日常とお隣さん

「よう。お父さん。今日のご飯はなんだい?」

「パパー!恵んで!」

チャイムの音が鳴り、弁当を広げていると二人の生徒が近くによってくる。

この1ヶ月で仲良くなった間宮光輝(まみやこうき)と鈴木千紗(すずきちさ)のカップルだ。

二人は幼馴染らしい。

光輝は長身でバスケがとても上手い。そしてイケメンだ。スポーツ推薦で入学したらしく、次期エース候補らしい。

人当たりがよくスクールカーストでもトップ。何故かわからないがこうしていつも一緒にいる。

俺は別にスクールカーストのトップじゃないので理由はよくわからない。

千紗はハーフで金髪の女の子。スタイル抜群でクラスでも人気が高い。だが光輝という彼氏がいるので手を出す人はいないようだ。

明るく、活発。誰にでもとりあえずニックネームをつける悪癖がある。俺のニックネームがパパってなんだ。ふざけていない時は智くんと読んでくるからまぁいいか。


俺が通っている世駿高校(せいしゅんこうこう)は県内トップの進学校で同じ中学の人がいない。だから二人にはとても助けられている。

「君たちのお父さんではないけどね。どうぞ。特に厚焼き卵は自信作だよ。」

差し出すと二人は一つ手にとって口に入れる。

「美味い!」

「ほんと!お金取れるよ!」

「ありがとう。ポイントは白だしの割合でね。ウチは甘い卵焼きじゃなくしょっぱい卵焼きなんだ。この味を出すのに苦労したよ。」

「ほんと凄えよ。頭も良くて顔もいい。優しくて料理もできる。いい嫁さんになるな!」

「ほんとほんと!!」

二人の言葉に苦笑する。

「俺は一応男なんだけど?」

「まぁわかってるんだけどさ。」

「所帯染みてるんだよねぇ〜。」

そう言われたらそうなのかもしれない。

料理は好きだし、家事も嫌いじゃない。

母さんに聞いて必死に覚えたから。

ウチの両親は子煩悩で俺達は甘やかされて育ったけれど、忙しい両親の助けになりたかったのだ。

「あっ!しーちゃーん!」

千紗さんがパタパタとかけていき、一人の女生徒に抱きつく。そして手を引いてこちらに歩いてくる。

片山静香(かたやましずか)さん。

お隣さんだ。学校では話したことはないけれど、顔を合わせれば世間話くらいはする。

お隣さんとは仲良くしたい。妹のためにも。

「やぁ片山さん。こんにちは。」

「ええ。こんにちは佐藤くん。」

お互い目をまっすぐに見て微笑む。

普通に挨拶しただけなのにクラスがざわつく。

「えっ?なに?」

光輝に小声で聞くと何故か顔が引き攣っていた。何だろうと首を傾げる。

「ねぇ、しーちゃん!パパの卵焼き美味しいんだよ!一緒に食べない!?」

「パパ…?」

「だから君達のパパじゃないんだよ。良かったらどうかな?」

差し出すと少し迷った後に一つ口に入れた。

目が見開かれて驚いた顔をされる。口に合わなかっただろうか。

「美味しい…!」

「そう。よかった。今日は特に上手くいったんだ。」

「そ、そう。佐藤くんは料理が得意なのね。」

「家事全般得意だよ。」

俺の言葉に何か考えるように手を顎に当てる。

「そう…。ご馳走様。そうだ。今日の放課後はお暇かしら。」

首を傾げる。特に予定はないけれど、遊ぶのは難しい。

「亜美と部屋にいるよ。」

「わかったわ。18時。ご飯を作らずに時間を空けといてもらえるかしら。」

「わかった。」

