第二話「古鷹家を探して」

列車が駅に近づくと、瑠奈は窓の外に何かを見つけた。黒い旗が冷たい風に翻っている。それは見覚えのない旗で、彼女が知っている国のものではなかった。暗示的で、不吉な何かを感じた。直感が告げていた。ここは彼女がいるべき場所ではない、と。列車がついにきしむ音を立てて停車し、ドアが機械的に開いた。乗客たちは急いで降り始めた。瑠奈はその場に凍りついたように立ち尽くしていた。この状況の重さが彼女にのしかかっていた。彼女の心は混乱し、体はその場から動けなかった。冷たい風が車内に流れ込んできた。それは鋭く、突き刺すような寒さだった。彼女はようやく一歩を踏み出し、外に出た。その瞬間、冷たい風が彼女を平手打ちするかのように襲った。


彼女の感覚は鋭くなり、寒さが肌に、そして骨の奥まで染み込んでいるのを感じた。これは夢ではない。彼女はもう日本にいない。そして、これまでの人生とも違う場所にいた。空気から感じるもの。それは緊張と不安に満ちていた。彼女の手は震え、バッグをもう一度開いた。しかし、中には見知らぬものばかりが詰まっていた。自分の知っていた現代の世界はどこにもない。彼女はどこにいるのか? どうやってここに来たのか? そして、最も重要なのは、どうすれば元の世界に戻れるのか? 瑠奈はこの不思議な駅の中に立ち尽くしていた。頭上には黒い旗がはためき、彼女の心は恐怖で鼓動していた。答えのない疑問が次々と押し寄せ、混乱の渦が彼女の頭をかき乱した。そして、その場にいる人々を見渡すと、彼女は孤独を感じた。異国の、異世界の中にいる自分を。彼女がいるのはただの別の場所ではなく、別の時間だった。何も理解できない時間の中に、彼女は飲み込まれていた。彼女は新たな時代にいた。すべてが意味を成さない世界の中で。未来は彼女を完全に飲み込み、瑠奈はその掌の中で迷子になっていた。列車の外の世界は見知らぬもので、異質だった。言語も、習慣も、空気そのものも、彼女が想像していた未来とはかけ離れていた。すべてが間違っていた。それにもかかわらず、彼女の心には、どこか確かな感覚があった。彼女はまさにここにいるべきだという確信が。


彼女は駅を出てよろめきながら歩いた。強風が、まるでこの未知の世界へとさらに押しやるかのように彼女を引っ張った。慣れ親しんだ故郷の通りからは遠く離れていた。彼女の一歩一歩が不安定で、時間の経過。日本の最後の記憶からすでに何十年も経ってしまったのだろうか。が空気中に重く漂っていた。彼女は何をすればいいのかも、どこに行けばいいのかもわからなかった。彼女が知っているのは、理解を超えた何かが自分の周りで展開しているということだけだった。そして、困惑した目で周囲を見回すと、彼女の注意を引くものがあった。一瞬の既視感。人々の中にではなく、意外なものから感じた。近くの電柱だった。そこには、一枚の古びた紙が釘で打ちつけられていた。くしゃくしゃになったチラシが木の柱にかろうじて貼りついていた。最初は理解できなかった。奇妙な言語と日本語で書かれていたが、その中で一つの名前が彼女にとって灯台のように際立っていた。「古鷹(フルタカ)」という名前だった。すると、彼女の心臓は高鳴った。


何かの引力、説明できないつながりを感じた。気づけば彼女はその電柱へと歩み寄っていた。躊躇しながらも、手を伸ばし、チラシの端を指で触れた。紙は古びていて、風化しているようだった。しかし、それがこの場所にあるという事実、その存在自体が彼女には奇妙に安心感を与えた。もしかしたら手がかりになるかもしれない。もしかしたら、ここで起こったことを理解する鍵が隠されているかもしれない。そのチラシに書かれた言葉、「古鷹家、メイドを募集」は、流麗な筆記体で書かれていて、薄れてはいたが、まだ読むことができた。詳細はほとんどなかった。仕事の内容や責任については何も書かれていなかった。ただ、古鷹家でメイドを募集しているという事実だけが強調されていた。しかし、重要なのはその名前だった。


彼女の頭の中は疑問で渦巻いていたが、その中でも一つの思いがはっきりと浮かんでいた。この場所を見つけなければならない。古鷹が関わっているなら、それはこの状況を理解するための唯一の手がかりかもしれない。彼女の直感が告げていた。この邸宅、この名前は、ただの漠然とした参考ではない。それは一本の糸だった。元の世界に戻るための糸か、少なくとも彼女がこの新しい世界で何をすべきかを教えてくれる道しるべかもしれない。


男はゆっくりと振り向き、その表情は読めなかった。彼の視線が瑠奈を上から下までなめるように動き、必要以上に長く彼女に留まった。やがて彼は首を横に振った。「聞いたことはある」と彼は荒々しく言った。「だが、そこに行くのは簡単じゃない。辺境にあるし、道順が……ややこしいな」


瑠奈は眉をひそめ、胸に失望が広がった。「お願いします、どんな手助けでもありがたいです。私は…どうしてもそこに行かないといけないんです」


男はためらい、瑠奈と遠くの地平線を交互に見ながら、行くべきかどうかを決めかねているようだった。長い沈黙の後、彼はため息をつき、声を低くして、ほとんどささやくように言った。「あの道をまっすぐ行け。古い教会が見えたら左に曲がるんだ。運が良ければ、誰かが道を教えてくれるだろう」


瑠奈の胸に感謝の念がこみ上げたが、男はすでに背を向け、何かをぼそりとつぶやきながら去っていった。彼女は急いで足を進め、男が示した道を進んだ。心の中には、奇妙なまでに強い目的意識が湧き起こっていた。歩くにつれ、通りはだんだんと静まり、建物は古びていき、ぼろぼろになっていった。世界は狭まり、まるで街自体が彼女をその迷宮の中心へと引き込もうとしているかのようだった。予想以上に時間がかかったが、ついに、まるで何時間も歩いたかのように、彼女は教会にたどり着いた。それは時間に忘れ去られたようなぼろぼろの建物だった。扉は大きく開かれていたが、中には誰もいなかった。重いカビと腐敗の臭いが空気にまとわりついていた。瑠奈は奇妙な寒気を感じたが、それは天気のせいではなく、取り巻く抑圧的な静けさから来るものだった。まるでその教会が、彼女の到着を待っていたかのようだった。彼女は一歩踏み出し、敷居を越えた。そこには、霧に包まれた大地の向こうに巨大な屋敷が見えた。その威厳あるシルエットがぼんやりと浮かび上がっていた。それは、古鷹家の屋敷だった。


心臓が胸の中で鳴り響いた。彼女はついに見つけたのだ。しかし、今度はその中に入らなければならない。瑠奈は深く息を吸い込み、屋敷に向かって一歩一歩進んでいった。屋敷自体は壮大で、そびえ立つ柱はまるで異世界の材料から彫られたかのように見えた。後ろにある崩れかけた教会とは対照的だった。彼女は壮大な扉の前に立ち、震える手でノックしようとした。しかし、彼女が手を挙げる前に、扉はゆっくりと開いた。そこには一人の女性が立っていた。彼女は美しい着物を身にまとい、その複雑な模様は薄暗い光の中でかすかに輝いていた。彼女の表情は穏やかで、まるで天上の存在のように落ち着いていた。彼女は瑠奈を静かに見つめ、そのまなざしは瑠奈の心の中の混乱と不安を切り裂くように澄んでいた。

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