第10話

 何事もなく、日々は経過する。


 スナフとの接し方がぎこちなかった時期もあるラナリスだが、あの夜の森で意外な姿を見てからは自然体で接することができるようになっていた。

 スナフ相手に限らず、『自然体』で誰かと接することなど記憶にある限り初めての経験である。


 やっていることが大して変わらない毎日でも、ラナリスにとっては新鮮な日々と言えた。


 しかし『大して』変わらないということは、多少は変化するということでもある。

 基本的に昼の間は魔石の路上販売を行っているラナリスであったが、確実に毎日それをこなしているかといえばそうでもない。


 例えば今日のような、雨の日などが例外となる。


「雨、止まないねー」


 窓の外を見ながら、村長の娘でありラナリスの最初の客でもあるヴィムがつまらなさそうに呟く。

 外で遊べないため、不満げだ。


 その隣にラナリス。

 スナフは村長の雑務を手伝っているため、ここにはいない。


「つまんない」


「雨も時には必要だ。そうでなくては、作物も枯れ果ててしまうからな」


 ラナリスがそう説いても、ヴィムの不満顔は変わらない。

 彼女にこの手の話はどうやらまだ早いらしい。


「それに、雨でもできることはあるのだぞ?」


「?」


 少しもったいぶったラナリスの物言いに、ヴィムは首をかしげてラナリスを見た。


 期待した通りの反応、ラナリスは小さく笑う。


「ほら、今日はこれで遊ぼう」


 後ろ手に隠していたものをヴィムに見せる。


 小麦粉に塩や油、水を加えて作った粘土だ。

 花の汁などを利用し、複数の色を用意してある。


 無論と言うべきか、ラナリスにこの手の知識があったわけではない。

 元は、スナフが作っていたのを真似た形だった。


「わぁ!」


 ヴィムの目が輝く。


「これも、おねーちゃんの魔法で作ったの?」


 魔石を作り出すところに加え、その他ヴィムには見た目にわかりやすく危険のない魔法をいくつか見せたことがある。

 今回もその類だと思ったのだろう。


「いや、これはヴィムにも作れるものだ。後でその作り方も教えよう」


「うん!」


 元気のよい返事。

 ラナリスがその頭を撫でると、ヴィムはくすぐったそうに目を細めた。


「おねーちゃん、優しいね!」


「ん……? 普通だろう」


 思わぬ評価に、ラナリスは本心からそう答えた。


「ううん、そんなことないよ! ヴィムと遊んでくれるし、大好き!」


 満面の笑みが向けられる。


「……そうか。ありがとう」


 どこかくすぐったいような感覚を覚えながら、ラナリスはヴィムを撫でる手に込める力を強めた。

 悪い気持ちではない。


(優しい、か……)


 何気なく、考える。


(少し前の私では、そう評されることなどあり得なかったろうな)


 ヴィムは人懐っこい子供だ。

 魔石購入の一件から、既にラナリスに懐き始めていた節はあった。


 だが以前のラナリスならば、邪険にはしないまでも別段ヴィムに興味を抱くこともなかったろう。

 このように一緒に遊ぼうとも思わなかったに違いない。


 そんな態度が続いていれば、ヴィムもやがてラナリスから興味を失っていっただろう。


(変わった、ということか。だとすれば、私を変えたのは……)


 一人の男の顔が浮かぶ。


(……あぁ、なるほど)


 そう考えた瞬間、ラナリスは天啓のごとくそれに気付いた。


 別に、今この瞬間に何か特別なことがあったわけではない。


 以前からいつ気付いてもおかしくはないことだった。

 むしろ、気付かなかったことが異常だったというべきか。


 ずっと悩んでいたパズルだが、実は難関でもなんでもない小さな部分を見落としていただけだったような。


(好きになるとすればお前がいい……か。今になって考えれば笑える言葉だな)


 笑う。

 既に粘土に夢中になっているヴィムは気付いていない。


(今夜、伝えに行くか)


 心に決めた。


「……ん」


 それとは別にもう一つ、ラナリスには先ほど気付いたことがあった。


 だが、それは後回しにしようと思った。 


「ヴィム」


「んー?」


 粘土に夢中になっているヴィムは、生返事だった。


「以前、私から買った魔石は持っているか?」


「うん、いっつも持ってるよ」


 ヴィムの返事を待つまでもなく、ヴィムがポケットに魔石を入れていることはわかっていた。

 布越しに、ぼんやりとした魔石の光が見える。


「そうか、ならばいい。それはお守り代わりだ。ある程度ならば、お前を厄災がから護ってくれるだろう」


 ポン、ヴィムの頭の上に手を置く。


「大切にしてくれ」


「……? うん」


 そんなラナリスを、ヴィムは不思議そうに見上げていた。

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