第7話

 ヴィムの相手をしばらくしていると、すぐに寝る時間となった。

 皆がそれぞれの部屋に戻る。


 なお、スナフとラナリスの部屋は別に用意されていた。


 やはり、ラナリスのことを見張るつもりは皆無らしい。

 村長はもちろん、スナフにも。


 もっともスナフのそれは、ラナリスに逃げる気がないのを見透かしてのことなのかもしれないが。


 そんなことを考えながら、ラナリスは割り当てられた部屋でベッドにもぐりこんだ。

 牢を出てからも野宿が続いたため、まともな寝床で眠るなど久々だ。


 すぐに眠気が訪れてくるかと思ったが、目は冴えていて眠れそうにない。


「スナフ・コールタット、か……」


 口に出してその名を呟くと、様々な感情が胸に去来する。


「私の計画を終わらせた男」


 恨みは、もちろんあった。

 幼い頃から抱いてきたラナリスの悲願とでも言うべきものは、恐らくスナフの存在がなければ達成できていただろうと思う。


「終わらせて、くれた男」


 だが同時に、感謝の念のようなものを感じているのも事実だ。


「そして……」


『君のことが好きだから』


 その言葉を思い出す度、ラナリスの胸は言いようのない苦しみに締め付けられる。


 その感情につける名を、ラナリスは持っていなかった。


「あの男はどこまで本気なのだろう……」


 全てが冗談という気もするし、どこまでも本気だと言われても納得できる。


 そんな印象だった。


「私は……」


 スナフのことを思い出していると、連続的に様々な場面が浮かんでくる。


 戦い、牢での事、脱獄してからのこと。


 浮かんでは消えて行く中で。


 コンコンコン。


「ラナリス? いるよね?」


「っ!?」


 聞こえたノックと声に、ラナリスは大きく身を震わせた。


「……なんだ?」


 ベッドから身を起こし、できるだけ平坦な声で返す。


「入るよー」


 扉が開いて、スナフが顔をのぞかせた。


 先ほど考えていた事が事だけに、ラナリスの心臓が一度大きく跳ねる。


 だが、今回はある程度とはいえ心の準備ができていた。

 顔に出さなかった自信はある。


「あれ? その格好……」


 そんな内心を知ってか知らずか、ラナリスを見てスナフは首をかしげた。


 現在、ラナリスが着ているは普通の部屋着だ。

 一方のスナフは先ほど別れた時は同じく部屋着に着替えていたはずだが、今は外装になっている。


「今回は俺に任せるってこと?」


「?」


 お互い、不思議そうな顔をつき合わせる二人。


「……ん」


 と、ラナリスの目が細まる。

 スナフの言っている意味がわかったからだ。


 素早く周囲の様子を魔力で探る。

 巧妙に隠れてはいたが、村を取り囲むようにいくつもの気配があった。


「噂の盗賊団とやらか」


 立ち上がり、素早く外套を羽織る。


「なんだ、気付いてなかっただけか」


 スナフもようやく、先程のすれ違いの意味を理解したらしい。


 流石に戦闘用の装備は一式携えているが、彼の顔には気負いの欠片もなかった。


「まぁなんというか、ちょうど俺達がいる時に来るとはご愁傷様だな」


「たいした自信だな」


「当然」


 スナフはニヤリと笑う。


「ここには、世界で一番目と二番目に強い奴がいるんだからさ」


 と、スナフは何かを思いついたように更に笑みを深めた。


「もっとも、片方は敵襲に気付かないほど鈍っちゃってるみたいだけど」


「放っておけ」


 憮然とラナリスは答えた。


 考え事に没頭していたとはいえ、気付かなかったことは事実だ。

 反論の余地はない。


「いくら鈍ろうと、盗賊団ごときに遅れをとるつもりはない」


「そりゃ心強い」


 先にスナフが走り出し、ラナリスがそれを追う。


 敵であった時はあれほど鬱陶しかった者の背中は、とても頼もしく見えた。



   ◆   ◆   ◆



 村の中央にある広場――特に建築物があるわけでもない、文字通りただの開けた空間である――で、スナフは足を止めた。


 どうやらここで迎え撃つらしいことを認め、ラナリスは右手を前に突き出した。


「来い」


 小さく呟いた瞬間、右手の中に重量が生まれる。

 ラナリスの身長ほどもある杖が、一瞬で現れていた。


 ラナリスが愛用している魔杖であり、どこでも呼び出すことが可能だ。

 とはいえ全力で魔力を込めると壊れてしまうため、雑魚との戦闘限定の武器である。


「村人は?」


 戦闘準備を整え、ラナリスはスナフに尋ねた。


「教会に集まってる」


「妥当だな」


 恐らく、この村で唯一村人全員を収容できる建物だろう。

 建物自体にある程度の耐久度もあるし、一箇所に集まってもらっていた方が護る方もやりやすい。


(もっとも、建物の耐久度など気にするような戦いにはならないだろうが)


 当然といえば当然だが、ラナリスはスナフの力を認めている。

 先程索敵を行った際の印象でも、相手の力量は今のラナリスに傷をつけることさえも難しいだろうというレベルだった。


 スナフと二人となれば、文字通り死角などなくなるだろう。


「来たな」


 雨が降ってきたな、と同じ程度のニュアンスでラナリスが告げる。

 元より、言わなくともスナフもわかっているだろうが。


「それでは、まずはお手並み拝見」


 スナフは指を二本立て、天に向かって掲げる。


 瞬間、少し遠くの地面から光が噴き出した。

 天に昇っていくそれは円状に発生しており、村全体が光の柵に取り囲まれる。


「抜けたのは……十三人。まぁ、そんなもんかな」


 自己確認するためのスナフの呟き。


 先程発生した光は、スナフが張った結界だ。

 結界に設定された以上の魔力を持つ者ならば通ることができるが、それ以外の者は結界に阻まれるという性質を持っている。


 ラナリスの見立てでは、盗賊団は全員で五十人弱だった。

 結界を抜けたのが十三人ということは、およそ三割程度がそれだけの魔力を持っていたということになる。


(かなり手加減しているな)


 次の魔法を紡いでいるスナフの横で、ラナリスは何もせず突っ立っていた。


(全員が通れないほどの結界なら、それがわかった時点で逃げられる可能性が高い。だが、三割通るとなれば無理にでも押し通る……か)


 他人事のようにそう分析する。


 実際、今のところラナリスは完全に蚊帳の外だ。

 残った十三人がこちらに向かってくる気配だけを、何とはなしに探っている。


(しかも村の中に術者がいるとなれば、略奪より先にそちらを潰すことが優先される……か。相変わらず、よく考えられているな。我が軍相手に、実質一人で立ち回っていただけのことはある)


 面白くなさそうに、ラナリスは鼻を鳴らした。


 その隣で、スナフの魔法が完成。

 十三個の光の玉が宙に浮く。


 それぞれが別方向へ、十三の矢となって飛んで行った。


 村の各所で被弾する気配。

 感じ取れる魔力の数がみるみる減っていく。


「五……二、一……ゼロ」


 口の中でカウントし、ラナリスは溜め息を吐いた。


「結局、私の来た意味がないではないか」


「魔王様に、お怪我をさせるわけには参りませんので」


 小さな呟きだったが、スナフは耳ざとく聞いていたらしい。


 未だスナフが隣にいると落ち着かないラナリスは、慇懃に頭を下げる気配に対して不機嫌そうに再び鼻を鳴らすだけで応える。


 けれど。

 自身の内に存在するのが負の感情のみではないことに、いい加減ラナリス本人も気付き始めてはいるのだった。

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