なんだかよくわからないが頷く。片山さんの一言でまたクラスがざわついた気がした。しかし片山さんはくるりと振り向いて去っていった。

「お、おい。お前は片山さんとどういう関係なんだ?」

光輝の顔が近くて苦笑する。

「どういう関係?そうだなぁ…お隣さんだよ。たまたまね。妹の亜美とはよくベランダで話してるみたいだけど、俺とは世間話くらいしかしないかな。」

「なるほど…。あの片山が…。」

「しーちゃんは男嫌いだからねぇ。」

男嫌い?普通に話せる人だけど。

あぁ。お隣さんだから波風を立てたくないのか。うん。わかる。俺もそうだ。

「いい人だよ。亜美が楽しそうで助かってるんだ。今度亜美の服を買いに行く時は意見を頼みたいと思ってる。迷惑じゃなければだけど。」

男の俺ではその辺が不安だ。そして基本異性が苦手な俺には千紗か片山さんしかいない。

「怖いもの知らずだなぁ…。」

「だって怖くないだろ?綺麗な目だし、いい人なのは間違いないよ。」

「智くんは真っ直ぐに目を見て話すよね。いやらしい視線も向けない。だからクラスの女子からポイント高いよ?どう?彼女を作ってみたら?」

少し考えてから首を振る。彼女に使う時間はない。せめて亜美が高校生になるまでは…。

「そういうのはあと10年は要らない。亜美を一人には出来ないから。もし付き合うなら亜美を第一に考えてくれる人じゃないと。」

二人には事情を話している。遊びに誘われても断るのが心苦しいから話したのだ。

「ふぅん。そっか、そうだよね!」

千紗が何か意味ありげに笑った。

なんだか気になるけれど、予鈴が鳴ったので俺は急いで弁当を食べた。


授業が終わって部活がある二人に別れを告げる。靴を履き替えて校門を出る。

しばらく歩いていると泣いている男の子がいて駆け寄った。

「どうしたんだい?お兄ちゃんに手伝えることある?」

しゃがんで目線を合わせて微笑むと、迷子であることを教えてくれた。

「迷子という事は家の場所は分かんないんだよね?よし、お兄ちゃんが交番に連れて行ってあげる。」

「ありがとう。」

差し出した手は握られて二人で歩き出す。

「何年生?」

「1年生。」

「そっか、そっか。学校は清涼(せいりょう)小学校かな?」

「うん。なんでわかったの?」

「妹が通ってるんだ。2年生。佐藤亜美っていうんだけど知ってるかな?」

「知ってる!足早い子!」

確かに亜美は足が速い。その速さは有名で、去年の運動会でもぶっちぎりだった。

「一年生なのによく知ってるね。俺は佐藤智己。君は?」

「神崎遼(かんざきりょう)!」

「遼くんか。いい名前だね。」

「へへ。」

うん。やっぱり子供は素直で可愛い。

「佐藤くん?」

ゆっくりと歩いていると後ろから声をかけられる。振り向くと片山さんがいた。

「やぁ、片山さん。奇遇だね。」

「え、ええ。その子は?」

目線を下げると遼くんは俺の陰に隠れていた。

「迷子らしくてね。今から交番に行くんだ。申し訳ないんだけど、亜美に事情を話してもらっていいかな?」

俺がそう言うと片山さんは頷いた。

彼女は帰ると亜美とベランダでお喋りをしているから、ついでに話してもらえると助かるなと思ったのだ。

「それはいいけれど…貴方は本当にお人よしね。そんな事をしていても自分の時間が減るだけよ?」

言い方は悪いけれど、彼女が俺を心配してくれてるのはわかった。こうして何度か人助けをしているときに何故か彼女に遭遇しているから、こういう場面を見られるのは初ではない。

