カレーと泊まり

鍵を開けて二人を招き入れる。

二人がお邪魔しまーすと言うとパタパタと足音がした。

「おかえりー!あれ!こうにぃとさーねぇ!お久しぶり!」

亜美が元気に挨拶をする。

「久しぶりって言っても二週間ぶりだけど、今日も元気だなぁ。」

「久しぶり亜美ちゃん!いぇーい!」

「いぇーい!」

パチンと二人がハイタッチする。

奥から現れた静香が俺にすすすと近づいてきて俺の腕に抱きつくとすんすんと匂いを嗅ぐ。ちょっとよく分からない。

「えっと…なにかな?」

「いえ。大丈夫そうですね。」

なんだかよくわからないがそう言って離れた。

「えっと…間宮さん。千紗。今晩は。」

「おう。今晩は。邪魔するぜ。」

「ごめんね、しーちゃん!家族の時間を邪魔しちゃって!でもこのイベントを楽しみにしてたのは事実!よし、亜美ちゃん!遊ぶよ!」

「おー!」

そう言って二人はかけだしてしまう。

「こら!下の階の人に迷惑だから走らない!」

『はーい』

返事が重なって苦笑する。

光輝も苦笑しつつ二人の後を歩いて行った。

「じゃあ作ろうか。」

「はい!」

手を握られて引かれる。抵抗せずに静香についてリビングへと向かった。


キッチンに立って自分のエプロンをつける。

別に必要は無いんだけど、お気に入りだから気分は上がる。

「エプロン…。」

静香がぼぉっと俺を見る。

「つけたい?母さんのならあるけど。」

何となく捨てることができずに残している物がある。彼女につけてもらえればきっと母さんも放置されてるエプロンも喜ぶだろう。

「えっ!?いいんですか…?そんな大事な物を私がつけて…。」

「勿論だよ。ちょっと待っててね。」

一応洗っていたから綺麗なはずだ。

部屋からとって戻り手渡す。

静香は大事そうに受け取って身につけた。

「じゃあ野菜の皮剥きからしようか。」

「はい。」

ピーラーの使い方を説明して皮剥きを返しすると難しいのか静香は何度かジャガイモを落とす。

慣れないうちは大変だろうと思っていたけれど段々と表情が暗くなる。

それを見て俺は一つ思いついて彼女の後ろに回ると手を添えた。

「あっ…。」

「手元に集中して。手を切ったら危ないからね。」

こくこくと静香が頷く。

「懐かしいな。俺が初めてジャガイモの皮剥きをした時にこうやって母さんが教えてくれたんだ。下手くそでさ、何回も落としたよ。手も切りそうになるし、でも母さんがこうやって優しく支えてくれて覚えたんだ。」

「素敵な思い出ですね。」

「あぁ。大事な思い出だ。」

そのまま無言で剥き続けて最後の一つを剥き終わる。

至近距離で目が合う。大きくて綺麗な瞳に目が奪われる。お互いの息がかかる。甘い匂いがしてドクンと心臓が跳ねてそっと離れた。

「ごめん。嫌だったよね。」

「そんなことありません。私にとっては至福の時間でした。」

何だそれと苦笑すると視線を感じた。

千紗がニマニマとこちらを見ている。

リビングを見ると光輝と亜美がトランプタワーをしているのが見えた。

「見てたのか?」

「勿論!ラブコメの匂いがしたからね!」

「いや、セクハラだったよ。失敗した。次からは気をつける。」

頭を掻く。訴えられたら負ける。

「それはダメ!今のは私の大事な時間です!」

静香が俺に抱きついて千紗をうーと威嚇する。

「あははー!ごめんて!じゃあ仲良くねー!」

パタパタと去っていく。俺はどうしたらいいか分からずに苦笑する。

「えっと…続けようか。」

「はい。次は人参です。また…お願いします。」

意識するとやりづらいがピーラーは刃物だ。やり始めれば集中してあまり気にならなかった。


「ジャガイモは細かくと大きめに切る。乱切りにね。細かく切る理由は溶かす分を作りたいんだ。ウチはドロドロ派が多くてね。サラサラにしたいなら溶けないようにカドをとって大きめに切ったほうがいい。そっちの方が溶けにくくはなる。人参は亜美が苦手だから擦りおろす。」

