少女たちの一幕
亜美ちゃんを寝かせて鏡で姿を確認する。髪にオイルを塗って少しでも触り心地をよくする。智己くんはよく頭を撫でてくれる。
亜美ちゃんという歳の離れた妹がいるからだろう。撫でられるとドキドキして、ポカポカする。甘やかされて育ったからか私は甘えん坊なのかもしれない。
ネグリジェの上からカーディガンを羽織って部屋から出るとトイレから出た千紗と遭遇した。
「あちゃ。タイミングが悪かったかな。」
「別に問題ないですよ。」
「ちょっとお話しする?」
時間は21時。智己くんにも一人の時間は必要かもしれない。誘いに頷く。この子は智己くんの友達だ。仲良くなっておきたい。学校でも向こうから私に話しかけては来るけれど、私から話しかけたことはない。
リビングのソファーに二人で腰を下ろす。
「カーディガン必要?もっと攻めたらいいんじゃない?使える武器は使わないと。」
千紗の言葉に苦笑する。この子は経験済みのせいかこういう会話に抵抗がないようだ。
「智己くんの前では脱ぎますよ。でも間宮さんがいるじゃないですか。彼には見られたくないです。」
「あぁそっか。それはそうだよね。」
千紗はざっくりと胸元が開いている。着やせするタイプだったらしい。全体のバランスでスタイルがいいのは分かっていたが、ここまで胸が大きいとは思わなかった。それはそれとして、智己くんがいるのに彼女は気にしないのだろうか。
「パパは私には欲情しないよ。というよりしーちゃんにしか反応しないかもね。」
どうやら私の考えは筒抜けらしい。
「どういうことですか?」
「なんだろうね…。パパは誠実で、真面目で、友達思いなんだよ。私は初めて泊まった時に油断しててこの姿を見られて、流石に不味いと思ったんだよ。でもその時のパパは何て言ったと思う?」
智己くんならきっと目を見て苦笑してこう言うだろう。
「風邪ひくよじゃないですか?」
私が言うと千紗が噴き出す。
「よくわかってるね。まったく一緒。目線は一瞬全身を見たけど嫌な視線は全くなかった。びっくりしたよ。ほら、私って結構エロい体してるじゃん?プールとか行くと大変なんだよね。勿論、隣に超絶イケメンのこーちゃんがいるから問題は起きないんだけどね。それとこの髪。地毛なのに遊んでると思われるんだよね。」
そう言って金色の髪を手ですく。
「ハーフなんでしたっけ。」
「うん。パパは英語教師で来日してる。ママは教え子なんだって。あっ勘違いしないでね。ちゃんと卒業後に再会して恋に落ちたらしいから、先生と生徒の禁断の恋じゃないよ。」
「成程。そう言う事もあるんですね。」
「歳も離れていない。海外は飛び級制度があるからね。4歳しか離れてないよ。ママは学生時代からパパの事が好きだったらしい。一度好きになると一途なんだよね。ウチの家系は。だから安心して。恋愛的な意味では本当にパパに興味ないから。智くんはパパに似てるの。あの優しい目線がね。」
「私もあの目が大好きです。あの目で微笑まれると胸がドキドキします。」
思い出すとポカポカして微笑んでしまう。
「だろうね。大抵の女の子はあの目にやられちゃうよね。気を付けたほうがいいよ。マジでライバル多いから。でも智くんが誰かに興味を持ったのはしーちゃんが初かな。少なくともこの一か月の間では。」
そう言われると嬉しいけれど、私はまだ迷惑しかかけてない。だからその理由がわからない。
「私…まだ迷惑しかかけてないです。」
「ううん。君は彼にとって一番になれるよ。」
「何故そう思うのですか?」
「だって亜美ちゃんが君の事大好きだから。そして君も。そういうと私にも資格があるように感じるかもしれないけれどそうじゃないの。私は彼に女として見られてない。あくまで友達。しーちゃんとはスタートラインが違うんだよ。しーちゃんは亜美ちゃんに愛されていて、更に女として見られている。」
そうでしょうか…。攻めた格好はしていますが彼からそういう目線を感じた事はない。
「智くんは私にも微笑んでくれるけどしーちゃんに向ける微笑みは私に向けるものとはちょっと違うよ。それに赤面してる。」
「言われてみればたまに顔が赤いような気もしますが…。」
「ちゃんと赤くなってるよ。いい傾向だと思うな。出会った当初はもうちょっと暗かったんだよ。それはそうだよね。両親を失って、妹の為に身を削って、人助けをして、寝れてるのかも怪しかった。そんな彼を一人にしないようにして、笑顔も増えてきた。でも常に一緒に入れない私たちじゃ限界がある。」
悔しいなと千紗が苦笑する。
「色々な感情が凍っていたよ。少し前までの彼の中にある感情は2つ。それは言わなくてもわかるよね?」
「人助けと亜美ちゃんの事ですか?」
千紗が頷く。