「そうかもしれない。だけどね、それでも俺は偽善を続けるよ。大事な約束なんだ。優しい人間でいたいんだよ。」

目線を下に向けて遼君の頭を優しく撫でる。

顔を上げると片山さんが俺の事を優しい目で見ていた。夕日のせいかその頬は赤く染まっている。綺麗だなと思った。

「じゃあまた後で。18時には家にいるから。」

「うん。また後でね。佐藤くん。」

俺達は別れて歩き出す。交番まで連れていき、親が来るまで遼君と遊んだ。

何度もお礼を言う親御さんは汗だくで、相当急いできたのがわかったので気にしないでくださいと伝えた。

時計を見ると17時半。約束まで30分しかない。俺は急いで家に帰るのだった。


扉を開けると話し声が聞こえた。

いつもより声が近い気がしたけれど約束の5分前なのでもう来てるのかと納得した。

リビングへと続く扉を開ける。

この部屋は3LDK。リビングと3部屋。大きめのお風呂もある。高校生が住むような部屋ではない。おじさんのおかげだ。

リビングには私服の片山さんとトランプをしている亜美がいた。

「ただいま。遅くなってごめんね。」

「お帰り!にーに!」

「お帰りなさい。佐藤くん。」

二人に挨拶されて微笑む。

「片山さん。亜美のこと見てくれてありがとう。着替えてくるから待ってて貰っていいかな?」

「ええ。私も楽しいから気にしないで。それにお願いもあるし…。」

お願い?何だろう。彼女の力になれる事が自分にあるかはわからないけれど、とりあえず着替えることにする。

亜美の頭を撫でると部屋に向かった。


「私に家事を教えてください!お金は出します!今部屋がやばいんです!」

ガバッと頭を下げられる。俺はその姿に苦笑した。やばいって言うくらいだから切羽詰まっているのだろう。

「お金は要らないよ。その代わり、今後も亜美と仲良くしてほしい。そして今度亜美の服を買う時に意見が欲しいんだ。ダメかな?」

俺がそう言うと片山さんが顔を上げて頷く。

でも家事を教えるなら家に出入りすることになる。年頃の男女だし、一応ウチの事情は話したほうがいいかもしれない。

そう考えたが、俺は先ず晩御飯を作ろうかと誘うのだった。


「何を作るの?」

「今日はオムライスにするよ。包む以外は簡単だから見ててね。」

「うん。」

人に見られるのは慣れないけれど、家事には料理も含まれる。いきなり一緒に作るより、見て覚えて貰うのも大事だ。

俺も最初は母さんに目の前でやってもらった。

分かりやすいようにゆっくりと説明しながら鶏肉、人参、玉ねぎを切る。

「オムライスの個人的なポイントはソースを先に作ること。」

トマト缶をボウルに開けて、にんにく、醤油、コンソメ、砂糖、ウスターソース、蜂蜜を加えて弱火で煮詰める。

もう一つのフライパンで材料を炒め終わる頃にはソースが完成していた。

ご飯を入れる前に適量をとって材料とソースを絡めてバターを解かす。そしてご飯を入れて、ソースとご飯を馴染ませる。

「これでチキンライスは完成かな。」

「す、凄い…。」

メモを片手に片山さんが生唾を飲む。普段何を食べてるんだろうと心配になった。

「次からは一緒に作ろうね。」

「うん。お願いします。」

その時パタパタと亜美が近づいてきた。

「にーに!宿題できた!」

「うん。偉いね。」

頭を撫でるとえへへと笑ってパタパタと走って行った。

「仲が良いわよね。」

「あぁ。たった一人の肉親なんだ…。」

ぽろっと口にして、しまったと思った。案の定、俺の言葉に片山さんが動揺しているように見えた。

「後で全部説明するよ。とりあえず完成させちゃおう?」

「え、ええ。わかったわ。」

と言ってもあとは包むだけだ。

「卵は2個。牛乳を入れると綺麗にふわふわになりやすい。バターを溶かして卵を軽く掻き混ぜながら火を通す。チキンライスを入れたら、包んでお皿にひっくり返す。オムレツを作って乗せるのもあるけれど、こっちの方が楽だと俺は思う。人によるけどね。まぁでも今度一緒に練習しようね。」

