3人の勉強会

カリカリとノートに文字を書く音だけが響く。私はこの音が嫌いでは無い。

いつもは一人で勉強をしているので、数人で勉強をするのは初めてという事があり少し違和感を感じる。

それにしてもこの模擬テストは凄い。この勉強会の為に智己くんがどれだけ準備をしていたかがわかる。

一日二日ではこの量は作れないだろう。智己くんは基本家の事をしているのでもしかしたら1週間以上はかかっているかもしれない。

「しーちゃん。ここなんだけど…。」

千紗に声をかけられて顔を上げる。正直誰かに教えるのも得意ではないけれど、頼まれた以上は頑張らないといけない。

「数学ですか。数学は公式を覚えて、どこにどの数字を入れるかがわかれば大抵解けます。」

千紗の質問してきた問題の横に使う公式を書く。そしてどこに何を入れるかを教える。

「ありがとう。やってみるよ。」

なんとか理解してもらえたらしい。智己くんは細かくは教えない。教科書のページ数を教えて1から自分で理解させる。基礎が出来ていればそれでもいい気がするけれど、この二人は基礎も出来ていないのでこの方がより理解してもらえる気もする。

「片山。すまん。俺にも教えてくれ。」

うぐっ。男の人の横にはあまり行きたくない。なので目の間に座って説明した。

「さんきゅ。わかりやすかった。」

「はい。」

「片山は智己の事好きなのか?」

「ちょっとこーちゃん!?」

立ち上がろうとすると聞かれる。その目が真剣なのものなので私は座りなおした。

「好きですよ。」

「そっか。頑張れよ。あいつを口説くのは難しいと思うけどな。」

勉強中だけど正直聞きたい。この3人の関係性。

「お二人は智己さんと同じ中学とかですか?」

2人は顔を見合わせて首を振った。

「いや。俺たちは高校からだよ。でも入学前にあいつが人助けをしているのを何度か見た。俺とアイツの使うスーパーが一緒でさ。毎日毎日誰かしら困っている人に声をかけていて、最初は変わったやつだと思ってた。でも付き合ってみるとほんといい奴だろ?だけどそれを利用しようとするやつもいる。だから俺がアイツのそばをウロウロしてるわけ。そうすれば最低限学校では本当にアイツを必要としている人にだけアイツが手を貸せる。そういう状況を作ってやりたかったんだ。じゃないと疲れちゃうだろ。」

「一応私たちはクラス内でもカースト上位でしょ?正直この立ち位置は面倒くさいけれど、これも智くんの為なの。知らないかもしれないけど、智くんは忙しいから付き合いは良くない。学校は集団生活だからそれで悪口をいう人も少ないけれどいる。ただでさえ入試一位で目立つしね。そんな低レベルな人たちって、立場を気にするからカーストトップには逆らわない。だから見た目が派手な私たちは陰ながらできうる限り彼が悪意に晒されないように壁になってる。大事な友達だからね。」

成程。彼らは智己君の性格と私生活の状況を知って、彼らなりのやり方で彼を守っているのだ。でも私はまだ迷惑しかかけていない。

「そうですか…。」

ついつい顔を下げてしまう。

「そういえば昨日は智己が起きなかったな。」

「こーちゃん!」

何の話かと顔を上げる。

「まぁ待て、千紗。ヒントだよ。君も悪目立ちしている子だ。だから智己に急接近して警戒してたけど、片山が本気なのは認めるよ。だから頑張れって言ったんだ。あいつは…。いやこれ以上はいつか智己が直接話す事か…。」

パチンと千紗が間宮君の頭を叩く。

「だから意味深なことを言っちゃダメだって!ごめんねしーちゃん。本当に気にしなくていいから。」

そう言って止める間もなく千紗が間宮君を連れて行ってしまった。

勉強の途中なんだけどと思いながらも、先ほどの言葉が気になって追いかけることは出来なかった。部屋の中から千紗が間宮さんに注意する声が聞こえる。

「起きなかった…?」

その言い方ではまるで寝ている最中に何らかの理由で智己くんが起きているような言い方だ。二人は何度か泊ったことがあると智己くんは言っていたし、その時にそういう事があったのかもしれない。

