第13話

 その日、スタディオ王都は街を上げてのお祭り騒ぎだった。


 祭りの名は『魔王公開処刑』。


 街の中心広場にラナリスはいた。

 幽閉されていた頃よりもさらに厳重な拘束具で体を固定され、今回は話すことさえもできない。


 昨晩は無抵抗で投降したにも関わらず、その顔は傷や痣にまみれている。


 今回は幽閉などといったまどろっこしいことはせず、ラナリスを捕獲した翌朝には国中に処刑の通知がなされていたようだ。


 広場には大勢の人間が集まっている。

 突然とあって気のきいたものは用意できなかったか、ラナリスは直接地面に転がされていた。


 野次馬を抑えているのも、軍部による人力作業だ。


「国民の皆様!」


 唯一特別に設置されていると思わしき、急造の櫓。

 その上で、よく声の通る男が話している。


「ご覧ください、これが我らの憎き魔王の姿です!」


 魔王の姿を一目見ようと、先ほどから野次馬の波が警備している軍服の男達を圧迫していた。


「魔の国より我らを皆殺しに来た悪しき王! その恐怖は皆様も記憶に新しいことでしょう!」


 周りから同意の声が上がる。


 戦争が行われていたのは、つい数ヶ月前だ。

 ここにいるほぼ全員が、何らかの形で被害を被っていたと考えるの自然である。


 その戦争の原因を作ったラナリスは、人間界にとってはまさに『悪しき王』だろう。


(やはり、あいつのような者はそうそういな……ふ、愚問か)


 心の中、自分で言って自分で笑う。


「勇者、スナフ・コールタットに討たれたと思ったのも束の間! 勇者の慈悲深い願いにより生き長らえていたにも関わらず、事もあろうにこの輩はそこから逃げ出したのです!」


(ん……? 勇者の慈悲深い願い……?)


 引っかかりを覚える。


(つまり、私が即時処刑されず幽閉されていたのもあいつのおかげというわけか。まったく、つくづくあいつは……いや、よく考えればそちらはそもそもの原因があいつか。ならば、ここに関してはあいつに感謝するのは筋違いという気もしないではないな)


 特にやることもないので、思考の海に沈むしかない。


「しかも! 最新の報告では、魔王を逃がしたのがその勇者スナフであるというのです! 勇者さえも誑かすとは、なんという邪悪な存在なのでしょう!」


(それに関しては、ほとんど正解だな。私が誑かしたのではなく、向こうが勝手に惚れてきただけだが)


 スナフのストレートな褒め言葉を思い出し、こんな時でもラナリスの顔が少し赤くなった。

 幸か不幸か、ケガと拘束具に隠れて端からはわからないだろう。


「ですがご安心ください! 新たなる勇者たち、我がスタディオ王国が誇る精鋭魔法部隊、エフシーク隊によって再び魔王は捕らえられました!」


(精鋭……クク、あれがか? 全員で好きに攻撃させてやったにも関わらず、私を仕留め切れなかったようなような奴らが)


 昨晩負った傷程度、ラナリスならば数日あれば治る。


 むしろ昨晩は、気絶するほどのケガをなかなか負うことができずに困ったものだ。


(とはいえ、その程度の輩どもの気配を探りきれなかった私の鈍り具合も反省せねばなるまい。あいつは、恐らく向こうが配置された頃から気付いていたのだろうしな)


 何を考えていても、結局最終的には一人の男の顔が浮かんでくる。


「悲しいことですが、スナフ・コールタットは恐らくもう魔王の手先! 次は彼自身がこの場で処刑されることとなるでしょう!」


(指名手配か……まぁ、あいつなら大丈夫か)


 そんなことを考える中、ラナリスの周りにゾロゾロとエフシーク隊の面々が集まり始める。


「それでは皆様! いよいよ処刑の時間がやって参りました!」


 これまで喋っていた男が、いそいそと櫓から降りた。


 代わりに、エフシーク隊の呪文詠唱が始まる。

 恐らくは数十人がかりの詠唱に加え、魔方陣の補助も加えた戦術級の魔法だろう。


 本来ならば処刑に使われるような代物ではないが、そのくらいのものでないと『魔王』は殺せない。


 逆にいえば、それだけのものがあればラナリスといえど死ぬことは間違いなかった。


(頃合か)


 ラナリスが行動を起こそうとした、瞬間だった。


「ダメェェェェェェェェェェェ!」


 野次馬の中から、小さな影が飛び出した。

 少女だ。


 人力による垣根では、あの小さな体までを防ぐことはできなかったのだろう。


 そしてその少女の顔に、ラナリスは見覚えがあった。


(ヴィム……なぜここに?)


