勉強会
時計を見ると8時30。朝から色々とあったがそろそろ亜美を起こして朝ごはんにした方がいいだろう。
「静香。申し訳ないんだけど亜美を起こしてきてもらっていいかな?」
「うん。わかった。」
静香が名残惜しそうに離れる。なんだか本当に犬みたいな子だ。
あの二人にも声をかけた方がいいかと立ち上がって部屋に向かう。
彼らには俺の部屋の隣を使ってもらっている。
亜美の部屋はリビングから一度扉を出て廊下の突き当りにある鍵付きの部屋。
俺の部屋はリビングから引き戸で入れる洋室。貸し出している部屋は同様の仕組みになっている和室だ。
とりあえずノックをすると。がたがたと中で音がした。声はしなかったけどやってるわこれ。
「朝ごはん作るから30分後ね。」
とりあえず声だけかけるが返事はない。確信しつつキッチンへと戻った。
全く世話は焼けるがちゃんと声を我慢してるなら良しと自分でもよくわからない基準で許してあげる。
とはいえ教育にも良くないので亜美の部屋に向かうことにした。
ノックをすると直ぐに扉が開く。扉の先には亜美を抱っこした静香がいた。亜美はまだ寝ぼけているようだがその表情はご満悦だ。
「静香。30分経ったらリビングに来てくれるかな。あの二人の準備もあるし。俺は焼カレーを作ってるから。」
「手伝わなくていいんですか?」
きょとんと首を傾げる。一々仕草が可愛い。
「大丈夫。料理というほどの料理じゃないから。昨日の余ったカレーを使うだけだし。30分後だよ?いいかい?」
「うん。わかった。」
二人の頭を一回ずつ撫でで扉を閉めた。
「すまん。」
「ごめんなさい。」
15分くらい経って二人が出てくる。
「まぁいいんだけど静香もいるからさ。とりあえずシャワーにでも行ったら?」
二人の格好に苦笑しながら言うと申し訳なさそうに二人はリビングから出て行った。
バラバラにって意味だったんだけど二人で行っちゃた。まぁいいか。体裁を整えてくれればそれで。
焼カレーにはオーブントースターを使う。
耐熱皿にバターを塗り、ご飯を敷き詰める。その上から昨日の残りのカレーをかける。焼いた後に冷凍していたハンバーグを解凍している間にオーブンを予熱する。
ある程度火が通ったら適当に切り分けてカレーの上に撒く。卵を落としてチーズを乗せて、余熱が終わったオーブンに突っ込む。後は待つだけなので経営学の本を読んでいた。
「なんで二人でお風呂に!?」
静香の大きな声が聞こえて肩が跳ねる。
あっ遭遇しちゃったか。まぁ彼らなら上手いこと切り抜けるだろうとまた本に目線を落とす。
するとパタパタと足音が聞こえて亜美を抱っこした静香が入ってくる。
「にーに、おはよ!」
「うん、おはよう。よく眠れた?」
「うん!ねーねが起こしに来てくれて沢山童話を呼んでくれたよ!」
「そっか。良かったな。有難う静香。助かったよ。」
「え、うん。それはいいんだけど…。」
すすすっと近づいてきて俺の耳に口元を寄せて小声になる。
「30分ってそういう意味だったんですか!?」
ちょっとぞくぞくした。やり返しておこう。
「まぁね。二人はそういう仲だから、まぁそういうこともある。」
顔を離すと静香は耳まで真っ赤だ。その後ろをそそくさと二人が通っていった。もはやコントである。これだからあの二人は面白い。思わず笑ってしまう。
「そ、その話はあとでします。今は亜美ちゃんがいるので。」
そう言って静香は亜美の手を引いてリビングに向かってしまう。
俺がおかしいのは自覚しているのでこの話はこれで終わりにしたいんだけどどうやらダメらしい。
朝ご飯を食べ終わった俺たちはリビングでノートと教科書を広げて勉強を開始していた。
元々これが目的なので漸く本題に入ったということだ。
俺は1年の教科書は全て頭に叩き込んでいるので亜美とお絵描きをしている。