こくこくと頷きながら静香はメモをする。

「鶏肉は皮を剥がしてなんとなくで切る。あんまり気にしなくていい。玉ねぎも擦りおろす。これも亜美が食べやすいようにだね。」

チラリと静香を見ると真面目な顔で俺の手元を見ていた。

フライパンを取り出して少量の油とバターを入れて火にかけて、鶏肉を焼く。

「これくらいの焼き色になったら圧力鍋を取り出して他の材料と水を入れて煮込みます。」

「成程。分かりやすいです。」

因みに圧力鍋は扱いに気をつけてな。

「まず火をつける。このおもりが揺れ始めたら火を弱める。蒸気が出てきたら火を止め、圧力が下がるまで放置。」

静香は成程とメモをしている。放置の段階に入ったので次の料理に取り掛かる。

「カレーはそんなに難しくないよ。次に鳥の皮を使って皮の唐揚げを作るよ。」

「はい!」

いい返事だなぁと思いながら準備をする。

「今日は時短にするから唐揚げ粉を使おう。」

たまに使っている唐揚げ粉に水を入れて溶かす。その中に一口サイズに切った皮を漬け込む。

肉部分はないからそんなに時間は必要ないだろう。

「少し空き時間があるけど、現状で質問とかあるかな?」

「大丈夫です。」

こういう空き時間にはいつも座って本を読んでいるが今日は静香がいる。

椅子を二つ用意して手招きをすると隣に静香が座った。タイマーを15分にセットする。このタイマーがなったら皮を揚げるためだ。

「今日はお二人は泊まっていくんですか?」

「そうだね。今日、明日と来週。あと金曜日はたまにこういうこともあるかな。人が多いと考える時間も少なくなるし、正直助かってる。」

人の家でいちゃいちゃされるのも困るけどねと苦笑する。

「じゃあ…私が泊まってもいいんですか?」

「それは良くないんじゃないかな。君のご両親だって心配するだろう?あの二人はカップルだし、家族公認だ。俺も彼らの両親とは会わされて、任されてるから。」

二週間前の事だ。彼らの家族と俺と亜美で日曜日にバーベキューをした。中々濃い1日だったと遠い目をする。

「親の許可…。」

ぼそっと呟いて立ち上がると静香はキッチンを出て行った。俺はその背中を見送る。

タイマーがなるまで時間もある。

ぼおっとしてるとパタパタと音がして、ちょっと不満げな顔をしながら静香が俺のところに来る。するとずいっと携帯を差し出してきた。

画面を見るとお母さん、通話中の文字が見えた。冷や汗が流れ、震える手で受け取る。

「はい。」

『今晩は。佐藤智己さんですか?』

「今晩は。佐藤智己です。初めまして。娘さんにはお世話になっております。」

どうしたらいいねんと思いながらとりあえず対応する。

『こちらこそお世話になっております。大変ご迷惑をおかけしているようで誠に申し訳ありません。』

「いえ。寧ろこちらの方がご迷惑をかけております。妹が懐いてしまいまして、つい頼りにさせて貰ってます。」

とりあえず掻い摘んで現状と俺のことを話すことにした。それが一番早いだろう。

『成程…。ご両親が…。それは辛い出来事でしたね。そんな大変な状態で我が娘がご迷惑をおかけしていることを心苦しく思います。甘やかして育ててしまいましたので一人暮らしも反対はしたのですが、これも成長の糧になると送り出した次第で、結果貴方にご迷惑をかけて申し訳ありません。』

「いえ。彼女は妹の事を大事にしてくれています。迷惑などと思いません。これからも仲良くさせていただきたいです。」

亜美のためにも女性の友人は大事にしたい!今後困ることが必ずあるはずだ。服とか下着とか色々!

『そうですか。では不出来な娘ですが末長く大事にしていただけると大変嬉しく思います。甘やかしてはおりますが、頑張り屋なので家事以外はとっても優秀かと思います。わがままも言わない子です。』