「3大欲求も無くなってた。食欲は亜美ちゃんの為、性欲は必要なし、睡眠欲も削ってた。初めて泊まった時は寝てすらいなかったんだよ。ずっと本を読み続けてた。クマをコンシーラーで隠してたんだよね。話を聞けば目指したいものがあるからそれに時間を使ってるって。それに上手く寝れないんだって。それでも友達が出来たことで少しはまともになった。しつこく付き纏ったからね。二週間ほどして少しは寝れるようになったみたい。」
「そんな…。」
「何はともあれ、とりあえず少しでも眠れるようになった。食欲は亜美ちゃんと食べてるから最低限は大丈夫。次に私達が復活させようとしたのは性欲だよ。3大欲求揃ってこその人間だからね。それはまだ上手くいってなかった。隣の部屋でエッチしたりとか色々やってはみたけど空振りでね。まぁ私達もエッチが好きだからアブノーマルなのは認めるけど、普通の男子高校生はクラスメイトが隣でエッチしてたら興奮するものでしょ?効果は残念ながら皆無だった。でもしーちゃんが少しは復活させたみたい。」
「理由はわかりました。でも友達の家でするのはおかしいです。」
私の言葉に千紗は、はははと笑う。
「そうだね。それはそう。だけど少しは非常識に、過激にいかないと。両親の死という出来事は優しい彼を壊すには十分すぎる事件だったんだと思う。このまま他人のために生きて、更に壊れていくのは見てられない。だから私とこーちゃんは決めたの。彼の前では非常識でいようってね。この計画には恥を忍んで両親も巻き込んだ。彼には隠してるけどね。これが私達なりの彼の横にいる方法なの。しーちゃんがいなければ最悪私が押し倒すつもりだったけど、最終手段を取らなくて済んだよ。」
たった1ヶ月の付き合い。それなのになぜそこまでしようと思うのか。私と彼らの1ヶ月を私は知らない。
「どうしてそこまで…。」
「ハーフって目立つんだよね。いい意味でも悪い意味でも。いつだっていろんな目線を感じてきた。だから私は目線とその中にある感情に敏感なの。善意の中には常に悪意が隠れてる。純粋に心配の目線を向けてくれるのは家族とこーちゃんのみだった。」
彼女はとても綺麗だ。ハーフだからこその異質な綺麗さがある。私もモテるから彼女の気持ちは多少はわかる。
「でもそんな中で現れたのが智くん。こーちゃんは彼氏で大切な人だけど、智くんは大事な友達なの。きっと2度と出会えない様な異性の友達。なら…絶対に失いたくない。失わない為には体を張るしかないじゃん?勿論恋愛感情なんてない。これは多分友愛。優しい彼を真人間にして一緒に笑いたい。バカをやって、巻き込んで、3人で笑いたい。それにこーちゃんも智くんを大好きだしね。だからこれは私達のやりたい事なんだよ。」
そう言って彼女は優しい顔をする。
「うん。智己くんが君たちと好んで一緒にいたいと思う理由がわかりました。思い合ってるからこそ一緒にいるんですね。」
千紗は恥ずかしいなとはにかむ。
「ゆっくりでいいからさ、智くんの心を絆してあげてよ。でも覚悟してね。彼の好意を利用するような事をしたら、容赦なく引っぱたくから。その時は2度と近づかせない。」
真っ直ぐに千紗が私の目を見る。こんな顔もできるんだと思った。
「わかってる。でも私も恋なんて初めてだからたくさん失敗すると思う。それで傷つけることはあるかもしれない。」
「うん。それは仕方ないよ。それも恋の醍醐味だから。失敗しても大胆にいけばいい。何度でもぶつかって、仲直りして、笑って、泣いたらいいよ。そして最後に二人で幸せになればいい。」
それは昨日彼女が言っていた事に近い。
「大事なのは最初でも途中でもなく、最後ってやつですね。」
「はは。聞いてたんだそれ。そうだよ。過程よりも結果なの。途中どれだけ非常識な事をしても私達は彼を心から笑顔にして見せる。そして私達は親友として老後も仲良くするわ。それが私とこーちゃんが目指す幸せな未来の形。」
だからとこちらに手を差し出す。
「一緒に彼を幸せにしてくれる?」
「うん。喜んで。」
その手を握り返して、私達は友達になった。
時計を見ると1時間くらい経っていた。
濃い内容だったので、もう少し時間が経っていたと思ったけれどそんなに時間は経ってなかったらしい。
「じゃあ頑張ってね。」
ずっと何かが差し出される。よく見ると避妊具だった。混乱しながら受け取ってしまう。
「いつかは使うでしょ?」
そう言って小悪魔の顔をして、千紗は部屋に去ってしまう。
「し、しまうとこないんだけど…。」
ネグリジェにはポケットなどない。
私はそれをどうしたものかと眺めてから、結局部屋に戻って自分の荷物の中に入れるのだった。
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