極夜~月と野蛮人たち~

長谷川吹雪

第一章「道の先で」

第一話「時空を超えて」

宇月瑠奈(ウツキ・ルナ)は、じっと窓の外を見つめていた。ガラスに叩きつける雨粒の音が静かに響き、その音は部屋の静寂の中で、彼女の思考と同じリズムを刻んでいた。音はかすかだったが、部屋の静けさの中で反響し、まるで彼女の思考を映し出すかのようだった。彼女の前の机には、一冊の開かれた本が広がっており、ページには高度な物理学の計算が細かく記されていた。それは科学の本であり、彼女が長年集めてきた多くの本の一つだったが、この特定の本が彼女の興味を引きつけていた。宇宙の秘密がその中に隠されている―星々や銀河、そして空間そのものを支配する天体力学に。未知のものが彼女を捕らえ、さらに深く探求せよと誘うサイレンのような呼び声となっていた。


彼女の心は何週間もこのような思索にとらわれていた。それは単なる好奇心を超えた知識への渇望だった。宇宙の謎はもはや遠い存在ではなく、現実のものとして感じられた。宇宙の秘密を解き明かすという考えは、彼女にとって執着に変わり、深夜を越えてもなお彼女の目を覚まし続けさせた。名門の日本の高校に通う少女にしては、夜の時間を友人と過ごしたり、くだらない十代の問題に没頭しているのが普通だろう。しかし、瑠奈の執着は、学校の敷地内や友人、家族の厳格な期待から遠く離れた場所にあった。


午後の遅い時間、同級生たちが外で噂話をしたり買い物をしているとき、瑠奈は学校の図書館で静寂を求めた。高くそびえる書棚の間の静かな隅で、彼女は平穏を見出していた。知識で溢れた棚に囲まれることで、彼女は数時間、現実の世界を忘れることができた。そのような瞬間、方程式や天文学の図を前にして、彼女は自分が自分を超えた何かとつながっている感覚を得ることができた。ここ数時間もそれと変わりはなかった。彼女の目は重くなり、ページの数字が次第に抽象的なものに見え始めた。かつて鋭く集中していた彼女の心は、情報の流れについていくのに苦しんでいた。やがて、瞼の重みには抗えず、瑠奈の頭はゆっくりと机へと沈んでいった。彼女の体は前へと倒れ、深い疲れに襲われた。彼女の周囲の世界は、何もかもが消えていった。


瑠奈が目を覚ましたとき、冷たい金属の感触が肌に伝わってくるという奇妙な感覚があった。目を開けると、まだ眠気が抜けきらず、ここがどこなのかよくわからなかった。最後に覚えているのは、古い本の匂いと、図書館の蛍光灯の静かなハム音だった。しかし、今は空気は違っていた。よどんだ、工業的な匂いがした。もはや図書館にはいなかった。彼女がよく知っている温かく快適な空間は消え去り、代わりに彼女は硬く不快な座席に座っていた。電車の座席だった。レールの上を走るリズミカルな振動音が、彼女の耳に絶え間なく響いていた。彼女の周囲は冷たく、金属的な雰囲気に包まれていた。床はくすんだ灰色のパネルでできており、壁は不自然な人工照明の怪しげな光で脈打つように見えた。周囲を見回すと、瑠奈は目眩に襲われた。


窓の外には、果てしなく続く雪に覆われた野原が広がっていた。地平線は白い霞の中に消え、景色は荒涼として、孤立しているように見えた。しばらくの間、彼女は自分が夢を見ているのではないかと思った。その現実感があまりに混乱を招くものだったからだ。彼女は何度も瞬きをし、眠気の残滓を振り払おうとした。しかし、周囲の空間に意識を集中させると、不安な真実が浮かび上がってきた。これは現実だ。この電車は本物であり、彼女が乗っているのも事実だった。車内は混雑していたが、見覚えのある顔は一人もいなかった。乗客のほとんどは少女たちで、皆が暗く重いコートを着ており、顔はマフラーで覆われていた。彼女たちは互いに話していたが、聞いたことのない言語で話していた。異世界のメロディのように響く、奇妙で耳慣れない音が空気を漂っていた。瑠奈の混乱はさらに深まった。その言葉は日本語でも英語でもなく、彼女が知る限りのどの言語でもなかった。それはまるで別の世界から話しかけられているかのように感じられた。


彼女の心臓は早鐘のように打ち始め、状況を理解しようと頭が必死に働いた。これは、彼女が乗るべき電車ではなかった。どうしてここに来たのか?なぜすべてがこんなにも奇妙なのか?彼女は自分の服装に目をやった。学校の制服はそのままだったが、今では場違いに感じられた。不快な重みを感じて、彼女はポケットを探った。彼女が取り出したのは、自分のものではない古びたパスポートだった。彼女の手は震え、パスポートを開いた。表紙にはおなじみの日本の日の丸のシンボルがあったが、どこか違和感があった。パスポートは以前見たものとは異なり、中のページは黄ばんでいて、時間に削られたように擦り切れていた。記された文字も異国風だった。彼女の混乱は深まり、頭は冴えないまま、現実感が薄れていくような気がした。


パスポートを見つめながら、彼女は何が起こっているのか理解しようとした。その時、電車のスピーカーからアナウンスが流れた。その声は機械的で、平坦で、無感情だったが、言葉の意味ははっきりしていた。「次の停車駅は緑川駅、月第14地区です」


その言葉は、彼女に衝撃を与えた。彼女は固まった。緑川?月?彼女の頭は混乱して、思考が追いつかなかった。彼女の顔から血の気が引き、アナウンスの意味がじわじわと理解されていった。彼女は月のコロニーについて聞いたことがあったが、それは遠い存在にすぎず、普通の人間の領域からははるかにかけ離れたものだった。自分がそこにいることになるなんて、想像すらしていなかった。どうしてこんなことが起こっているのか?ついさっきまで、彼女は日本の図書館にいたはずだった。声は続いたが、その内容は彼女の頭には入ってこなかった。彼女の思考は制御を失い、混乱の渦に巻き込まれていった。


彼女の心に焦燥感が募り始めた。対面に座っている男性に目を向けると、疲れた表情を浮かべて居眠りしている様子だった。彼女の困惑には全く気づいていないようだ。瑠奈は震える声で問いかけた。不信感がにじむ声色で。「すみません、今何年ですか?」


男性は身じろぎし、目を細めて彼女を見た。邪魔されたことに苛立っているようだ。「2130年の4月17日だよ。何だ、知らなかったのか?」彼は彼女を一瞥し、ただの混乱した若者と決めつけたのか、再び居眠りに戻ろうとした。


瑠奈は胃が落ちるような感覚を覚えた。2130年? 彼女がいるべき時は2044年のはずだった。百年も未来に来てしまったなんて。衝撃が津波のように彼女を襲った。それはまるで、自分が立っていた世界が引き裂かれ、その代わりに全く理解できない現実が残されたようだった。彼女の頭の中は混乱していた。受け入れられない。そんなこと、ありえない。だが、男性の言葉が耳に残り、最悪の事態を確認させた。彼女は再び乗客たちを見渡し、何か説明を求めた。自分が正気を失っていないことを確かめたかった。だが、周りの人々は不思議な言語で話していた。理解できない言語のはずが、なぜか彼女にはそれが正確に聞き取れていた。それはまるで、自分が属していない世界の一部に巻き込まれたかのような感覚だった。しかし、それ以上に彼女を不安にさせたのは、その奇妙な既視感だった。彼らの言葉が理解できるということ、それがまるで当然のように頭に入ってくるその感覚だった。

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