変化する日常と友人との帰り道
目覚ましの音で目を覚ます。
週の終わりの金曜日。今日行けば休みだ。
一つ欠伸をして体を伸ばすと目が覚めてくる。
朝は忙しい。弁当を作って朝ごはんを作らなければいけない。
亜美はすんなり起きないので、6時半にはいつも声をかける。だから5時に起きても1時間半しかない。一応静香に部屋にくれば朝ごはんを提供するとメッセージを送っておいた。
昨日はバタバタしていて仕込みをしていなかったから、冷凍していた筑前煮を解凍する。
一口食べると味がよく染みていて美味しかった。きっと喜んでくれるだろう。
だし巻き卵を作って詰めているとガチャリと扉が開く音がした。
亜美は起こさないと起きないのでこの時間に来るのは一人しかいない。
時計を見ると6時15分。ホットサンドも下拵えはしてあるので後は焼くだけだ。
「おはよう。静香。早いね。」
「おはよう。と、智己くん。」
カーテンの隙間から差し込む光に静香の顔が照らされる。昨日とは違って少し唇が光っているように感じた。
母さんが女性を褒められる男になりなさいと言っていたのを思い出す。
「リップかな。綺麗だね。」
いやらしくならないように微笑む。すると真っ赤になってはにかんだ。とても可愛い。
「あ、うん。ありがとう。えっと…亜美ちゃんは?」
「まだ寝てるよ。」
「私、起こしてこようか?」
思わぬ申し入れに顔が綻んでしまう。
「じゃあ頼んじゃおうかな。扉にプレートがかかっているから。」
「わかった。」
リビングから出ていく背を見送って、俺はホットサンドを焼き始めた。
「ご馳走様でした。とても美味しかった。」
そう言って微笑む静香があまりに綺麗で頬をかく。
「そうでしょ!?にーにのご飯は世界一だから!」
「ええ。世界一ね。」
そう言って笑い合う二人を見ていると幸せを感じる。両親がいる時は母さんと亜美が同じ会話をしていたからだ。
片付けをしようと立ち上がると手伝うわと静香が立ち上がる。
なんだか申し訳ないけれど、お言葉に甘えることにして二人で並んで洗い物をする。
甘い香りがして少し緊張する。会話は無かったが何故か居心地は悪くなかった。
洗い物が終わり、準備をすると亜美がパタパタと足音を立てて近づいてくるのがわかった。
「準備できた!」
「うん。偉いね。」
頭を撫でると亜美が笑顔になる。時刻は7時45分。そろそろ出る時間だ。
「行こうか。」
静香に声をかけると彼女も頷く。
出る前に弁当箱を手渡した。
「ありがとう。」
「残り物を詰めただけだから申し訳ないけれど…。」
「いいえ。とっても嬉しいわ。」
微笑んで受け取ってくれて安心する。
マンションを出て別れを告げようとすると亜美が静かな手を握っていた。
それを見て苦笑する。
「亜美。お姉ちゃんは逆方向だから。」
「そっか…。」
寂しそうな顔をして離れた手を、何故か静香が繋ぎ直した。
「一緒に行くわ。」
「本当!?」
静香が微笑んで頷き、亜美の頭を撫でる。
「いや遅刻するかもしれないし…。」
「その時は一緒に怒られましょう。」
そんな事を言われたら断ることもできない。
「次回からあと10分早く出よう…。」
頭を振って諦めた俺を見て二人は笑った。
笑顔でかけていく亜美を見送り、俺達は並んで歩き出した。
自転車登校をしている生徒たちが何故か俺たちを二度見する。その姿に首を傾げた。
「私、もう何回も告白を断ってるから。貴方もでしょう?」
そういえば3回くらい告白された気もする。亜美の事もあるし断った。
俺が3回なら隣の子は二桁以上だろう。
「ごめん。噂になっちゃうかもね。否定しといてくれたらいいから。」
静香は少し悩んでから俺の手を握った。
柔らかな感覚にドキドキしてしまう。
「えっと…どうしたのかな?」
「迷惑なら離してくれてもいい。けど私はこうしていたいわ。」
そんなことを言われたら離せない。
要は恋人のフリの適役に選ばれたのだろう。
彼女は男性嫌いだと聞いたし、俺は彼女を作るつもりがない。ならこれも利害の一致だ。
俺は少しだけ力をこめる。チラリと見ると彼女は耳まで真っ赤にしてはにかんだ。
