第四話「怪しい人と出会ってしまって」

ある日、瑠奈が広い庭を掃除していた時だった。いきなり足音が近づいてくるのが聞こえた。鋭いブーツの音が石畳に響き渡り、瑠奈は振り返って驚いた。黒い制服に身を包んだ一群の女性たちが、彼女の方へ歩いてくるのが見えた。背の高い、威圧的な女性たちは、軍隊のような精密さで動き、表情は無く、冷たい目が遠くを見つめていた。彼女たちはこの邸宅に普段来る訪問者とは違っていた。この女性たちは、明らかに何かが違っていたのだ。


「古鷹真子はいるか?」女性の一人が鋭く、威厳のある声で尋ねた。


仕事に集中していた瑠奈は、無言で頷いた。彼女には訪問者に対して疑問を持つことは許されていなかったし、屋敷の事情に干渉することも許されていなかった。彼女の役割は単純だった—物事を整理し、目立たず、見つからないようにすること。ただそれだけだった。そして、瑠奈は無言で一歩下がり、彼女たちに進むよう促した。女性たちはそれ以上彼女を気に留めることなく、軽く一瞥をくれるだけで、前に進み、屋敷の玄関へと向かった。その存在感は空気そのものを乱していたかのようだった。まるで見えない何かが動いたように、屋敷の雰囲気は何も言わずに緊張感を漂わせていた。瑠奈が見守る中、女性たちはドアに辿り着き、古い木を震わせるほどの力でノックをした。真子は書斎にいたが、その音に応じて姿を現した。瑠奈は、真子の目に一瞬驚きの色が浮かぶのを見たが、それはすぐに消え、いつもの落ち着いた表情が戻っていた。


女性たちと真子の会話は、永遠にも感じられるほど長く続いたが、瑠奈には彼女たちの言葉は聞こえなかった。真子の姿勢が硬直し、女性たちが近づくにつれて彼女が体を縮める様子には、何か不安を覚えるものがあった。初めて、瑠奈は真子の普段の優雅さが揺らいでいるのを見た。彼女はもはや支配している立場ではなかったのだ。部屋の緊張感がますます高まり、真子の顔は怒りと苛立ちに引き締まっていたが、どうすることもできないようだった。突然、女性の一人が前に出て、真子の肩を掴んだ。その手は決して緩むことのない握りだった。真子は抵抗し、その手を振り払おうとしたが、無駄だった。その握りはあまりにも強かったのだ。もう一人の女性が素早く動き、真子の脇に立ち、最初に話した女性が彼女に命じた。


「一緒に来なさい」と、断固たる口調で命じた。


真子は抵抗し、顔を歪めながら全力で抗ったが、女性たちは揺らぐことはなかった。瑠奈は庭に立ち尽くし、真子が無理やり引きずられていくのを無力に見守るしかなかった。足元がふらつき、体は無理やり引っ張られていた。女性たちの冷たい手、そして彼女たちの目には一切の情けがなかった。その光景に瑠奈は冷たい恐怖に襲われた。これは単なる訪問ではなかった。これは単なる意見の相違でもなかった。真子の叫び声は次第にかき消され、彼女は女性たちに連れられて屋敷を出て行った。庭の端には黒いバンが待ち構えており、そこに引き込まれた。最後の言葉も、慰めの言葉も無かった。ただ、彼女たちの権力の冷酷な力と、真子を無力に引きずり込む強さだけがあった。かつて誇り高き古鷹家の貴婦人だった真子は、今や何者でもなかった。ただの捕らわれの身となってしまったのだ。庭に立ち尽くす瑠奈は、その重さを感じ取っていた。彼女は、想像もできなかったほど暗い何かを目の当たりにしていたのだ。静かだったはずのこの邸宅は、今や不気味な危険の気配を帯びて脈動しているように感じた。かつては安心感を与えていた壁が、今や牢獄のように感じられた。瑠奈にははっきりと分かっていた。この場所は訓練の場ではなく、安全な家でもなかった。そう、この場所は檻だった。そして、すべての檻がそうであるように、いずれ彼女自身もその中で飲み込まれていくのだ。


