勉強会と顔合わせと銭湯

タイマーの音がする。

目を覚ますと頬が赤く染まった静香の顔が目の前にある。ごめんと謝って腕を外そうとすると直ぐに引き戻された。そして覆い被さるように俺の上に乗ってくる。

「まだ匂いをつけてる最中だから…。」

甘い匂いに包まれる。これは彼女の香水の匂いだ。

「そっ、そっか…。」

やばい。本格的にやばい。何がやばいって朝の生理現象だ。バレたら終わってしまう。

「ふふっ。」

小悪魔のような表情で彼女が笑う。

「な、何かな。」

「私に反応してくれてるんですね。嬉しい。」

ってバレてるやん!

「こ、これは生理現象で!い、いや反応してるのは間違ってないんだけど!降りて!?」

「きゃっ!」

体を反転させると彼女がバランスを崩す。咄嗟に抱きしめると今度は彼女を押し倒す格好になってしまう。

「あっ…。」

目が合って咄嗟に体を離す。

「ごめん。」

立ち上がって後ろを向くと抱きしめられる。

「やっぱり、貴方は私の理想の男性だね。そういうところが好きだよ。それとちょっとやりすぎちゃいました。ごめんなさい。」

「いや俺の方こそ。」

「いや私が…。」

そんなことをしてるとコンコンとノックの音がする。

「ぱぱー。お腹すいたー!」

千紗の声がして、はっと時計を見ると8時半を過ぎたところだった。しまった!光輝も起きてるかもしれない。

「悪い!寝坊した!今行くから光輝を足止めしてくれ!」

「ふーん。パパが寝坊ねぇ。やっちゃった?」

「やってねぇ!(ません!)」

あははーと聞こえて隣の部屋の襖が開く音がする。そうか声が聞こえてるから助け舟を出しに来てくれたのか。感謝しかない。

静香がカーディガンを羽織ると俺に抱きついて頬にキスをする。

「予約…しましたからね?」

耳元で囁いてそのまま走っていく静香を、俺は唖然と見送った。


「智己ー。ここなんだけどさぁ。」

勉強中、光輝が質問してきて教科書のページを教えてやる。

「智己くん。それではダメです。二人とも基礎からまるで出来ていません。私がガッツリ教えます。いいですか二人とも。今頑張らないとこのままでは来年、再来年は私達と別のクラスになっちゃいますよ?」

「は?」

「え?」

静香の言葉にあぁそういえばと頷く。

「ウチの学校のクラス分けは成績順だからね。まぁ静香はトップクラスだから俺達は卒業までは一緒だろうけど。」

俺の言葉に二人が絶望の表情を浮かべる。

「いや説明されたでしょ?でもクラスが変わっても仲良くしてればよくない?」

三人が首を振る。

「それではよくないんですよ。特に修学旅行は生徒主導で班を組むことが認められていますが、クラスが変われば別班です。私達はいいとして二人にも成績の差がある。特に特待の間宮さんは3組待ったなしです。仲良く4人で学校生活を過ごすためにも40位には入ってもらわないと、二人にとってはきつい日々が待ってるのですよ。私はそれを気がしているのです。」