「智己ー。ここがわかんねぇよぉ。」
光輝に見せられたのは数学の問題だった。
「教科書の16ページの公式を使えば解けるよ。」
ぺらぺらっと教科書を捲って指を指す。答えを教えるような無粋な真似はしない。それでは赤点まっしぐらだ。
数少ない友達を失うわけにもいかないので、あえて厳しくする。
「パパー。ここの訳なんだけど…。」
英語の文章を見せられる。
「英語は単語も理解しないと訳せないね。因みにその単語は単語帳の24ページに載ってる。テスト範囲では30ページまでの単語が範囲になっているから覚えておくのが無難だね。因みに光輝が持ってきた例年の過去問から出そうなところを絞ったのがこれです。覚えておくように。でもあくまで統計から導き出したものだから100点を取りたいなら丸暗記がいいよ。」
ノートを差し出す。勉強会をすることは決まっていたので二冊分用意しておいた。
「ぐぅ有能。有難う!」
「神ですか!?」
二人はノートを見て俺に感謝をする。
チラリと静香を見ると次々と俺が作った練習問題を解いている。流石入学試験2位は伊達じゃない。応用問題もしっかり解けている。
手元を見ていると耳が真っ赤になっている事に気づいた。近づきすぎたかもしれない。邪魔をしたくないので離れる。
「にーにとねーねを書いた!」
亜美が絵を見せてくる。特徴をよく捉えた良い絵だ。日に日に上手くなっている。
「上手上手。次は光輝と千紗を書いてあげてね。」
「わかった!」
改めて絵を広げる。俺と亜美と静香が恐らく湖で手を繋いでいる絵だ。素晴らしい。家宝にしよう。額縁はあっただろうか…。
もしかしたらピクニックに行きたいのかもしれない。静香さえよければテスト後に誘ってみるのもいいかもしれないな。出かけることで見える1面もあるだろう。
ぴぴぴとタイマーが鳴る。
休憩とお昼ご飯の時間だ。
光輝と千紗が疲れ切った顔でテーブルに伏せる。その仕草すらシンクロしている。
「昼はサンドイッチでいいかな。ゆで卵を茹でておいたから。」
『お願いします!』
二人の声が重なる。手伝う気はあっても体が動かないという感じだ。苦笑して立ち上がると静香も立ち上がった。
「簡単だからいいよ?」
静香は首を振って俺の裾を握る。
「…一緒に居たいので…。」
上目遣いでそんなことを言うのは反則だ。顔が熱い。これは絶対顔に出ている。
「そ、そっか。じゃあ一緒にやろうか。」
こくりと頷く。一つ一つの動作が可愛い。昨日ほどの勢いが無いので、大型犬から小型犬になった感じだ。これは可愛すぎる。昨日以上に俺に刺さってる。
ちらりと見えた二人がにやにやしていたのは腹立たしいが見ないふりをした。
キッチンに移動して予め作っておいたゆで卵を冷蔵庫から出す。
「俺も毎食手の込んだものは作らないから、昼は摘まめる程度の軽食が多いんだよね。朝にがっつり食べて昼食を抜くこともあるくらい。人が来ていたら何かしら作るけど、毎日いるなら期待しないでね?君の事は家族として扱うからさ。」
常にいるならいつまでもお客様扱いは出来ない。俺も疲れてしまうし、幻想を抱いて幻滅されたくはない。土日の昼は毎週ホットケーキになる可能性だってあるのだ。一々アレンジを加えることもしないだろう。
俺の言葉に何故か静香の顔が耳まで真っ赤になる。今の言葉に赤面する要素があっただろうか。理由がわからずに首を傾げる。
「家族…えへへ…家族…。」
両手を顔に持っていき、呟くその顔はだらしなくにやけている。どうやら家族という言葉に反応してしまったらしい。
あぁー好きな人に家族って言われたらそうなるのかぁ。段々この子のことが分かってきた。言葉のチョイスを間違ったなと思ったけれど、突っ込むのは流石に出来ずにスルーする。
「とりあえずやろうか。」