「おい、お父さん。お前やったのか?」
小声で光輝が話しかけてくる。
「何もしてないよ。」
そう言って光輝の口に筍を放り込んでやった。
「美味っ!!なんだこれ!芯まで味が染みてやがるじゃねぇか!」
「そうだろう?しっかり煮込んだ後に寝かせて冷凍してるからね。」
「パパ、パパ!私には!?」
顔を近づけてきて口を開ける姿に苦笑する。
いや君の口に俺が放り込むのは不味いだろう。
すると隣に座っていた静香が千紗の口に放り込んだ。
昼休みの開始時に静香は俺達のところに来た。
いつも一人の彼女がそんな行動を取ったのでクラスがざわつく。だが今朝の件が既に噂になっていたので騒ぎにはならなかった。
「美味しい!天才!世界一!そしてまさかの愛妻弁当!」
「愛妻って…だから俺は男だから…。」
千紗が俺に近づこうとすると静香が間に入る。そして俺に椅子を近づけた。
「しーちゃん!?」
「この人は私のだから…。」
ぼそっとつぶやくような言葉だったが、彼女の透き通る声は思ったよりも響いてクラスがざわつく。
どうやら本格的に懐かれてしまったらしい。
「こーちゃん!パパが取られた!」
千紗がガーンと口を開けて光輝に抱きつくと光輝が苦笑しながら頭を撫でる。
「で?何があったんだよ。」
小声で光輝が聞いてくる。
「うーん。わからない。多分だけどギブアンドテイク?利害の一致?」
昨日と今朝の一連を掻い摘んで話すと光輝が呆れた顔をした。よく分からない。
「まぁいいや。馬に蹴られたくないし。だけど俺たちは三人で行動することが多かったけど、4人になりそうだな。」
「まぁそうだね。賑やかでいいんじゃない?」
「何を話しているんですか?」
光輝と二人で話していると何故か静香がジト目を光輝に向けている。光輝は耐えられなかったのか、視線を自分の彼女にうつした。
「まぁまぁ。特に中身のない会話だよ。」
間に入ると静香がそうですかと俺に微笑む。
「距離近くないかな?」
もう肩と肩が当たりそうな距離だ。
「千紗の距離感よりはマシだと思います。」
まぁ確かに。そう考えると問題はないかと納得する。
「千紗は気に入った相手に抱きつく習性があるからな。って言っても俺と智己と家族くらいだけど。」
光輝がそんなことを言う。確かに後ろから突然抱きしめられたことが何度かある。
「パパは料理のいい匂いがするからね!それに謎の安心感があるから身の危険もないし!」
まぁ確かにこの子に欲情したことはない。自分でもよくわからないけど今はそういうのを求めてないからかもしれない。
ふと思って何か違和感を感じるがまぁ気のせいだと頭を振る。
「着替えてから朝ごはん作ってるからなぁ。そんなに匂う?」
「いい匂いです!」
「そっか。ならいいか。」
目線を弁当箱に移すと体に重みがかかる。
「食べ辛いんだけど…。」
声をかけるとぎゅーと力が籠る。ちょっとドキッとしたが、苦笑して筑前煮を口に運ぶ。
まるで懐いた犬みたいだなぁと思っていると目の前の二人がニヤニヤとこちらを見る。
「どうしたの?」
「いや、お前。これってつまりやき…ひゅ。」
言葉の途中で何故か詰まって息を吸い込む光輝に首を傾げる。
「い、いや。なんでもねぇわ。」
いつもは思ったことを素直に言うやつなのに珍しいと思っていたら千紗が苦笑した。
「ま、まぁパパにも色々あるよね。はは。そうだ今度の中間テストの勉強会いつにする?」
そういえばと思い出す。泊まりで勉強会をする予定だったのだ。二人が亜美と会うのは3回目だが、二人にも懐いているので俺から提案した。
「テストが再来週だから今週の土日か来週かな。金曜の放課後から土日の2泊3日でもいいけど、どうする?」
「当然2泊3日一択だよ!二週連続で!」
「そうだな。俺の赤点を回避させてくれ。」
つまり今日泊まりに来るのか。
うん。こちらとしても問題はない。賑やかなのは好きだ。二人には空いてる一部屋を提供すればいいし、カップルなら問題ない。まぁそういう事を始められると少し困るけど、声を出さないようにしてくれるなら目を瞑ろう。