「超記憶症候群…。」

携帯で検索する。初めて聞く単語だ。そこに書いているのは衝撃的な事だった。

「忘れることのできない症状…。」

『便利なように見えてそうでもないよ。』

そう言ったときの彼の悲しそうな顔を思い出す。

悲しいことも忘れられないなんて…。

彼が寝ている最中に夢で悲しい記憶を思い出して起きているとしたら、それはきっとご両親の事だろう。

あのクマの原因はそれもあるということだ。

「昨日は起きなかった…。」

昨日は私が智己くんを抱きしめていた。

たった一回で再現性は取れていない。

だからたまたまかもしれない。

だけどもしあの行為が彼を癒せるのだとすれば…。それは私が彼に出来る事だ…。

一つ見つけたかもしれない。

でも智己くんは私に何も言ってくれなかった。まだ彼の私に対する信頼度はそこまで高くない。それは当然の事だ。

だけど出来ることはしてあげたい。

ソファーで寝ている亜美ちゃんを撫でる。

この子のこともたくさん大事にしてあげたい。

幸いお母さんは応援してくれてる。時間はたくさんある。だから一歩ずつ近づいていこう。

そう思いながら亜美ちゃんを撫で続けた。


「すまん、片山。余計なことを言った。」

間宮さんに謝られる。千紗も私にこーちゃんがごめんねと頭を下げた。

「間宮さんは智己くんを心配してるんですよね?だから私に話してくれた。私も智己くんに何を出来るのか知りたい。そのヒントを貰えたのは嬉しいです。でも智己くんから話を聞きたいので深くは聞かないでおきます。」

「あぁ…そうだな。俺だってまだ仲良くなってる途中だ。でも困ってる人を助ける割には深い関係になろうとしない。だからグイグイいかないとあっという間に疎遠になるだろう。俺達くらい付きまとうのが丁度いいかもな。俺は良く二人でいるから、君よりはアイツから色々と聞いている。俺らとバカな会話をしている間は嫌なことを忘れられるらしい。だけど常に一緒にいれるのは俺らより片山だ。だからアイツの事をよろしく頼むよ。聞きたいことは聞いてくれれば分かることは教えるよ。」

そういって間宮さんが頭をかく。二人は部活もあるので彼の隣に常にいることはできない。

「はい。でも彼の事は彼自身から聞きます。ズルはせず彼の信頼を勝ち取って。」

そうだ。今回はヒントを貰ったが私はまだ彼の事を何も知らない。好きな食べ物、好きな事、やりたい事…たくさんたくさんお話しして彼の事を知っていく。そうしてもっと好きになっていくだろう。

そして私の事をもっと話そう。醜い部分も全部。その上で私の事を好きになってもらいたい。そうやって一歩ずつ近付いてこそ、恋は愛に変わると思う。

そしてこの二人とも仲良くなろう。

好きな人の友達を大事にするのも大事な事だ。

「それはそれとして、今日の私のやるべき事は貴方達の学力向上です。智己くんに頼まれた手前、手加減はしませんよ?」

「ひっ!?」

「ま、待ってくれ。顔が怖い。勉強をするんだよな?」

何故か千紗が後退り、間宮さんは顔を青くする。意味がわかりません。それに私は別に怖い顔なんてしてません。

「よくわかりませんが、早く座ってくださいね。時間が勿体無い。」

『は、はい!』

二人はさっと座ってノートと向かい合う。

何か二人でこそこそと言っている。

「お喋りですか?余裕がありますね。」

『すいません!』

謝られて私は二人の前に座ると、一つため息をついて間違いを指摘していく。

本当は智己くんの部屋でいかがわしい行為をしているのをとっちめる気でした。

でもそれは家主である智己くんに話を聞いてから。それに亜美ちゃんが起きたら困るので、後日にすることにしました。

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