成程。彼女は俺の為に俺の友達と仲良くしたいと思っている。本当にいい子や。

そんな事を考えているとガバッと光輝が土下座する。

「片山先生お願いします!」

「お願いします!」

同時に千紗も頭を下げる。

「よろしい。明日から一週間部活は休みのはずです。だから一週間で叩き込んであげます。智己くんは小テストを作ってください。」

「それはいいけど一週間泊まるの?親に許可取らなくていいの?」

ハッと二人が顔を上げる。そして二人とも電話をかけ始めるのだった。


なんやかんやあったものの、二人とも泊まりの許可は取れたらしい。

俺はパソコンで簡単なレベルの小テストを量産し、静香はひたすら二人に勉強を教えていた。

ピンポーンとチャイムの音がして立ち上がる。

モニターを覗くと双方の母親がいた。

オートロックなのでここから解除をかける。

暫くすると部屋のインターフォンがなったので一応確認してから扉を開けた。

近所迷惑になるのも嫌なので玄関に入れる。

「なんかあったんですか?美紗(みさ)さん。奏(かなで)さん。」

茶髪のポニーテールでスタイルのいい女性が千紗のお母さんの美紗さん。

ハーフアップの黒髪で正統派美人と言える女性が光輝のお母さんの奏さんだ。

二人とも申し訳ないという顔をしている。

『ウチの愚息(愚女)がご迷惑をおかけし、大変申し訳ありません!』

ガバッと菓子折りを差し出される。

「本当は旦那も来たがったんだけど…。」

と千紗さんが言い、

「4人で来たら流石に迷惑だと思って、菓子折りを持ってきました。」

と奏さんがいう。

「別にいいですよ。賑やかで楽しいですから。あっ、上がっていきます?紹介したい人もいるので。」

『紹介したい人?』

二人が首を傾げる。俺は頷いて中に案内した。


「間宮さん。そこの数字はxに入れてください。これで3回目ですよ?」

「は、はい!」

「千紗。そこの単語はスペルが違います。今はテストじゃないんですよ?間違えて覚えたら困るので、ちゃんと教科書を見てください。」 

「ごめんなさい!」

わぁ鬼教官がいる。視線を移すと亜美はせっせと折り紙をしている。時たま静香が亜美に笑いかける。すると亜美もニコニコと静香に抱きつく。うん。こっちは微笑ましいね。

「えっと…。」

「彼女は?」

困惑した声が聞こえ、あぁっと思って静香に声をかけると、振り向いてぱあっと笑顔になる。だが直ぐに後ろの二人を見て首を傾げた。立ち上がってパタパタとこちらにくる。

二人も自分の母親に気づいて顔を青くした。

「このお二人はそこの二人の母親で美紗さんと奏さん。この子は俺の大切な…友人である片山静香さんです。」

お互いに紹介すると静香が微笑む。

「智己くんの妻志望の片山静香です。不束者ですがよろしくお願いします。」

なんと伝えるか言い淀んだのに彼女はブレないなぁと苦笑する。

静香の言葉にあらあらと二人が似た様な反応をみせた。

「そこの愚息の母親の間宮奏です。この度は3人の家族の時間を邪魔して申し訳ありません。」

「同じくそこの愚女の母親の鈴木美沙です。ご迷惑をおかけする事も多いかと思いますが、根はいい子です。出来れば仲良くしていただけると幸いです。」

二人が頭を下げると静香は微笑んで頷く。

「はい。私も仲良くしたいと思っています。今後もよろしくお願いします。」

どうやら相性は悪くないようだ。胸を撫で下ろす。二人は今度は静香さんも一緒にバーベキューをしましょうと帰って行った。

ほんとに好きだなバーベキュー。いや賑やかにするのが好きなのか。俺も賑やかなのは好きだ。だから有難い思う。

みんなにクッキーが入った菓子折りを出して、またテスト作りに集中した。


14時を過ぎて煮付けをしようと立ち上がる。

5人分買っておいて本当に良かった。

二人の両親はそれぞれの制服や下着、それに食費も持ってきてくれたので彼らも安心して泊まれる。

「あっ、手伝い…。」

静香が立ちあがろうとしたので頭を撫でる。

「大丈夫。俺達にはこれから時間がたくさんあるからね。また今度教えてあげる。今日は二人の勉強を見てあげて。」

「あぅ…。わ、分かりました。」

耳まで真っ赤だ。可愛い。

静香は大人しく座り直して二人に勉強を教え始めたので、俺も料理に集中した。


夕飯が終わって全員で銭湯とコインランドリーに向かう。流石に女性の下着を俺と光輝が見るわけにも行かない。乾燥もできるならその方がいい。ウチには乾燥機はないし。

亜美は俺達の間で楽しそうに歩いている。

こうして歩いていると家族に見えるのだろうかと思うと少し緊張した。

亜美を静香に任せて男湯に向かう。これは本当に助かる。俺はこういう銭湯が好きなのだが、亜美がいると来れない。

久々に大きなお風呂に浸かる。

「効くぅ…。」

「じじ臭いぞ父さん。」

「父さんはやめろ。同い歳だぞ。」

全く失礼なやつだ。

「で、片山さんとはどうよ。」

光輝に聞かれて少し考える。好きは好きだ。でも直ぐには決断できない。

「どう…ね。多分好き…かな。うん。でも今直ぐにはどうこうはならないよ。だってまだ自分に自信がないんだ。彼女を幸せにする自信がさ。でも少しずつ進んでいくよ。責任も取るさ。彼女を待たせてるから。」

「考えすぎだっていいたいけど、それが智己だよな。いいんじゃね?悩んでこそ恋だ。俺だって今だに悩むし、喧嘩もする。でも幸せにするという最後だけは変わらない。智己だってそうだろ?」

その通りだ。

『大事なのは最初でも途中でもなく最後だ(ね)。』

揃って吹き出す。それはとあるアニメの名言の一つで、千紗がよく使う言葉だ。

「俺達はきっと長い付き合いになるな。」

「そうだね。きっと老後は一緒に将棋でもしてるよ。多分ね。」

「またじじ臭いことを…。でもそれはきっと楽しいな。」

「うん。きっと楽しい。」

そう言って笑い合う。こんな時間がずっと続いて欲しいと思った。

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