「は、はい。」
静香は直ぐに正気を取り戻す。
「ゆで卵を白身と黄身に分けてボールに入れる。マヨネーズと塩胡椒は適当。好みにもよるけど心配なら味見ね。マヨネーズは入れすぎてもなんとかなるけど塩胡椒は入れすぎ危険かな。まぁ慣れだよ。」
こくこくと頷く。いつもは目分量だけど、今回は教えるという事を視野に入れてしっかり測って入れる。チラリと見れば真剣な顔をしてメモをしている。昨日もそうだったけれどこの子は真面目な子だという事はわかる。
パンを焼いてる間、昨日の料理の待ち時間の時のように二人で座る。
「智己さんは教科書を全部頭に入れてるんですか?さっき二人に教えているのを見ているとページまで覚えているのは少し異常というか…。」
他の人から見れば当然か。俺は本を読む時はどこのページに何が書いているかも見るようにしている。人にお勧めするときや、教えるときに便利だからだ。
「俺には完全記憶能力というものがあるらしいんだ。見たものは忘れない。いつでも思い出せることができる。正確には超記憶症候群というらしい。」
「それは…凄いですね。」
凄いと言われて自虐的に笑う。
「便利なように見えてそうでもないよ。」
これには大きなデメリットがある。良い記憶だけではなく嫌な記憶も消えないのだ。
父さんと母さんの遺体の顔も鮮明に消えてくれない。未だに夢に見て飛び起きることもある。そしてそれは一生続くだろう。それは今話すことではない。
チンと音が鳴って立ち上がる。
「さぁ。仕上げちゃおうか。」
そう言って動こうとするとクイっと裾がひかれる。
「どうしたの?」
「いえ、すません…。何か悲しい顔をしているように見えたので…。」
おっと、隠したつもりが隠せていたんかったらしい。
「何でもないよ。二人がお腹すかせて待ってるからやっちゃおう。
「はい…。わかりました。」
隠しているわけではないけれど、要らない心配もかけたくはない。
まぁもっと深い関係になったら話せばいいかとこの話は切り上げた。
16時まで引き続き勉強を続けていたが、夕飯の時間が近づいて立ち上がる。
静香以外は基礎が心配になるレベルだが、静香は本当に頭がいい。
亜美は30分ほど前から昼寝を始めている。休みの日はこうしてよく昼寝をしているが、3大欲求の中でも睡眠欲に全振りしている子だからこの時間に昼寝をしても、いつも通り夜は爆睡なので問題ないだろう。
「静香はその二人の勉強のお世話をしてあげてくれ。夕飯の買い物をしてくるから。亜美は寝かせてていいから。」
俺の言葉に静香が頷く。
「父さん…俺はもう限界なんだ…。」
「私も…。」
2人は机にひれ伏してそんなことを言う。静香は二人を見て苦笑している。
「2人ともこのままじゃ赤点まっしぐらだよ。君たちの両親にも頼まれているから甘えさせるわけにはいかない。部屋も、食事も提供しているんだから頑張ってね。」
「ぐぅ…。わかったよ父さん。」
「しーちゃん…。お手柔らかに…。」
「ごめんなさい。智己さんのお願いなので手は抜けません。」
「目がマジじゃねーか…。」
「うぅ…。言いつけを守るわんこみたいな目をしてるよぉ…。」
静香の頭を信頼の意味を込めて撫でてやると、手を取られて頬まで持っていかれてすりすりとされる。
それを二人に生暖かい目で見られたが拒否することは出来なかった。
10分ほどそうされて手が離される。
「気を付けて行ってきてくださいね。」
「車に気をつけろよ。」
「急がなくていいから安全にね。」
三者三様に心配の声をかけられる。俺も高校生だし、自転車で危険な運転なんてしない。揃いも揃って過保護だなと苦笑するが、頷いて家を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます