと思う。
「羨ましくなんかないさ」と口を揃えてみんなはやっかむけれど、心の中ではきっと俺を羨ましがっているに違いない。
それに、お父ちゃんが優秀な農夫で、今じゃこの辺りでも「豪農」と呼ばれるほどの存在になっているから、俺がこうして早くから収穫に参加できるのも、その影響が大きいだろう。
まさに誇りに思うことだ。
お父ちゃんはほんの一昨年まで、小さな畑で黙々と働いていたけれど、昨年、あのサルシュさんが経営する食堂と専属契約を結んだんだ。
そのおかげで畑をどんどん広げ、近隣の農家を買い取って、さらに拡大していった。
今じゃ、他の農家が食べられなくなったとき、子供たちを預かって働かせるまでになったんだから、俺のお父ちゃんは本当に凄い。
「サマル!もたもたすんな!出発だぞ!」
3男のバルタ兄さんが俺を怒鳴りつける。出遅れるとゲンコツが待っているから、急がないとまずい。
「今行くだっ!」
外に出てみると、お父ちゃんたちが既に待っていて、俺も一緒に畑まで連れ立って歩いていく。
家から畑までの道のりは、城壁沿いを30分ほど歩くと広がる桜芋畑が見えてくる。
オラの住む町は、北は海、東西は川に囲まれていて、南には3つの城壁が町を守っているという、天然の要害とも呼べる場所にある。
町の構造を思い浮かべながら歩いていると、ふと横を見ると、お父ちゃんの隣にはアリアさんが寄り添っていた。
彼女はバルタ兄さんが17歳の誕生日に家に連れてきたとき、初めて出会った。
あの頃からとても美しい人で、俺はバルタ兄さんが羨ましかったものだ。
だが今やアリアさんは、お父ちゃんの3番目の奥さんになっている。
豪農になるってのは、そういうことなんだなってしみじみ思う。
そういえば、アリアさんのお父さんも今じゃお父ちゃんの畑で働いている。
豪農って、なんかすごい。
だけど、夜中にバルタ兄さんとアリアさんがこっそり会っているのは、俺だけが知っている秘密だ。
「もうすぐ桜芋の畑に着くだ!芋を傷つけねぇように慎重に採るんだぞ!マロサのところは初めての収穫だな?オラがしっかり指導してやるから、こっちに来い!」
お父ちゃんが声を張り上げ、後ろを振り返って新人たちに指示を出している。
後方から進み出てきたのは、最近お父ちゃんが買い取った農家のロウさん一家だ。
彼らはお父ちゃんのおかげで安定した収入を得られるようになり、感謝しているみたいだ。
ロウさんの息子のレントは俺と同じ年で、近所だったこともあって仲が良い。
レントの上には姉のジーナさんがいて、彼女はお淑やかでとても美しい。
レントはいつもジーナさんを自慢していて、家族想いなところが微笑ましい。
ロウさんとクレアさん、つまりレントのお父さんとお母さんは、子供たちを溺愛しているから、レントはちょっと甘えん坊で弱虫なんだ。
畑に到着すると、お父ちゃんがそれぞれの人員を手際よく割り振っていく。
俺とレント、そしてジーナさんとクレアさんが、俺たちの畑に集められた。
他の人たちはそれぞれ別の畑で作業するように割り振られている。
桜芋の葉の見分け方や鍬の使い方、芋を傷つけないためのコツなど、お父ちゃんが丹念に指導してくれる。
俺もレントもスジが良いらしく、次々と収穫を進めていく。誇らしい気持ちだ。
一方で、ジーナさんとクレアさんはどうも苦戦しているようで、午後になってもお父ちゃんは汗だくになりながら指導を続けている。
ああ、お父ちゃんの親切さはアリアさんを惹きつけた理由の一つだろうな、と俺は思った。
しかし、夕闇が迫る頃、突然お父ちゃんが倒れた。
青く光る槍のようなものが背中に刺さっているのを見て、俺は驚愕した。
何が起こっているのか分からず、お父ちゃんを揺さぶる。
「お父ちゃん!お父ちゃん!」
だが、お父ちゃんの背中はピクリとも動かない。
血の泡を吹き、目は見開かれたまま、焦点はもう合っていない。
お父ちゃんが……死んだ?そんな馬鹿な。
「サマル!どけっ!」
バルタ兄さんが駆け寄り、お父ちゃんを抱き起こす。
その表情は険しく、そして、信じられないような光景に言葉を失っている。
次の瞬間、俺の足元にも同じ青い槍が突き刺さった。
「お父ちゃんはもう駄目だ。逃げるぞ、サマル!」
バルタ兄さんが俺の手を引いて、逃げ出す。
周囲には青や赤の槍が雨のように降り注いでいる。
知っている人々が次々に倒れていく。
足が絡まりながらも、必死に兄さんに引っ張られて走り続ける。
工房区が見えてきたその時、バルタ兄さんの背中に槍が刺さった。
それでも兄さんは走り続けたが、血が滲み出て、次第に歩みが遅くなり、ついには倒れ込んでしまった。
「サマル、俺はもう走れねぇ。お前だけでも逃げろ……」
兄さんが俺の手を離し、倒れこんだ。
どんなに揺すっても、もう動かない。
ああ、兄さんまで……。
悲しみが俺の心に重くのしかかる。
その時、俺の目の前に現れたのは、青白い顔をした子供たちだった。
赤い服を着て、赤い髪をなびかせている。
背中からは羽のようなものが生えているように見えた。
錯覚だろうか?
しかし、次々と子供たちが空から降りてくる。
そして、手には……人の手足を握りしめている。
最初は何が起こっているのか理解できなかったが、最後に降りてきた子供が手に持っていたものを見て、俺は絶叫した。
それは、お父ちゃんの頭だった。
虚ろな目でこちらを見ている。
「わぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁああああ!」
俺は訳が分からなくなり、子供たちに向かって拳を振り上げた。
だが、子供たちは一斉に俺に両手を向け、その手が青白く光り出す。
そして……。
一瞬の痛みと、何とも言えない暖かさが俺の全身を包んだ。
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