「はい。こちらとしても仲良くしていただければと思っています。」

『貴方を信用できる方と見込んで娘をお願い致します。そちらに伺うこともあると思いますのでその際はまたお話しさせてくださいね。』

「はい。その際は是非。」

なんとか乗り切ったようで一息つく。

『では泊まりを許可いたします。ですが節度ある付き合いをお願いしますね。』

勿論手を出す気などない。節度ある友達の距離感は必須だ。

「はい。勿論です。」

『では娘と変わってください。』

「はい。失礼します。」

携帯を返すと彼女の顔が笑顔になってはにかんだ後、真っ赤に染まった。その反応に首を傾げて立ち上がり、圧力鍋の中を確認する。うんいい感じだ。

「えっと突然すいません。」

「大丈夫だよ。じゃあカレーを仕上げるね。」

こくこくと静香が頷く。

「ウチはルーを甘口、中辛の半分ずつ使う。ケチャップ、ソース、牛乳を隠し味に入れて少し煮たら完成。」

味見用に小皿にとって差し出す。

「美味しいです。」

顔が綻ぶ。良かったと胸を撫で下ろして油を加熱する。電話で後回しになってしまったので、さっさとすませなければ。

「揚げ物は今度教えるからね。」

「はい。料理の最中にすいませんでした。」

しゅんとする静香の頭を優しく撫でる。なぜだか彼女の悲しむ顔は見たくなかった。

「お皿の準備をして皆を呼んできて。」

「はい。任せてください!」

パタパタと駆けていく。その間に次々と揚げていく。静香が戻ってくる。

「声かけてきました。お皿はこちらでいいですか?」

静香が深めの皿を持って聞く。

「うん。ありがとう。冷蔵庫から適当にサラダを出してもらっていいかな?」

「はい!」

こうして料理の準備をしてると夫婦みたいだなと思ったが、俺なんかが彼女に釣り合うわけもないので頭を振って打ち消した。


食事が終わって洗い物をしていると千紗が近づいてきた。

「あれ?どうしたの?光輝は?」

「私が先に行って、今こーちゃんがお風呂に行ったよ。後に入られるのはちょっとってしーちゃんが。」

成程。そういうことも気をつけないといけないのか。昨日普通に入っちゃったよ。

「そっか。亜美と静香は?」

「二人で絵本読んでる。だから私が来た!寂しいかと思って?」

「別に寂しくはないけど少しは手伝ってよ。」

「りょかいです!」

ビシッと敬礼する千紗に苦笑する。


「智くんは夢とかある?」

皿を拭いていると突然そんなことを言われて少し驚くが頷く。

「夢というか目標かな。うん。あるよ。だから努力してる。」

「へぇ。いいよね。夢がある人。私はこーちゃんのお嫁さんになること。他の人と比べたら夢と言えないかな。」

はははと笑う。なんだか珍しい。

「夢は人と比べるものではないと俺は思う。でかいとか小さいとか比べること自体が間違ってるんじゃないかな。だって君は光輝の隣にいるために努力していつも輝いてる。その努力は誰であろうと笑う権利はないよ。」

俺がそう言うと千紗が少し驚いた顔をして微笑んだ。

「やっぱり君はこーちゃんの次にいい男だ!」

そう言って抱きつかれる。なんだか同年代の妹みたいだと苦笑する。引き剥がす方が面倒なので皿をそのまま洗う事にした。するとパタパタと音がした。

「ちょっと千紗!離れてください!」

「えー。いいじゃん!友情のハグだよ?コミュニケーションだよ?私達お互いにそういう興味ないから。」

「うん。全くない。」

感情も動かずに皿を洗い続ける。

「見てよこの無感情!完璧な無だよ!?」

「でもダメです!彼に抱きついていいのは第一に亜美ちゃん、次点に私です!」

そこで亜美の名前を先に出す彼女には花丸をあげようと思う。

ギャーギャーと女子二人が言い合い、亜美はきゃっきゃっと笑う。すると光輝が戻ってきた。

チラリとこちらを見て苦笑している。

「すまん、片山。そいつのそれは癖なんだ。気に入ったやつにしかしないから。抱きつくと安心するんだってよ。」

「貴方は彼氏としていいんですか!?」

「智己ならいいよ。見ろよこいつの顔。マジで無感情じゃん。君に抱きつかれた時は顔を赤く染めるのにさ。」

ククッと笑う。痛いところを突かれた。

何故かわからいけれど勝手に心臓が反応するんだから仕方ないだろ。

「仕方ないだろ?君の彼女は俺にとって恋愛対象にはならないんだから。」

そう言うと何故か静香の顔が真っ赤に染まる。首を傾げるとお風呂に行ってきますと亜美の手を引いて行ってしまった。

先に行かれるとまた俺が後になるんだけどと突っ込む時間もなかった。

「今のは破壊力すごいな。」

「クリティカルだねぇ。」

「よくわかんないけどこれで終わり。宿題やろうかな。」

動き出すと2人が立ちはだかる。

「なんだい?」

『教えてください!』

声が揃う。

「良いけど丸写しはダメだよ?」

『勿論だ!(です!)』

本当に仲がいい。仕方ないなと俺は苦笑した。


亜美を静香に任せて、横になって経営の本を読んでいるとノックの音がした。

どうぞと声をかける。

ドアが開いて静香が入ってくる。ネグリジェはスタイルが強調されており、少し扇状的で見惚れてしまい頭を振る。

これは反則だ。本当に良くない。少し冷静になって一息吐くと今まで通りに目を合わせる。

「どうしたの?」

「ちょっと一緒にいたくて。ダメ…ですか?」

「いいよ。」

体を起こすとベッドに乗ってきて体を寄せてきた。俺に懐いてるとはいえこれはよくない。

「あの…無防備すぎない?一応俺も男なんだけど。」

「貴方にしかしません。」

「そ、そっか。」

いやそういう話じゃないんだけどね!?

「私も貴方に何かをしたいと考えてたんです。でも何も思い浮かばなくて…。だからこうして直接癒しに来ました。」

そう言って頭が柔らかい感触に包まれる。

何が起こってるか分からずに混乱する。

次第に抱きしめられて胸に顔が埋まっていることに気づく。良くないのに動けない。

とくんとくんと心音がして眠くなってくる。

頭が優しく撫でられる。昔、こうして母さんに抱きしめてもらったことを思い出す。

「貴方はいつも頑張ってる。だからゆっくり休んでください。」

声が出せない。眠くて意識が落ちていく。そのまま意識を失うように眠ってしまった。

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