 驚くラナリスの耳に、「ヴィム!」という聞き覚えのある声がわずかに聞こえた。

 チラリと目をやると、ところどころに見覚えのある顔――ロケイルの顔見知りたち――を見つけることができた。


(我々を匿っていた……可能性のある村だから、私の処刑のためわざわざ招集しきてたというわけか。ご丁寧なことだ)


 ラナリスが納得している間に、ヴィムはラナリスのすぐ前まで駆けてきた。


「おねーちゃんを、いじめちゃダメ!」


 ヴィムは、ラナリスを庇う形で両手を広げる。

 今はまだ、突然のことでみな驚いた顔をして立ち尽くしていた。


 だが、あと数秒もすれば取り押さえられるだろう。


 世界的大罪人の処刑の邪魔をしたとあっては、ヴィムの命だけで足りるかどうか。


 それでも、ラナリスは特に焦ってはいなかった。


(今度こそ、頃合か。丁度いい演出だ)


 一度目を閉じてから、大きく見開く。


 瞬間、ラナリスを中心に強い光が発生した。


「な、なんだ!?」


 ヴィムに気をとられていた軍関係者が、にわかに浮き足立つ。


 そんな中、光は宙を舞った。

 徐々に収束する光と共に、降り立つ。


「愚かだな」


 全てを蔑むような目で、ラナリスは周囲を一瞥した。


 その身を拘束する魔法具など、何一つして残っていない。


「急場でこのような派手な処刑を演出しようとするから、アクシンデントが起こるのだ。愚か者め」


 突然の出来事に、誰もが声を失っていた。

 広場を覆い尽くすほどの人間がいながら、静寂が場を支配する。


「来い」


 右手を前に突き出し、杖を呼び出す。

 小さく呟くその声さえも、恐らく野次馬の最前列には届いたろう。


「バ、バカな……どうやって……?」


 エフシーク隊の一人が、ついに口を開いた。


「スナフ・コールタットの魔法具に比べて愚劣すぎる。このようなものをいくつ付けようと、私を拘束することはできない」


 それは周りを圧迫するための言葉だが、事実でもある。

 地下牢に幽閉されていた頃につけていた拘束具――本人の談によれば、ほとんどスナフが作ったものとのこと――からは、どれだけ全力を出そうが抜けられる気がしなかった。


 ラナリスは、先ほど発言したエフシーク隊員に向けて杖を向ける。

 ただそれだけの動作で、隊員の右手が吹き飛んだ。


「ぐ、あぁ!?」


 その叫び声が、決定的にバランスを崩す。


 奇跡的な均衡の末に保たれていた静寂が、一気に崩壊した。

 そこかしこから叫び声が飛び出し、誰もが我先にと逃げ惑っている。


 そんな中、逃げるわけにはいかない軍部の人間が一斉にラナリスへと武器を向けた。


「おねーちゃん、大丈夫なんだね……?」


 そして、ここにも逃げていない者が一人。

 ヴィムは向けられる武器の気配に怯えつつ、ラナリスの服の裾を掴んでいた。


 不安げな目がラナリスを見上げる。


(……すまないな)


 伝わるはずのない謝罪を目で送ると、ラナリスは杖をヴィムに向けた。


「愚かな」


 ヴィムの体が燃え上がる。

 数秒の後、残るのは消し炭のみ。


 恐らく、驚く暇もなかったろう。

 その様を、ラナリスは無慈悲な瞳で見つめていた。


「なんと、いうことをする……」


 周りから、うめき声のような批難が漏れる。


「お前を助けようとした少女だろう!」


「……クク」


 できるだけ酷薄に、『魔王』らしく見えるよう。

 ラナリスは、笑う。


「だから? この状況では、最早利用価値もないだろう」


 四方八方に、ラナリスは杖を振り回し魔法を放った。


 どうせ周りは全て敵だ、問題ない。


「クハハ、愚か愚か! どいつもこいつも、私が少し本性を隠せばすぐに騙される! だから貴様ら人間はクズなのだ!」


 時折、応戦の魔法や矢なども飛んできているようだ。

 だが、わざわざ意識を向けるまでもない。


 自動防御の魔法を破れるものさえいないのだから。


「唯一マシなのは、あのスナフ・コールタットという人間くらいだな! 私を倒し、封印し、その封印を破った私を追いかけてあの村までやってきた! 奴に再び破れていなければ、私が貴様らなどに再び捕まることなどなかったろうよ!」


 わざとらしいまでに、スナフのフォローも入れておく。


 今回、エフシーク隊の面々は真っ先にラナリスに潰されていた。

 少なくとも、『何らかの外的要因が無い限り、ラナリスがエフシーク隊に捕えられるわけがない』程度には思わせられることだろう。


 『魔王』の名の通り、ラナリスは王都広場で暴れまわった。


 人を傷つけ、建物を傷つけ、地形を傷つけた。


 それが免罪符になるとは思っていないが、人死にだけは出ないように注意していた。


 ここはスタディオ王国のど真ん中にある広場。

 国も、全兵力を投入するつもりできているのだろう。


 ラナリスの周りは、常に乱戦・混戦だ。


「チッ……」


 ラナリスは苛立たしげに舌打ちをする。

 その音は、すぐに戦いの音に消された。


「この程度では意味がない・・・・・……それなら、大人しく処刑されていた方がまだ幾分マシだ」


 ぼやきながら戦うことができる程度には、余裕のある戦いだった。


 ともすれば『魔王』の演技を忘れてしまうほどに、退屈な戦いだった。


 ふと、ラナリスの目が上空に向く。


「なぁ、そうだろう?」


 唇の端に、小さく笑みが浮かんでいた。


「魔おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉう!」


 上空からの声は、地上の爆音にも負けず誰もの耳に届いた。


 一瞬戦いの手を止め空を見上げた者は、見ることができたろう。


 太陽を背に降り立つ、『勇者』の姿を。

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