伯爵夫人が連れて行かれた後、夫の健二は深い喪失感に沈んだ。真子だけが彼を現実に繋ぎ止めていた存在だった。彼女がいなくなった今、健二は屋敷のことも、使用人たちのことも、そして古鷹家の当主としての責任にも興味を失ってしまった。かつては完璧に手入れされていた邸宅は、次第にゆっくりと朽ち果てていき、埃が隅々に積もり、カーテンは毎日引かれたまま、廊下は静まり返り、時折割れたガラスの音や、酔っ払った健二の足音だけが響くようになった。彼は酒に溺れていた。そして酒を飲むと、健二は誰にも、ましてや自分自身にすら見知らぬ男になってしまった。ある夜は、応接間で空の瓶に囲まれて気絶し、使用人たちが彼の後片付けを巡ってひそひそと噂話をしたり、押し付け合ったりしていた。別の夜には、怒り狂い、家具を壊したり、虚空に向かって叫んだりしていた。まるでその叫び声が、どこかにいる真子に届くかのように。


瑠奈はただ目立たぬようにしていた。彼女がこの屋敷に来たのは、真子が逮捕される一ヶ月前のことだったが、その短い間に、屋敷は混乱の中に落ちていくのを目の当たりにしていた。真子はいつも彼女に優しかった。厳しいところもあったし、健二との口論もあったが、使用人に対してはある種の尊厳を持って接していた。それは決して多くはなかったが、少なくとも瑠奈にとっては、自分の仕事に何かしらの意味があるのかもしれないと感じさせるものだった。だが、その幻想も今や消え去っていた。健二はもはや使用人たちがどうなろうと気にしていなかった。些細なことで口論が起こり、誰かが洗濯物をどうたたんだか、部屋の掃除が不十分だったかで喧嘩になることもあった。そして健二はそれを全く無視していた。彼は周りのことなど何も気にしていないように見えた。ただ、真子への喪失感が彼の中にある怒りを近くにいる者たちに向けさせるとき以外は。


瑠奈が彼の主なターゲットになった。最初は些細なことだった。理由もなく叱ったり、彼女の仕事を他の選手よりも厳しく批判したり。しかし、時が経つにつれ、その叱り方は暗いものに変わっていった。彼は夜遅く、アルコールでかすれた声で彼女を書斎に呼んだ。彼は自分の人生や真子のこと、あるいは自分がいかに真子を守れなかったかを、しゃべり続けた。そして何の前触れもなく、彼の気分は一変した。彼は暴言を吐き、グラスをひっくり返したり、何か投げつけたりした。彼の言葉はより残酷で個人的なものになった。


ある夜だった。「役立たずだ」と、彼は血走った目で彼女を見つめながらつぶやいた。「他の奴らと同じだ。真子がなんでお前を置いておいたのか分からない。床を掃除する価値もない」


瑠奈は何も言わなかった。沈黙だけが彼女を守る術だと学んでいたからだ。しかし、それで終わりではなかった。ケンジの虐待はエスカレートしていった。彼は話すときに彼女の腕を強く掴むようになり、まるで彼女の存在から何か歪んだ慰めを引き出そうとするかのように引き寄せた。廊下や台所で彼女を追い詰め、ウィスキーの臭い息を吐きながら、謝罪や確証、そして彼女には理解できないような説明を求めた。彼の触れ方は荒っぽく、一定の一線を越えることはなかったものの、その脅威は常に感じられ、すべてのやり取りの背後に潜んでいた。瑠奈は、やがてここを去らなければならないと悟った。


かつて壮麗だったこの屋敷は、今では腐りかけた獣のように感じられた。真子がいないこの場所はただの空っぽな殻にすぎず、ケンジの狂気の陰に生き続けることは、もはや耐えられなかった。だが、出発を決意したその日に、すべてを変える出来事が起こった。瑠奈が中庭を掃いているときだった。夕方の陽が石畳の道に長い影を落とし、秋の葉の匂いが漂っていた。彼女はゆっくりと動きながら、出発のことを考えていた。月の辺境での過酷な生活にも対応できるようになり、何とか生き延びるだけの貯えもできた。決して簡単ではないだろうが、この腐りかけた屋敷に留まるよりははるかにましだ。

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