「じゃあ19時頃にきてよ。それまでにご飯作っとくから。」
「はーい!」
「頼むぜお父さん!」
二人の反応に苦笑する。
「2泊3日…。」
ぼそっと呟く声が聞こえる。
「静香もくる?部屋は空いてないけど、隣だし問題ないよね?」
「は、はい!参加します!」
大きな声にクラスの視線がこちらに向く。静香は真っ赤になって俺の腕に顔を埋めた。
彼女は小テストでも優秀な成績を取っている。
講師役が俺だけなので助かる。光輝はマジで危険域だし。そんな事を考えていると予鈴がなり、急いで弁当をかきこんだ。
放課後になって俺達はまた手を繋ぎ歩いていた。彼氏役というのはよく分からないが、こうして並んで歩くくらいしかしてあげられることもない。
気恥ずかしいが、彼女は美人だし役得だ。何より亜美はこの子が大好きだ。
毎日困ってる人に会うこともないので、今日はすんなりと家に着いた。
部屋の前で手を離すと着替えて来ますと部屋の中に入る彼女を見送った。
俺も部屋に入るとパタパタと足音が聞こえて、走り込んできた亜美を抱き止める。
「おかえりにーに!」
「ただいま。」
頭を撫でるとキョロキョロとする。
「ねーねは?」
静香さんの事だろうと思って着替えてから来ることを教えてあげると笑顔になった。
俺も部屋に戻って着替えることにした。
着替えてリビングに行くと既に二人がトランプを始めていた。
買い物に行くために財布を手に取る。
「今日の晩御飯は何を食べたい?」
二人に声をかけると亜美がカレーと元気に声を上げる。静香も頷いた。
基本の料理としては悪くない。
時計を見ると16時。自転車で買い物に行って、30分で帰宅して、圧力鍋を使えば19時には完成する。
冷蔵庫を確認すると肉は無かった。
野菜は一通り揃っている。亜美はチキンカレーが好きだから鶏肉でいいだろう。
ルーは買い置きがある。丁度値下げがされる時間である事を確認して二人に声をかけた。
「鶏肉だけ買ってくるよ。二人は留守番してもらっていいかな。静香も申し訳ないんだけど亜美を頼むよ。」
「わかったー!」
「わかりました。気をつけて行ってきてくださいね。」
微笑んで家を出る。買い物の為に買った自転車でスーパーに向かうのだった。
「鶏ももが100gで88円。10%オフか。安い。切るのは面倒だけど買いだな。」
カゴに入れて振り返ると見知った二人がニヤニヤと俺を見ていた。二人ともリュックを背負ってる。19時に来るように言ったのに早い。
「あれ?もう来たの?」
「あぁ。見上げにお菓子と飲み物を買いに来たら見かけてな。そしたら肉の前で暫くぶつぶつ言ってたから眺めてた。」
「パパー!今日のご飯はー?」
「外でパパはやめなさい。今日はチキンカレーだよ。食べれる?」
『好物だ(です)!』
二人の声がはもって苦笑する。
「その荷物は一度帰ったんだよね?両親には伝えたの?」
『言った(よ)!』
いちいちハモる。仲良すぎかよ。会計を済ませた俺達は3人で家路を辿る。
「氷の姫さんは部屋にいるのか?」
氷の姫?何の話かわからず首を傾げる。
「しーちゃんの事だよ。男子に氷点下の視線を向けるから、誰がつけたか氷姫。ウチのこーちゃんなんてタジタジよ。」
「何もしてねぇのにな…。」
「たぶん智くんに近すぎるからだね。ちょっと独占欲が…パナイね!」
そんな視線を向けられたこともないので彼女のイメージに合わない。
「今は亜美とお留守番してもらってる。優しい子だよ?いつも微笑んでるしね。独占欲っていうのはよく分からないな。俺が家事を教えて向こうは亜美と仲良くする。ギブアンドテイクの関係だよ。」
はぁと二人ともため息をつく。仲良いなぁ。
「まぁ1ヶ月しか一緒にいないけど、お前のことはなんとなく理解してるよ。頑張れよ。」
「うん。そうだね。頑張ってね、パパ。」
なんだかよくわからないけど応援される。
どうせ聞いても教えてくれないしいいかと思って放置するのだった。
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