「うん。わかったわ。」

微笑んで手早く残りの二つも作ってテーブルに運んだ。亜美の分は小さめだ。

『いただきます。』

三人で手を合わせる。

一口食べると片山さんが笑顔になる。

どうやら口にあったらしい。その笑顔を見て俺と亜美も笑顔になった。

片付けをしたら片山さんが亜美とお風呂に入ってくれるというのでお湯を張ってお願いした。

その間に宿題を済ませる。

「お風呂いただきました。」

「にーに!」

暫くすると二人が戻ってきて、亜美は俺に抱きついてきた。その頭を優しく撫でる。

「ありがとう。片山さん。助かったよ。」

お礼を言うと片山さんの頬が赤く染まる。お風呂上がりだからだろうか。

「し、静香でいいわ。と、智己くん。」

少し照れながら言う片山さんはすごく可愛いと思った。

「うん。ありがとう。静香。」

少し照れ臭いが名前で呼んでいいと言われたならそうするべきだ。

ふぁっと亜美が欠伸をする。

「ごめん。寝かしつけてくるから待ってて貰っていいかな?」

「わかったわ。私は一度部屋に戻って宿題をとってくるわね。」

「うん。わかったよ。」

「おやすみなさい!お姉ちゃん!」

「うん。おやすみ。亜美ちゃん。」

亜美を優しく撫でる静香の優しい瞳に少しドキっとしてしまった。

静香が出て行って頭を振る。勘違いは良くない。この関係は家事を教えて、亜美の事を相談するギブアンドテイクの関係だ。

それそれ以上でもそれ以下でもない。

俺は亜美を寝かしつけるために、亜美と共に寝室に向かった。


「お待たせ。」

声をかけると静香が顔を上げる。

「大丈夫よ。ちょうど終わったところだから。亜美ちゃんは大丈夫?」

「あぁ。寝つきはいい方でね。ぐっすりだよ。それじゃあ何から話そうか…。」

そう言って、全部話したほうがいいかと1から話したのだった。

全てを話し終えて顔を上げると、静香が涙を流していて少し慌てる。けど彼女は人の痛みに寄り添える優しい人だとわかって、なんだか嬉しくなった。泣いてる静香の頭をそっと撫でる。

「ごめんなさい…。辛いのは貴方達なのに、私…。」

「ありがとう。君は優しい人だね。傷は癒えていないけれど、今の生活も気に入っているんだ。寂しいけれど楽しいこともある。妹を立派に育てて、そして二人に胸を張れる人間になる。目標は明確だよ。基本は家にいるから、家に来てくれれば家事は教えてあげられる。」

「毎日来てもいいかしら。」

「勿論。そうだ、ちょっと待っててね。」

立ち上がるとキョトンとした顔で静香が俺を見る。少し可愛いなとクスッと笑って引き出しへ向かう。そして引き出しから合鍵を取り出して静香の元へと向かうと差し出した。

俺の手の上を見て恐る恐るといった感じに受け取ってくれた。

「いいの?」

「うん。買い物で遅くなる時もあるから、亜美の事を頼みたい。駄目かな?」

「ううん。喜んで。」

そう言って静香は嬉しそうに微笑んだ。

俺はその微笑みを見て嬉しくなってしまう。

亜美はきっと喜んでくれるだろう。

そう思うと感謝しかなかった。

やっぱり同性じゃないと分からないこともあるだろうし、頼りにさせてもらおう。

その後、連絡先を交換した俺たちはそれぞれの部屋に別れて、俺はお風呂に入る。

明日から亜美の笑顔が増えると思うと嬉しくて仕方なかった。


今日は色々あったなと思いながら、日課の経営学の勉強をしようと本を開く。

これはおじさんの影響だ。今は何もない自分だけど、いつか誰かを助けられる自分でいたい。

自分と同じ境遇の子を支援するのもありだ。

今の俺にあるのはこの頭脳だけだ。

昔から頭だけは良かった。完全記憶能力。どうやらそういったものがあるらしい。

一度見れば覚えられて、忘れることもない。この能力を活かせる仕事につきたいと思う。

目下の目標はおじさんだ。将来はおじさんについて世界を見て回るのもいいかもしれない。

携帯から通知の音がなって顔を上げる。

『連絡先を頂いたので連絡させて頂きました。初めてなので至らない点があったら申し訳ありません。』

文章が硬すぎて苦笑する。

『もっとフランクでいいよ。静香はお昼はどうしてるの?』

家事ができないと名言する彼女のお昼事情が気になって聞いてみる。

『フランク…わかったわ。お昼は購買のパンを食べてる。』

それでは栄養も偏るし、体にも良くない。押し付けがましいかも知らないが一つ提案することにした。

『迷惑じゃなければ弁当を作ろうか?』

『いいの?大変じゃないかしら…。』

『いいよ。一人も二人も変わらないから。』

『そう…。じゃあお願いします。今日はもう寝ます。また明日。おやすみ。』

『おやすみ。』

時計を見ると23時を回っていた。

弁当のこともあり、基本は5時起きなので俺も寝た方がいいだろう。そう考えて目を閉じた。

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