第14話
怨敵を糾弾するかのような叫びと共に、彼は上空から一直線に降りてくる。
「覚悟っ!」
引き締まった顔、真剣な目。
かつてはそちらがラナリスにとって当たり前だったはずなのに、妙に新鮮に見えた。
(笑っているのもいいが、やはりそうしていると格好いいな)
こんな場所で、そんなことを考える。
「来い、勇者!」
しかし、表面上ラナリスは完璧な『魔王』だった。
「おぉっ!」
「ぐっ……」
落下速度を伴って放たれたスナフの剣を、ラナリスの杖が受け止める。
一瞬拮抗、その後ラナリスの杖が折れた。
問題ない。
所詮は、『雑魚戦用』の杖だ。
引き換えにスナフの一撃を防いだのだから、上々とさえいえるだろう。
ラナリスは即座に魔力で剣の形を構築した。
その頃には既に切り込んできているスナフの剣を、魔力の剣で受け止める。
二合目三合目と、次々二人は打ち合った。
その度、衝撃や真空波が周囲を襲う。
しばらく打ち合った後、二人が離れる。
その頃には、周りの被害はラナリス一人が暴れていたときよりも甚大になっていた。
「……魔王、場所を変えるぞ!」
負傷者たちを庇う形で、スナフが立ち回る。
「お前の指図に従う必要はない」
冷徹な表情で、ラナリスは左手に魔力を集め始めた。
多少以上に使える者――つまりは、ここで戦っている者たち全般に当てはまる――ならば、わかるだろう。
ここにいる全員が即死するレベルの魔力だ。
「……と、言いたいところだが」
ふとした調子で言いながら、ラナリスは魔力を霧散させる。
「それを負けの理由にされてもつまらんからな。場所を変えてやろう」
「恩に着る」
スナフとラナリス、同時に跳んだ。
互いに牽制を行いながら、移動していき。
広場から街中、街をはずれ、やがて草原に達する。
「……なかなかの演技だったね」
周りに誰も聞いている者がいないことを確認して、スナフが普通の口調に戻った。
「お前ほどではないさ」
口調こそさほど変わらないものの、ラナリスの雰囲気も軟化している。
「来てくれて感謝する……嬉しさ半分、悲しさ半分といったところだ」
ラナリスは苦笑いを浮かべていた。
「半分、悲しみなんだ」
意外そうな口調ながら、スナフの表情はそうでないことを物語っている。
「あぁ」
頷いて、ラナリスは魔力を高め始めた。
付近に誰もいないとはいえ、それは誰もこの戦いを見ていないということではない。
恐らく、遠くから戦いの行方を見ている者たちがはずだ。
彼らに『魔王』の力の恐ろしさを十二分にわからせるためには、ラナリスの本気を見せるのが手っ取り早い。
しかしそのためには、本気を出すに値する相手が必要なのだった。
その点、スナフならば問題はない。
しかし、ラナリスは悲しげに微笑んだ。
「できれば、お前にはこの姿は見て欲しくなかったからな」
ある一点を境に、ラナリスの魔力が爆発的に高まった。
同時に、ラナリスの体が変態を始める。
比較的小柄だった体が、みるみる膨らんでいく。
肌は硬質化し、鱗に覆われていった。
瞳が爬虫類特有の縦に割れたものに変化し、大きく開いた口には鋭い牙が立ち並ぶ。
金色の鱗に護られた皮膚は硬そうだ。
一本一本が槍のような爪を有する太い手足が、四足で体を支えていた。
スナフでさえも、恐らくは絵本や伝説の中でしか見たことのないような存在。
ドラゴンと呼ばれる生物が、そこにいた。
「それが、君の本気の姿か」
魔族の中には、一定以上魔力を高めることで姿を変える者がいる。
人狼などがその例だが、ラナリスもそれに分類された。
とはいえ、ドラゴンに変態する者をラナリスも自分以外には知らない。
《醜い姿だろう?》
鈴が鳴るようだったラナリスの声とは似つかない、野太い声が自嘲気味に笑った。
「言ったろう? 俺はどんな君も好きなんだ」
怯えるでも顔をしかめるでもなく、スナフは微笑んだ。
「その姿の君も、美しいよ」
言葉通り、人の姿をしていた時のラナリスと同じように接する。
《……好きになった者がお前で、よかったよ》
ドラゴンの表情はわかりづらい。
だが、微笑んでいるのであろうことは容易に想像できる。
「もちろん、俺も。君を好きになれてよかった」
戦いの場に相応しくない、穏やかな空気。
《それでは、始めようか》
「うん」
それでも、世界最大規模の一対一は始まるのだった。
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