片山家の一幕
「ただいま。」
「お帰りなさい!」
玄関から声が聞こえてキッチンから声をかける。旦那である慎二が顔を出す。
「遅くなってすまない。おや、今日は豪勢だね。」
旦那と会うのは二週間ぶりだ。長い出張だった。だからこうして豪勢に用意していた。
「ええ。貴方が帰ってくるということと、もう一ついい事があったのよ。」
「それはなんだい?」
「静香が恋をしたの。」
「は?僕は認めないぞ?今だってあの子の初恋の子を探してるんだ。そいつはどこの馬の骨なんだい?」
私は思わず笑ってしまう。
「あの子ね、同じ子に2回恋に落ちたのよ。」
慎二さんは、は?と声を出して意味がわからないという顔をした。
静香の初恋の男の子。それは数年前に遡る。
慎二さんが海外出張でいなかったある日、私は静香の誕生日に旅行に連れて行った。
ショッピングモールに行った際に人の多さで静香を見失い絶望していた私に届いた迷子センターからの呼び出し。そこにいたのは一組の親子だった。
母親は佐藤清美(さとうきよみ)さん。息子さんの名前は聞けなかったけれど、微かに『とも』と呼んでるのが聞こえた。誰が見てもとても素敵な親子だった。
「その話を聞いた時は、静香が恋をしたというのも合わせて大変驚いた。でもその時から異性が苦手だったあの子が、恋をしたというなら探さざるを得ない。でも終ぞ見つけることはできなかった。」
佐藤はありふれた名字で、同姓同名が四人見つかった。突然会いに行くのは失礼だし、絞り込むことも難しかった。
「そうね。静香も異性に嫌悪感を持って、小学の高学年にはその恋心を忘れてしまった。発育が良すぎたのも問題よね。」
娘は他の子より体の成長が早かった。体を見られることにも抵抗があったのだろう。
「出張ばかりで寂しい思いをさせているから、どうしても見つけてあげたかったんだけどね。まさか自分で見つけるとは…。」
「でも本人は気づいてないわ。だから見守ってあげたいの。それに彼の両親は事故で亡くなっているらしいわ。恩人の息子よ?助けてあげたいと思わない?」
私の言葉を聞いて慎二さんが唖然とした後に頷いた。
「そうだね。わかった。僕の出張の日々も来年ついに終わる。やっと恩返しができるね。ところでその男の子はどんな感じなんだい?」
電話の内容を思い返してふふっと笑う。
「とても誠実で、素敵な男の子に育っていたわ。会うのが楽しみね。」
「そうだね。僕も楽しみだ。」
ビールを注いだグラスをお互いに軽く当てる。
願わくばあの二人に幸運がありますようにと私は祈った。
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